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72 犯罪組織アーズ・ラル・グール2


 side:下級悪魔、シトレー


「うわーはっは! 愚かだねえ、人間は」


 シトレーはワインを揺らして言う。


「あたしがちょっとささやけばみんなすぐ言うこと聞いてくれるんだもの。ちょろいちょろい! 何もしなくても勝手にお金増やしてくれるから、ここで威厳あるボスのふりしてるだけで金銀財宝選り取り見取りだし。あー、生きるのちょれー。最高」


 シトレーは開いた金庫の隙間から、あふれ出る札束を宙に投げる。

 ひらひらと舞う札束が彼女の頭に乗る。

 その感触がおかしくて、再びうわーはっは! と笑う。


「あとは『あのお方』がもうちょっと取り分増やしてくれればいいんだけどなー。九割ってのはさすがに暴利だとシトレーちゃん思うわけで。まったくひどい話だよ。あたしは愚かな人間をちょっとそそのかしてお金稼ぎしてるだけの善良な悪魔なのにさ」


『スカーフェイス様、本日の収益をお持ちしました』


「あ、いけない。もうこんな時間か」


 シトレーは身体を起こす。

 顔を手で覆うと、瞬間その顔が頬に傷のある厳つい男のそれに変化する。


「入れ」


 別人にしか聞こえない低い声で言うシトレー。

 入ってきた男は、シトレーに一礼するとスーツケースを机に置く。

 シトレーはスーツケースを開ける。

 瞬間、その顔が激しい怒りの色に染まった。


「これだけか?」

「い、いえ、しかし皆懸命に努力した結果でして。最近は黒の機関なる組織の影響で王都の治安も良くなり、薬に対する取り締まりも厳しくなってきていますし」

「結果が伴わない努力は努力とは言えない」


 シトレーは部下の男を睨む。


「それとも、他に何か言いたいことがあるか?」

「滅相もありません! 必ず! 必ずや、目標額を達成して見せますので!」

「良い。下がれ」


 ひどく怯えた様子で部屋から出て行く部下の男。

 シトレーは、再び若い女性の姿に変わってソファーに横になる。


「あー、ちょれー。らくしょー。精々がんばってあたしのためにお金いっぱい稼いでよね、働きアリくん。できなかったら、ぷちって潰しちゃうよー? あはは!」


 けらけらと笑い、スーツケースの札束を天井に向けて投げる。

 ひらひら落ちてきたそれが、顔にかかって、シトレーはまた無邪気な子供みたいに笑う。


 すぐそばに脅威が近づいていることに、彼女はまったく気づいていなかった。






 ◇◇◇◇◇◇◇


 悟られることのないよう、慎重にルートを選びつつ犯罪組織アジトに接近する。

 戦闘用スーツの魔術光学迷彩のおかげで気づかれる可能性は極めて低いとはいえ、作戦中の油断は死に直結する。


 決してミスは許されない。

 それがプロフェッショナルの仕事というものだ。


 ああ、楽しい……組織のエージェントごっこ楽しい……!!


 さて、問題はどうやって悟られずに内部に侵入するかなんだけど。


『こちら本部オペレーションチーム。アジト内部の監視カメラへの侵入に成功しました』

「え?」


 困惑する僕。


『やったな、ココアお手柄だぞ!』

『やったよお姉ちゃん!』


 喜ぶ姉妹の声。


『アジト北側の小窓から侵入しましょう。一番警戒が薄く、安全である可能性が高いです』

「う、うん……」


 思ったより優秀なんだけど。

 めちゃくちゃプロフェッショナルしてるんだけど。


「さすが000(ゼロ)様。子供を仲間に加えたのはこの成長速度を見越してのことだったのですね」

「そんな……まさかここまで先を読んで行動していたなんて……!!」


 集まってきた黒仮面騎士ナイトオブラウンズたちが言う。


「…………」


 僕は少しの間押し黙ってから、


「当然だ。私にかかればこの程度造作も無い」


 外套を翻して言った。

 好意的な勘違いには全力で乗っかっていく方針で僕は生きている。


「さすがです、000(ゼロ)様」

「アーヴィスくん、かっこいい……!!」

「このかっこよさを早く帰って小説にしなきゃ」


 ドラン、リナリーさん、007(セブン)が声を弾ませて言った。

 えへへ、かっこいいだなんて。そうかなぁ。


「ほんとすごいです! おかげでわたしたち尊いシチュ映像入手し放題です!」

「盗撮は犯罪だからね。今後その手の行為は全面的に禁止で」

「そんな……」


 031(サーティワン)と仲間たちは肩を落としていたけれど、容認するわけにはいかないのでしょうがない。

 放置しておくともっととんでもないことになりそうだし。


「開いたわよ」


 007(セブン)が、専用のカッターを使って円形にガラスを切り取る。

 高額な強化ガラスも、我々の技術力からすれば敵では無い。


 凄腕エージェントごっこかっけえ! と日々ノリノリでやっている練習通り流れるような手際で、僕らはアジト内部に侵入した。


『一階の警備をしているのは四人。正面玄関に二人、奥に二人です』


「任せて」


 イヴさんは奥の二人に素早く忍び寄って魔術を起動させる。

 悲鳴さえあげられず、二人は一瞬で氷漬けになった。


「さすが先生」

「違う。今はX」

「そうだった。さすがだな、X」

「生きたまま氷漬けにするのは得意。お母様がたくさん実演してくれるから」


 お父様が氷漬けにされた回数だけイヴさんのスキルは上がっていたらしかった。

 どんなことでも何かの役に立ったりするものなんだなぁ、と思う。


「私も良いとこ見せるから! 見てて!」


 リナリーさんは一瞬で間合いを詰めると正面玄関の二人に魔術を放つ。

 閃光のあと、二人は気絶して動かなくなった。


「どうだった?」


 獲物を獲ってきた猫みたいに自慢げに言う。


「やっぱり違うなって。かっこよかったよ」

「………………えへへ」


 頬を緩めるリナリーさんだった。


 僕らは順調にアジト内の構成員たちを無力化していった。


 そして、最上階。

 扉を開けた僕らに、組織のボスは驚いた様子で後ずさった。


「う、嘘!? 黒の機関!? このあたしの完璧な変装を見抜いたなんてそんな!?」


 ひどく慌てている身長高めの女性。

 あれ? 組織のボスはスカーフェイスって顔に傷があるすごい怖い男だって話だったんだけど。


「まさかここまで嗅ぎつけるとは。さすが、中位悪魔二人を倒しただけのことはあるってことか。そう、あたしは悪魔シトレー。クラスは下級だけど、生まれてこの方一度も敗北したことがない。つまり最強の悪魔」


 シトレーは立ち上がり、僕らを見据えて言う。

 その背中から巨大な黒い翼が広がる。


「な、なんと組織のボスが悪魔だったとは……!!」

「000(ゼロ)様はそこまで見抜いてこの組織への襲撃を選択していたのですね!?」

「…………」


 僕は言った。


「無論だ。すべては私の計画通り」


 知らなかったけど。

 全然気づいてなかったけど。


「貴方達は下等種の割によくやってる。でも、ここであたしに会ったのが運の尽きだね。何せ、あたしは生まれてから一度も負けたことがないんだから。見せてあげるよ、生き物としての格の違いを」



魅了結界ファスネイト・チャーム



 瞬間、僕は愕然とする。

 そこにいるのは、エリスだった。


「わたしはね。見ている人が一番好きな相手に姿を変えることができるんだ。と言っても、認識を変えているだけだから、実際に変わっているわけじゃないんだけどね」


 エリスはにっこり微笑んで言う。


「つまり今、みんなの目には一番好きな相手の姿が映ってる。一番好きな相手の声が聞こえてる。ね? 攻撃なんてできないよね? だって一番好きな相手なんだもの」


 動揺しているのは僕だけでは無かった。


「あ、アーヴィスくん!?」

「有能助手……」

「アーヴィス氏!」

「モカちゃん最高! 大好き! はぁはぁ」

「あ、アーヴィスくんのことは好きだけど、それは夢小説での相手としてでリアルでそういうのはちょっと違うと言うか。いや、ダメってわけじゃないんだけど」

「ドラ×アヴィ! ドラ×アヴィの楽園がわたしの目の前に!」

「私はレオ×アヴィですわ! 最高ですわ!」

「ラル×アヴィなの! 誰が何と言おうとラル×アヴィが至高なの!」


 ねえ、僕率高くない?

 うれしいけど。ちょっと照れるくらいにうれしいけどさ。


 ってかカップリングまで見えるんだ、すごいね悪魔の力。


 あと006(シックス)は本当に通報した方がいい気がしてきた。


 目の前のエリスはかわいい。

 うん、めちゃくちゃかわいい。

 いつもの大天使エリスだ。


 しかし、こんなものはまやかしに過ぎない。

 所詮は悪魔が作り出した幻想。

 本物のエリスはここにはいない。


 残念だったな、悪魔。

 賢い僕にそんな小細工は通用しない!


 魔術を起動しようとする僕に悪魔は言う。


「兄様はわたしを攻撃したりしないよね……?」


 不安げだった。

 小さな肩がふるえていた。


「当たり前じゃないか! 僕がエリスを攻撃するわけないだろう! むしろエリスを攻撃しようとするやつなんて、僕が全員ボコボコにするから!」


 やれやれ、エリスを攻撃するとか一体どこの誰が言ってたんだか。

 攻撃しようとするやつなんて、むしろ僕が徹底的に叩きのめしてやるから。

 許せねえ! 許せねえよな! そんなやつ!


「兄様やさしい」


 エリスは微笑む。


「これからも、わたしにいっぱいいろんなものをプレゼントしてね」


 その言葉で、

 僕は動きを止めた。


「……エリスはそんなこと言わない」

「え?」

「エリスはそんなこと言わないんだよッ!!」


 僕は叫ぶ。


「エリスは欲しいものがあってもいつも我慢する子なんだ。

 僕がしつこく聞いて、それでやっと答えてくれるんだ。

 いつも僕のことを気遣ってくれて、ちょっと僕に負い目も感じてたりして。

 そういうところを見るたび僕は、気にしなくていいんだよってぎゅっとしたくなる。

 僕の方がむしろエリスに救われてるんだよって。

 そう何度伝えても、心からはわかってくれない。

 やっぱりどこかでちょっと申し訳なさそうに思ってて。

 そういういじらしいところがあるのがエリスって子なんだ。

 ほんとはいつか、エリスが遠慮無くこれ欲しいって言ってくれる僕になりたくて。

 もっともっとわがまま言って欲しくて。

 だけど、それは今じゃないし、そんな言い方じゃない。


 エリスはそんなこと言わない。


 言わないんだ……!!」



『七秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』



 時間を止める。

 他のみんなの動きを止めないと、動揺して僕を攻撃する可能性があるから。


 エリスそのものにしか見えない姿。

 だけどそれがエリスじゃないことを知っている。


 僕だけが動いている世界で、間合いを詰めて。

 目の前の悪魔に全力の一撃を叩き込む。


 時間が動き出す。

 悪魔の身体は弾け飛んで、革張りのソファーをなぎ倒し、奥の暖炉に突き刺さる。


 認識操作が解ける。

 長い尻尾がだらんと力無く床に落ちる。


「あれ!? モカちゃん!? モカちゃんはどこに!?」

「ドラ×アヴィの楽園が! 楽園が……!!」

「そ、そういうのはよくないことだと思うけど、あ、アーヴィスくんがどうしてもって言うなら私は……ってあれ?」


 こうして、王都を巣くっていた巨大犯罪組織アーズ・ラル・グールは壊滅し、その関係者は簀巻きにされ刑務所の前に並べられたのだった。



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[一言] コードL‥ ノートを追う天才か? (ドリムノートに非ず)
[一言] なんか僕達の遊びよりも、スケールが違う気がする...
[良い点] やばい、この作品凄く好きです!応援しています。頑張ってください! [気になる点] 1つ気になったのですが、ココア・モカ姉妹って違うかったら申し訳ないのですが、もしかしてごちうさからとってた…
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