71 犯罪組織アーズ・ラル・グール1
リナリー・アイオライトとイヴ・ヴァレンシュタインが黒の機関に加わった。
その知らせは、衝撃のニュースとして黒仮面騎士たちの間を駆け回った。
「まさか、電撃王女と氷雪姫を仲間にするとは……」
「全国魔術大会での活躍で、今や国中から将来を嘱望されている二人だぞ」
「さすがはアーヴィス氏だ。我々の数手先を読んで行動している」
「二人はドラ×アヴィの良さわかってくれるかな」
「時代はグロ×アヴィだよ、グロ×アヴィ!」
「みんな落ち着いて! いきなり行くと引かれちゃうから、さりげなく、さりげなく行きましょう。まずはささやかなところから潜在意識に働きかける形でこちらの世界へ」
「もしかして、夢小説仲間になってくれるかも……?」
「グロ×アヴィ? 夢小説?」
「002(セカンド)は知らなくて良いです」
それぞれの思惑が交差する中、勢力のさらなる拡大を目指し活動を続ける黒仮面騎士たち。
しかし、彼らは気づいていなかった。
深刻な問題が、彼らを襲いつつあることに。
「007(セブン)、子供たちが喜んでくれるし今日の夕食もステーキにしようと思うのだが」
「また? 今月何度目よ。いいけど」
007(セブン)は携帯魔術端末で銀行の隠し口座を確認する。
かたん、と足下で軽い音がした。
007(セブン)が端末を落としたのだ。
「007(セブン)? どうかしたか?」
「お金が……お金がないわ……」
「え? まさか盗まれた?」
「そんなはずはないわ。うちの銀行はセキュリティに関しては同業のどの銀行にも負けないくらい力を入れている。盗まれることはあり得ない」
「じゃ、じゃあどうして?」
「まさか、使いすぎ……!!」
「…………」
沈黙が流れた。
「002(セカンド)、大変申し訳ないのですがよかったら今月だけ少し融資していただけると」
「ごめん、007(セブン)。私様も調子に乗って子供たちにお洋服いっぱい買ってあげちゃったからお金が」
007(セブン)は少しの間黙り込んでから言った。
「このままでは、黒の機関は破産するわ」
「緊急事態だ! 000(ゼロ)様を! 000(ゼロ)様を呼べ!」
◇◇◇◇◇◇◇
「お、お金が……ない?」
その知らせに、僕は困惑する。
みんな湯水のようにお金使ってたから、めちゃくちゃ余裕あるんだと思ってたのに。
「我々は、恵まれた暮らしをしてきたので経済観念にかなり緩いところがあったようで……」
「子供たちが喜んでくれるから、私様ついごはんや服を買いすぎてしまったわ……」
「ごめんなさい、ルビーフォレスト銀行の一人娘である私が金庫番をしてたのになんてこと。一生の不覚……」
肩を落とす三人。
「いや、気にする必要は無い。ここまで組織を発展し、残酷な世界の理をねじ曲げ世界の闇を蹂躙してきたのは君たちの功績だ。失態があったとは言え、その輝きが失われることはない」
「アーヴィス氏……」
瞳を潤ませるドラン。
責任を感じてくれていたらしい。
良い仲間を持ったなぁ、うん。
「任せて欲しい。倹約に関する知識で言えば、私は世界トップレベルの力があると自負している。タイムセール常連の節約好き主婦層にも負けはしない」
「節約好き主婦層にも!?」
「さすが000(ゼロ)様だわ……」
感心した様子の二人。
僕は言った。
「私が黒の機関の財務状況を改善してみせよう」
まず僕が取りかかったのは、明らかに使いすぎている食費の改善。
「ここに王都中のもやしタイムセールを行っているスーパーのリストがある。手分けして一本でも多くのもやしを手に入れるんだ」
僕らは全力でもやしを集め、
「買うだけでは足りない。栽培も開始する。幸い、もやしの栽培は簡単だ。この作業は子供たちに行ってもらう」
全力でもやしを育て、
「私が編み出した二千の節約もやし料理から、エリスが好きな十七品を厳選して君たちに教える。二千のレシピの内、半分はラルフに『人間の食べ物じゃない』と言われてしまったが、この十七品はかなりおいしいはずだ」
全力でもやし料理を作った。
「使ってない部屋の魔術電灯は消すように。お風呂の残り湯は洗濯に使う。ものを買うときはそれが本当に必要なのか、もっと安価なものではダメなのか一度冷静に考えてから購入するように」
緊縮財政の効果で、黒の機関の支出は大幅に削減されることになった。
加えて、収入を増やす施策もどんどん打っていく。
救貧院の子供たちの反応から、製作している黒の機関グッズを改良し、富裕層の子供たち向けに販売する。
「任せて! 経営については私様、お父様とお祖父様に三歳の頃からいろいろ教えてもらってるから!」
一見アホの子のウィルベルさんだけど、経営に関しては他の誰よりも詳しかった。
座学の成績も実はかなり優秀らしい。
なるほど、それで級長だったのか。
「富裕層向けに変身ベルトを販売しましょう! そうだ、ベルトだけじゃなく、フォームチェンジや強化変身用のミニアイテムも売って。変身ベルト本体に装填することで音声とカラフルな光が出るようにすれば良いんじゃないかしら! かっこいいデザインのメダルとか良いと思うの! たくさん種類を用意して、組み合わせればさらに違う音声が出るようにする! こうすれば、みんな集めたくなっていっぱい買ってくれると思う!」
こうして、発売された黒仮面騎士変身ベルトと変身メダルは飛ぶように売れた。
経営できる系アホの子なウィルベルさんの活躍で、黒の機関保有の小さな玩具メーカー、『ひまわり玩具』の売上は急上昇。
悲惨な経営状態に死んだ目をしていた社員さんたちの顔も見る見るうちに明るくなり、狭い社内の中を活き活きと駆け回っている。
「日毎に勢いが増してるから、このブームはまだまだ続くわ。この感じならこの会社もっともっと大きくなるわよ」
もちろん、黒の機関と繋がりがあると思われないよう、カモフラージュすることも忘れない。
各方面の有力者子息なみんなの知恵を結集して万全の秘密保護態勢を敷いたから、調べられても埃が出ることはないはず。
そもそも、謎の秘密結社が玩具メーカーを買収して自分たちのグッズ売ってるとはみんな夢にも思わないだろうし。
「さすが000(ゼロ)様。見事な施策です。特に衝動買いと贅沢をしなくなったのが大きく、今週の支出は先週の十分の一以下になる見込みです。富裕層の子供たち向けに販売を開始した黒仮面騎士変身ベルトとDXブラスターガンブレードの売れ行きも好調なので来月以降は、経営状況も大幅にプラスに転じることができるかと」
「問題ない。私にかかればこんなものだ」
「しかし、玩具の売上が振り込まれるのは来月です。どうしても今月分のお金が足りません。明日にも口座内のお金は尽きる見込みです」
「…………」
「このままでは、子供たちにごはんを買ってあげることが……」
「ならん。それだけは絶対にならん」
僕は言う。
「かくなる上は実力行使だ。王都の第二十二地区に麻薬や武器の密売で巨額の富を得ている国内最大の犯罪組織のアジトがある。構成員には、かなりの人数の賞金首がいるようだ。これを潰して、国から賞金をもらおう」
「さすが000(ゼロ)様。ただ金策のために国内最大の犯罪組織アーズ・ラル・グールを潰しにかかるとは」
「何度も言っているだろう。私は目的のためには手段を選ばないと」
僕は立ち上がり、マントを翻して言った。
「全軍、作戦開始だ」
僕は二十七騎の黒仮面騎士を引き連れ出撃した。
「初の活動楽しみ」
わくわくしてる様子のイヴさんと、
「良いとこ見せてアーヴィスくんがもっと私のこと頼ってくれるようにならなくちゃ。不調を脱するきっかけを掴むためにも……!!」
気合い十分なリナリーさん。
本部には後方支援のため十三騎の黒仮面騎士に残ってもらっている。
加えて、今回の作戦からオペレーターとして子供たちにも参加してもらっていた。
『任せてくれ。いや、ください、今日のためにたくさんハッキングの練習したんで、きっと戦力になれると思う。いや、思います』
「え? ハッキング?」
何それ、初耳なんだけど。
『000(ゼロ)の指示じゃないんですか? てっきりボクは000(ゼロ)の指示なんだとばかり』
「いや、私は指示してない。そもそも、誰に教わった?」
『031(サーティワン)さんたちです。世界のどこで発生しているかわからない尊いシチュエーションを見逃さないために、世界を隅々まで見通す力が必要なんだって言ってました』
「…………」
なにやってんのあの人たち。
『毎日やってたから王都の監視カメラに潜入するのはもうお手の物さ! どういうのが尊いシチュなのかも少しずつわかってきたし』
『うん。ボクも最初はさっぱりだったけど、ちょっとだけ良さがわかってきたかも』
「わからなくていい。わからなくていいんだ……」
恐れていた事態が既に起きていた。
教育部隊を早急に再編成する必要がある。
頭を抱える僕の肩を叩いたのは006(シックス)だった。
「大丈夫です、000(ゼロ)様。教育係なら私がいますよ」
「却下」
「なんで……なんで……!!」
拳を握りしめ、目に涙をいっぱいに溜める006(シックス)。
そういうところだよ!
危ない予感しかしないんだよ!
ともかく、考えるのは後だ。
今は目の前の作戦に集中しよう。
「全軍、所定の位置についたか」
仮面に内蔵された通信機で指示を送る。
『こちら、001(ファースト)。完了してます000(ゼロ)様』
『こちら002(セカンド)。何も心配することはないわ。私様がいるんだもの。大船に乗った気でいていいわよ』
『こちら007(セブン)。配置済みです、000(ゼロ)様』
『こちらX。いつでも突入できる』
『こ、こちらL。アーヴィスくん、私がんばるから! み、見ててくれるとうれしいな、なんて』
犯罪組織のアジトを囲うように布陣した仲間たちに、僕は指示を送る。
「――状況開始」






