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69 誤解


 side:浮気? リナリー・エリザベート・アイオライト


「アーヴィスくんの行動がおかしい?」


 日課になっている自主練習を終えた後のことだった。

 リナリーの言葉に、イヴは真剣な顔でうなずいた。


「不審な行動が多い。まるで一週間前のお父様みたい。あれは隠し事をしている人の行動」

「お父さんは何を隠してたの?」

「若い女とデートの約束」

「うわ……」

「それから一週間お父様はずっと氷漬け」

「いつも思うけどイヴの家のお母さん強いわよね」


 ヴァレンシュタイン家当主であるお父さんより強いんじゃないだろうか。

 結婚前から、すごく有名な魔術師だったって聞いたことあるから、実際そうでも驚きはないんだけど。


「でも、アーヴィスくんは一体何を隠してるんだろう?」

「若い女とデートしてるかもしれない」

「でー、と……?」


 手からこぼれ落ちた水筒が、足下で軽い音を立てた。


「そ、そんなことあるわけないわよ! シスコンだし、貧乏性だし、もやし狂いだし! あんな人好きになる物好きなんて他にいるわけないもの!」

「さすがにそれは言い過ぎだと思う」

「あれ、でもそう言えば最近女子と話す頻度が増えてるような。フィオナ先輩ともいつの間にか仲良くなってたし」

「わたしのデータでもその傾向は出てる。お父様はモテ期というのが人生で三回はあるって二週間前自慢げに話してた。もしかしたら彼もそういう時期なのかもしれない」

「モテ期……」


 考えてみると、それは特別おかしなことではないように思えた。


 一見変人で即恋愛対象外な彼が、その実すごくやさしくて、かっこいいことをリナリーは誰よりもよく知っていた。


 すごく良い匂いするし、前髪長くて少し物憂げな感じもとても良いし、最近は前より筋肉もついてきて、前腕の血管が浮き出てる感じとか最高で、あと、あと――


「リナリー?」

「あ、ごめん。ついぼうっと」

「しっかりしてほしい。これは由々しき問題。わたしは、大切な友達がお父様のようなゴミクズクソムシになってしまうのは嫌」

「でも、私の場合は実際のところ別に付き合ってるわけでもないし……」


 彼を責めて良い立場にはいないように思えた。

 あくまで罰ゲームから、なんとなく偽りの関係が続いているだけで。

 彼にとって何か不都合なことがあるなら、私は潔くこの関係を解消するべきだと思うし。


「気になる人できたり、したのかな……」


 想像しただけで気分が沈んだ。

 彼の周りには素敵な女の子がたくさんいる。

 Fクラスの子たちもかわいいし、お世話してくれてるメイドさんもすごく美人だったし。


「そりゃそうよね。私なんて、男子が好きな一歩後ろをついていくみたいなタイプじゃない。多分気が強くて面倒だって思われるタイプだし……」

「大丈夫、まだ仮定の話。そこまで落ち込まれるとわたしも申し訳なくなる」

「あ、ごめん」


 意識して気を取り直す。

 どうした、らしくないぞ私。

 前向きに、無理って言われてもくじけないのが私のはずじゃないか。


「だからわたしは調査に乗り出すことにした。友達として、彼をお父様のような生きる価値無い人型廃棄物にするわけにはいかない。しかも、今回の場合浮気被害者もわたしの友達。これは間違いなく友情崩壊するパターン。二人しか友達がいないわたしにとっては大問題。なんとしてでも無事事態を収拾する必要がある」

「いや、だから別に浮気じゃないから」

「問題ない。浮気調査は探偵の仕事。スーパー名探偵のわたしが、この事件はまるっと解決する」

「探偵ごっこほんと好きよね、イヴ」

「すごく」


 こうして、リナリーとイヴはアーヴィスの周辺調査を始めたのだった。






 翌日の練習後、二人はアーヴィスの後をつけることにした。

『もやしのタイムセールがあるから急がないと』と供述した容疑者が向かったのは激安スーパー。


 主婦や貧乏学生。血に飢えた歴戦の強者が戦う戦場で、彼は見事一人二袋限定のもやしを確保して拳を突き上げていた。


「す、すごい戦いね」

「身体の入れ方が洗練されている。とてもレベルが高い」


 未知の世界に素直に感心するお嬢様二人だった。


 それからも彼の行動は至っていつも通り。

 魔動式自動販売機の下を覗き込んだり、排水溝の奥に落ちていた銅貨を早く拾うために固有時間を加速させたり。


「あそこまで残念な未踏魔術の使い方は初めて見た」


 困惑するイヴと、


「良いわよ、それでこそアーヴィスくん!」


 声を弾ませるリナリー。


「どうして喜んでるの?」

「だって、アーヴィスくんが残念な方がライバルが増えないし。あと、最近は彼のそういうところもなんだか愛おしく見えてきたというか」

「恋は盲目」


 リナリーはいつも通りな彼の姿にほっとする。


 ふふ、必死になっちゃってかわいい。


 この感じなら、イヴが言う不審な兆候もきっと気のせいだろう。


 しかし、そんな期待はあっさりと裏切られることになる。


「え? 一度寮に帰ったのにまた出てきた」

「時間を気にしている。この感じは誰かと待ち合わせしている可能性が高い」

「でも、私たちには何も言ってなかったわよ。それに、あんな残念な人のこと好きになる子なんて私くらい――」

「あ、若い女」

「え――」


 リナリーは持っていた水筒を落とす。

 かこん、と足下で軽い音が響く。


 そこで待っていたのは、アーヴィスと同じFクラスの女子。

 名前は、たしかソニアさんだったか。

 隙が無く凜とした、綺麗なタイプの美人さん。


 二人はさして会話もすること無く、肩を並べて歩いて行く。

 そんな二人の姿は、気を使う必要も無いくらいに親密であるようにリナリーには見えた。


「そうよね……私みたいに気の強い女子より、そっと寄り添って支えてくれるタイプの子の方がいいわよね。うう……」

「落ち込みすぎ。大丈夫、まだそういう関係と確定したわけじゃ無い」

「そ、そうね。まだ確定したわけじゃないし」


 折れそうになる心を、なんとか立て直す。

 イヴもいるんだし、しっかりしないと。

 他の子とデートしてたって、そのくらい別に落ち込むほどのことじゃ――あ、ダメだ。めっちゃへこんでる私。


 二人が入っていったのは、表通りの一等地にある高級ファッションブランドの店舗だった。


(デートだ。これ完全にデートだ……)


「おかしい。彼は性格的にこんなお店でものを買うタイプの人間ではない」


 イヴは怪訝な顔で言った。


「……ソニアさんの趣味なんじゃない?」


 沈んだ声で答えるリナリー。


「加えて、今の彼は手術のせいですっからかん。彼にこのお店のものを買えるような甲斐性はまずない」

「あ、たしかに。言われてみれば」


 リナリーははっとする。

 その通りだ。

 彼にこんなところで買い物できるようなお金ないはずで。


「つまり、彼はものを買ってくれると釣られて彼女とデートしている可能性が高い」

「お金目的ってこと?」

「お父様に聞いたことがある。プレゼント目当てで女性が男性とデートすることをパパ活と言うと。おそらくこれは、その逆バージョン。つまりママ活」

「ま、ママ活……!?」


 未知の単語に驚愕するリナリー。


「つまり、お金を出せば私もアーヴィスくんとデートできるということ……?」

「待って、リナリー。それはダメな思考。地獄へ続く道」

「止めないで。私はどんな手を使ってでも、アーヴィスくんの隣にいたいの。お金使わない方だから貯金は大分あるし、それでアーヴィスくんとデートできるならむしろ私にとってはこれ以上無い使い方とさえ言えるわ」

「リナリー、冷静になるべき。都合の良い女の末路は悲惨だってお母様が――」

「待ってアーヴィスくん! 私の方がもっと! もっとお金出すから!」

「落ち着いて。貴方はすごく魅力的な子。そんなことしなくても大丈夫だから」


 高級ホテルのような広い店舗。

 色とりどりに並ぶ美しい洋服の影でもみ合う二人。


 そのとき、店の中に入ってきたのは別の女の子だった。


「私様が来てあげたわよ! で、どれを買えば良いの?」


(ふ、二人目!?)


 激しく混乱するリナリー。

 現れたのはCクラスの級長、ウィルベル・ストロベリーだった。


(い、いつの間に仲良くなってたの……!? たしかに、クラス対抗戦の時一緒にいるのを見たことはあったけど)


 驚くリナリー。

 最近は全然接点が無いと思っていたのに。


「恐るべき事態。どうやら、彼はわたしたちが思っていた以上の怪物かもしれない」

「怪物?」

「対外的にはリナリーと付き合ってることになっているのに、それでいてなお二人の女子に貢がせる。とんでもない化け物。貢がせモンスター。男の風上にも置けないカスムシ。絶対ろくな死に方しない」

「アーヴィスくん待って! 私もお金出すから!」

「ダメ! その戦い方は悪手。落ち着くべき」


 再びもみ合う二人。

 遠くから、アーヴィスの声が聞こえてくる。


「ここからここまで全部買って欲しいんだけど」


 あまりの衝撃に、二人はぴたっと動きを止める。


「なにその大富豪みたいな買わせ方」


 小声で言うイヴ。


「さすがにそんな横暴が許されるはずが――」

「わかったわ! 私様に任せて!」

「ああ、ダメ。もう彼は戻って来れない。怪物が生まれてしまった。恋愛資本主義が生んだ悲しきモンスターが」

「お願い、待って……!! 私もお金用意するから……!!」

「リナリー、もう彼は手遅れ。あきらめた方が良い」

「嫌! あきらめたくない! こんなに好きな人、きっとアーヴィスくんが最初で最後だもの!」


 三度目の小競り合いをする二人。

 そのとき、店に入ってきたのは十人ほどの小さな子供たちだった。

 アーヴィスは、彼らを愛しそうに見つめて目を細める。


「よし、じゃあサイズ確認するから一人ずつ着てみて」

「どういう関係!?」


 混乱しすぎて大声をあげたリナリー。

 もみ合っていた二人はバランスを崩し、隠れていたハンガーラックを倒してしまう。


 大きな音。


 アーヴィスくんが振り向く。

 透き通った瞳がリナリーを捉える。



 止まったみたいに静止する時間。



 アーヴィスは言った。


「緊急事態! 全軍即座に撤退!」


 蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げていくアーヴィスたち一行。


 我に返って倒したハンガーラックを直し、近寄ってきた店員さんに謝っていたリナリーにイヴが言う。


「後を追う必要がある」

「え?」

「さっき一度あきらめかけたけど、やっぱり彼は大切な友達。ちゃんと真人間に戻す必要がある」

「そ、そうね! 私もお金出せるよってこと伝えないといけないし」

「貴方は一度頭を冷やすべき」


 イヴは氷魔術による冷たいそよ風で、リナリーの火照った頭を冷やしつつ言う。


「後を追う。事の次第によっては、お父様と同じように氷漬けになってもらう」


 全国魔術大会ヴァルプルギスナハト優勝チームの主力選手による、すさまじくハイレベルな鬼ごっこが始まろうとしていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませて貰ってます! 小説家になろうで心が躍る感覚は一杯あったんですが、 声を上げて笑ったのは久しぶりでした。 これからも応援してますので、頑張ってください!
[一言] やっぱり名探偵好きだなぁ~
[良い点] 朝食食べながら読んでたら「私の方がもっとお金出すから!」の下りで卵かけご飯噴いたわw
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