表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/129

65 手術1


 翌日、僕はエリスとエインズワースさんと共に、王立病院に向かった。

 今日は念願の……

 念願の、エリスの目の治療に向け、大きな一歩を踏み出せる日……!!


「ほんとに大丈夫? 兄様、借金とかしてない?」


 道中で、エリスは不安げに言った。


「借金なんてしてないってば。宇宙一賢くてかっこいい兄様にかかれば、これくらいのお金簡単に集められるから」

「兄様、無理はしなくていいんだよ? わたし、今のままでも十分幸せだからね。兄様が借金に苦しむ方がわたしは嫌だから。だから、病院に行くのはやめよう? お金返してこよう?」

「いや、ほんとにちゃんと自力で稼いで――」

「大丈夫。わたしのためにがんばってお金借りてくれたのわかってるから。わたしはそのくらいで兄様のこと嫌いにならないよ。むしろ、そこまで必死に治そうとしてくれるんだってすごくうれしい。だからさ、目を治すのはもう少し先にしようよ。今は、お金を借りたりせず堅実に暮らしていこう?」

「…………」


 全然信じてくれないんだけど。

 僕が嘘ついて借金してる前提で話進んでるんだけど。


「大丈夫ですよ、エリス様」


 エインズワースさんは微笑んで言う。


「アーヴィス様は、借金なんてせずご自身の力で必要な金額をご用意してますから」

「……え? ほ、本当に?」

「だからそう言ってるだろ。僕にかかれば、これくらい全然大した額じゃないからさ。ほら、行こう」


 僕はエリスの手を引く。

 エリスは半信半疑な様子で着いてくる。


 王立病院。

 夏の庭にはみずみずしい芝生が広がっている。

 澄んだ日差しを浴びて黄緑色に輝くそれを横目に、僕はエリスを連れ病院のドアをくぐった。


「アーヴィス様ですね。お待ちしておりました。エメリ様からお話は伺っております。こちらへどうぞ」


 待つこと無くそのまま奥の部屋へ通される。

 これがVIP待遇というやつか、と思っていると、看護婦さんが僕に言った。


全国魔術大会ヴァルプルギスナハト見ていました。実は息子がファンでして。その、サインいただいていいですか?」

「やれやれ、仕方ありませんね。息子さんのお名前は?」

「アルと言います」

「『アルくんへ』と」


 渡された色紙にさらさらとサインを書く。

 練習しておいて良かった。

 やっぱりこういうのは事前の準備が大切だからね。


「兄様、本当に大会で活躍したの?」


 エリスがびっくりした様子で言う。


「うん。そう言ったでしょ?」

「いや、でも、えっと……」


 言葉に詰まるエリス。


「そ、そうなんだ」


 かなり驚いている様子だった。

 なんでだろう? 別に驚くような要素無いと思うんだけど。

 僕の活躍は、五割増しにして毎日エリスに聞かせてたし。


「息子、すごく喜ぶと思います! ありがとうございました!」


 頭を下げる看護婦さん。

 そこで入ってきたのは、エメリさんが紹介してくれた先生だった。


 ギュンター・アイントホーフェン。

 太った大柄の身体に小さな眼鏡の彼はこの国一の魔術医師らしい。


「大会見てましたよ、すごい活躍でしたね。特に決勝のラストプレーには感動しました。まさか、あんな方法でオーウェン・キングズベリーを倒すなんて」

「ありがとうございます」


 褒められて頬を緩める僕。


「ほ、ほんとに優勝してたんだ」


 エリスはびっくりした顔でつぶやく。

 なんでそんなに驚いてるんだろう、とやっぱり思ったけど先生の診察が始まったので深く聞くことはできなかった。


「なるほど、たしかに特殊な症例ですね。私もここまでひどいのは初めて見ました。まるで、誰かが意図的に作ったみたいだ」

「意図的に作るなんてできるんですか?」

「いや、できない。できないと思います。しかし、それだけ狙ったかのように治療や手術が難しい状態になってしまっている。まるで、神様がそう計算して作ったかのように」


 本当に難しい手術らしい。

 わかっていたことだけど、それでもショックがあった。

 意外と簡単にできるなんて言ってくれるんじゃないか。

 どこかでそんな期待があったんだろう。


「お願いします、力を貸してください。お金は用意しました。もっと必要ならすぐかき集めてきます。だから――」

「大丈夫、安心してください」


 ギュンター先生はにっこり微笑んで言う。


「ボクの前では神様だって、好きにはさせない。死の運命だって覆すのが医者の仕事ですから。彼女の目を治すため全力を尽くします」






 それから行われたのは全身の検査だった。

 エリスは呼吸器にも疾患を抱えている。

 手術で使われる機材や薬が、他のところに悪い影響をもたらさないか。

 検査結果を真剣な目で見つめつつ、ギュンター先生は言った。


「いつも飲んでる薬は、手術当日は控えるようにしてください」

「わかりました」


 僕はうなずく。


「でも、手術中呼吸器の発作が起きる可能性は無いんですか?」

「代わりに別の薬で抑えます。問題は、施術後眼内に投与した薬が理論通り作用するかどうか」

「しない場合もあるということですか?」

「可能性は否定できません。何せ、未知の症例ですから」


 先生は目を伏せて言う。


「百パーセント治るとはボクも言えません。成功率は九割といったところでしょうか」

「九割……」

「どうしますか?」


 僕は判断に迷う。


 成功の可能性は高い。

 しかし、失敗する場合もある。


 時に確率は残酷に、幸福な未来を摘み取ってしまう。


 手術に踏み切って良いのだろうか。

 もし、失敗したら――


「兄様、わたしはどっちでもいいよ」


 言ったのはエリスだった。


「手術を受けても受けなくてもいい。それに、手術して失敗してもいい。だって、これは兄様が一生懸命わたしのために用意してくれたことだから。手術を受けられることがもう幸せだもん」


 迷いのない、落ち着き払った言葉だった。


「だから、兄様が決めて。失敗しても、わたしはそれでもいいから」


 本当に、この子は僕なんかよりずっとしっかりしてる。

 僕はやっぱり、エリスに世界を見せてあげたくて。

 こんなに綺麗なんだよって教えてあげたくて。

 だから――


「僕は、エリスに手術を受けてほしい」


 エリスはにっこり笑って言った。


「うん。わかった」






 手術当日までの一週間はあっという間に過ぎていった。


「当日に向けて、できる限り体調を整えてください。少しでも良い状態で手術を受けられるように」


 言われた指示通り、僕はその一週間つきっきりでエリスの健康状態を整えるべく奮闘した。


 目的のためには手段を選ばないのが僕のやり方である。

 自分の力でできないことは全力で人に頼った。

 幸い、今の僕には頼ることができる人たちがいる。


「栄養をしっかり取れる献立と、食べさせた方が良い食材教えて欲しいんだけど」


 聞くと、リナリーさんはにっと微笑んで言った。


「任せて。私が、手術なんかに負けない最高のレシピ作るから」


 使うべき食材が決まったら、次はその調達。


「こちら000(ゼロ)。用意してもらいたいものがある」


 黒の機関全員に配布されてある、カフスボタン型通信機で本部に連絡する。


『なんでしょうか、000(ゼロ)様』


 答えたのはドランだった。

 クドリャフカ暴走事件で悲惨な思いをしたのに、今日も秘密基地に行ってるんだ、と少しほっとする。


「妹が手術を受けることになった。手術当日まで考え得る最も栄養の取れるおいしい食事を用意したい。調達してもらいたいのはそのための食材だ」

『そうですか。アーヴィス氏の妹君、遂に手術を』

「そうなんだ。だから少しでも成功率を上げようと思ってさ」

『お任せください。私たちが、用いることができるすべての力を使って最高の食材を妹君のために用意しますので』

「頼んだぞ、001(ファースト)」

『ええ、000(ゼロ)様』


 一時間後、届いたのは宝石のように美しく洗練された食材の数々だった。

 素人の僕でもそれが簡単に買えるような代物では無いことが一目でわかる。


「020(トゥエンティ)の実家が営んでいる卸売業者のルートを使って仕入れた最高品質の食材よ。レシピに必要なものはすべてあるはずだけど、追加で必要なものがあったら言って。すぐに持っていくから」

「ありがとう、007(セブン)」

「礼は必要ないわ。私は、仕事と夢小説には手を抜けない人間ってだけだから」


 007(セブン)はうなずく。


「006(シックス)が妹ちゃんに近づこうと、いろいろ工作しようとしたけどすべて未然に防いでおいたから。安心して」

「助かる」

「私もたくさん妄想させてもらって助かってるから。そこはおあいこってことね」


 食材を手に入れて、さあ調理の工程――と思ったのだけど、


「任せて。私たちがエリスちゃんのために腕によりをかけて最高の料理を作るから!」


 リナリーさんはやる気十分って感じでそう言った。


「……なんで、リナリーさんとイヴさんがここに?」

「ここにいるのは通されたから」

「それは、まあそうなんだけど」


 来た目的を聞いてるんだけど、と思う僕にリナリーさんが言った。


「こういうのは助け合いが大切でしょ? あと、アーヴィスくんに手料理食べてもらって少しでも私のこと好きになってくれたらうれしいなって下心もあるけど」

「下心あるんだ」

「見てなさい! 胃袋ばしっと掴んでやるんだから!」


 いつも通り熱血全力投球なリナリーさんだった。

 水色のエプロンに身体を通し、髪をゴムで束ねる。

 普段と違う姿に僕はちょっとドキッとする。


「で、先生はどうしてここに?」


 イヴさんはリナリーさんがこっちを見てないのを確認してから小声で言う。


「リナリーが一人で行くのは緊張しすぎて無理って言うから」

「あー、なるほど」

「あと、わたしも友達の家に行ってみたかった」

「ようこそ。歓迎しますよ、先生」

「ありがと」


 こうして、始まった二人による料理作り。

 しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。


「イヴ、卵を割ってくれる?」

「卵を割る? どういうこと?」

「え?」

「え?」


 戸惑ってからリナリーさんは言う。


「イヴ、もしかして料理したことない?」

「いつもお手伝いさんが作ってくれるから」

「……まあ、名家の生まれなら普通はそうか」


 リナリーさんは気を取り直して言う。


「わかった。私が教える。お手本見せるから見てて」


 イヴさんの料理の腕は、当初悲惨なものだった。

 卵を割ればカラを全部ボウルに入れる。玉ねぎの皮を剥けば、おっかなびっくりで全然進まない。その上、皮と食べられる部分の区別がつかない始末。


 それでも、リナリーさんの教え方がいいんだろう。

 少しずつ、イヴさんも不慣れながらある程度常識的な感じで料理ができるようになっていった。


 一方で、リナリーさんの方はそれはもうすごい。

 見事な手際で玉ねぎをみじん切りにしながら、並行してスープの準備に取りかかっている。


「大丈夫? 困ってることない?」

「これどうすればいい?」

「それはね。ここを抑えてこの部分を切るのがコツで」


 イヴさんの指導まで同時にこなしていた。

 複数の作業を並行して行っているのに、動きにまったく淀みがない。


「見事な技術ですね」

「エインズワースさんもそう思う?」

「ええ、強敵です……いけない、このままではできるメイドキャラとしての私の個性が……」

「え? キャラ?」


 キャラ意識してやってたの、それ。


「ただでさえ、出番が少なく影が薄いのではないかと少し気にしてるのに、さらにキャラが薄くなるなんて……なんとか、なんとかしなければ……!!」

「そんなに気にしなくて大丈夫だと思うよ。僕エインズワースさんにすごく助けられてるし」

「いえ、これは戦いなのです。戦争なのです。見ててください、アーヴィス様。私、必ずや、必ずやもっと目立つキャラになってみせますから」

「う、うん、がんばって」


 よくわからないけど、がんばってほしい。なんか切実だし。


「できたわよ、お待ちどうさま」


 たまねぎたっぷりのハンバーグに、野菜がたくさん入ったトマトチーズスープ。

 厚揚げの大葉味噌焼きと、豆苗と大豆の胡麻酢和え。

 デザートに果物がたっぷり入った牛乳寒天と、ほうれん草とアボカドの手作り野菜ジュース。

 豪華絢爛な夕食がテーブルに並ぶ。


「あの、ありがとうございます。兄がいつもお世話になってるのに、その上こんなことまで」


 エリスは言った。

 お世話になってるなんて、子供っぽくない言い回しが微笑ましい。


「いいのいいの。私がしたくてしてるだけだから」

「そう。友達の家で料理。新鮮な経験。楽しい」


 笑みを返す二人。


「前いただいたお弁当もありがとうございました。すごくおいしかったです」

「よかった。しっかり食べてね。手術なんかに負けちゃダメよ」

「わたしも応援してる。大丈夫」


 エリスは手で皿の位置を確認する。

 フォークでハンバーグの位置を探り、器用に一かけ切り取って口に運ぶ。


「どう? おいしい? 子供でも食べやすいように作ったつもりなんだけど」

「大きな失敗はしてない、はず……」


 不安げな二人。

 瞬間、エリスはぱっと顔をほころばせた。


「おいしい! これ、すごくおいしいです!」

「やった!」

「よかった」


 頬を緩める三人に僕の心も温かくなる。

 賑やかな夕食の時間が過ぎていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ最終6巻が6月12日に発売しました!】
(画像を押すと掲載ページに飛びます)

html>

【書籍版も発売中です!】
i000000
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 目治るといいな、でも治らない代わりに別の力が解放されるというのも有りか(厨二脳)
[一言] とても面白く拝見させていただいてます。 エリスが物語に今後どうかかわってくるのか 今から楽しみです仕方ないです。 これからも応援させていただきます。 体にご自愛してこれからも作品を執筆してく…
[一言] 手術が成功してブラコンチート妹として君臨するのを楽しみにしてます(違う)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ