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64 チルドレン計画


 黒の機関地下秘密基地、第九階層。

 最奥に位置する執務室。


「001(ファースト)、『チルドレン計画』の進捗はどうだ」


 000(ゼロ)様モードフル装備な僕はドランに言った。


「すべて順調です、000(ゼロ)様。救貧院にも入れないスラム最下層の子供たちを吸収して構成員の数は順調に増加。このペースなら、三百の大台を超える日もそう遠くはないかと」

「素晴らしい。さすが、私の同志たちは優秀だな」

「いえ、すべては000(ゼロ)様の計画があってこそ。まさか、スラムの子供たちを構成員として加入させるとは」

「子供の成長速度は大人よりはるかに早い。加えて、我々の目的にも大人ほど疑問に思うこと無くついてきてくれる。何より、貧困に苦しむ子供を救うこと、それだけでも世界の闇を一つ倒したことになる」

「正に一石三鳥。素晴らしい計画です、000(ゼロ)様」


 ふははははは!

 やったぜ、仲間大量ゲット!


 この調子でどんどん組織拡大して、世界を股にかけるような大組織にしていかなければ!


 折角ここまで、大きな事になってるのだもの。

 火に油注ぎまくって、もっともっとわくわくする感じを目指していく所存な僕である。


 だってその方が楽しいし。


 加えて、僕自身大分苦労したから、この子たちの気持ちはすごくわかるわけで。


 うれしいだろうなぁ、と想像するだけでなんだか良い気分になってしまうのだった。


「000(ゼロ)様! お願いがあります!」


 部屋に入ってきたのは006(シックス)だった。


「どうか、自分を子供たちの教育係にしていただきたく。たしかに座学の成績は女子たちの方が良いですが、しかしやはり男の教員もいなければ知識が偏ってしまうと思うのです。女子たちは既に文章問題の登場人物をすべて男に差し替えて、無意識にはたらきかける形で英才教育を開始しているようですし」

「001(ファースト)、すぐやめさせて来て」

「承知しました」


 油断も隙もあったものじゃない。

 子供たちの可能性を特殊な嗜好で歪めるわけには――って環境的にかなり厳しいのは間違いないんだけど。


 絶対やばい育ち方しかしないよね、この講師陣。


 せめて、僕だけはまともな常識を教えてあげなければ。

 もやしが如何に無限の可能性を備えた最強無敵の万能食材であるかとか、うちの妹が宇宙一かわいい地上に舞い降りた天使であることとか。


「あんな腐ってる連中ではいけません! 性癖が歪んでしまいます! ここは、自分が教育係として女の子たちに愛と熱意を込めた指導を――」

「却下」


 すごすごと帰って行く006(シックス)の背中を見送る。


 悪い影響が出ないよう、絶対に関わらせないようにしなければ。

 そう決意を新たにする僕。


 少しして、帰って来たドランはボロボロで目に大粒の涙を浮かべていた。


「……何があったの?」

「注意したところ、狂犬クドリャフカが暴徒と化して、私の……私の毛を……」


 あわれすぎる。


「今日は帰ってゆっくり休んで。注意と残った仕事は代わりに僕がやっておくから」

「ありがとうございます、アーヴィス氏……」


 ドランの背中には哀愁が漂っていた。

 多分二桁以上抜かれたんだろうな……。

 なんてむごいことを……。


「注意しに行くか」


 相変わらずやべえやつらだ。


 思えば、一体どうしてこんなことになってるんだろう?


 謎は深まるばかりだったが、楽しいからいっか、と考えるのをやめる僕だった。






 全国魔術大会ヴァルプルギスナハトの後、僕は黒の機関000(ゼロ)様と一学生という二重生活を送っていた。


 季節は夏。

 一週間前に最後の登校日が終わり、今は夏休み。


 僕らFクラス生がこの時期に宿題なんてするわけもなく、日々世界の闇と戦う秘密結社として、秘密基地に集まっては好き放題して遊んでいた。


 正直めっちゃ楽しい。

 これが青春というやつなんだろうか。


 仲の良い友達に囲まれて、自由な時間を過ごすというのは、僕にとっては新鮮な経験だった。


 基本生活が大変で、遊ぶこととか全然無かったからな。

 ラルフもその辺り知ってくれてたから、休日遊ぶことなんて一度も無かったように思うし。


 これがゆとりある生活……!!

 普通の学生生活か……!!


 謎の秘密結社の一員として、賞金首を次々に捕まえたり、新たな収賄事件の証拠を零細出版社の社長なブルーノ氏に送ったり、スラムの子供たちを組織の仲間にするべく教育したり。


 普通っていいなぁ、と幸せに浸りつつ学院へ。

 リナリーさんに誘われて、今日は室内練習場で一緒に練習することになっていたのだ。


 ちなみに、イヴさんも参加している。

 決勝前の特訓以来、三人で練習するのが僕らの日常になっていた。


 教師が見てない夏休みにも関わらず、リナリーさんのやる気は相変わらず最高潮。

 自分で二十四時間隅々まで効率的な練習日程を組み、淡々とメニューを消化していく。


「はい、リナリーさん水」

「ふう、ありがと」


 ボトルの水を渡す。

 一瞬手が触れる。


「あっ」


 ボトルが音を立てて床を転がる。


「ご、ごめん。びっくりして」

「いいよ。気にしてないから」


 気恥ずかしそうにボトルの水を飲むリナリーさん。

 ほんと単純接触弱いんだよな、この人。

 さすがにそろそろ慣れていい時期だと思うんだけど。


「最近、なんかますますがんばってるよね、リナリーさん」


 話を振ると、リナリーさんはうなずいた。


「不調なときほど、いつも以上にがんばらないといけないと思うから」

「不調なの?」

「決勝からちょっとね。今までの魔術のやり方が違ったんじゃ無いかって思えてきて。全部を『電磁反物質粒子砲フルライトニングバースト』のやり方でやろうとしたんだけど、どうもうまくいかないの。『電磁反物質粒子砲フルライトニングバースト』もあれ以来一回も成功してないし、最近は『電磁加速砲ライトニングバースト』すらできなくなっちゃって……」

「あー、どんどん泥沼になるやつ」

「もう一回! もう一回やってくる!」


 練習場へ戻っていくリナリーさん。


 入れ替わるみたいに近づいてきたのはイヴさんだった。


「少し聞きたいことがある。いい?」

「話?」


 なんだろう、と向き直る。


「あなたは、わたしたちに何か隠し事をしてる?」

「いえ、してないと思いますけど」


 そもそも、隠すようなことなんて何も無いような。


「でも、今日もなんだか忙しそうだった。待ち合わせ場所に着くのもギリギリだったし」

「ああ、それは世界の闇と戦う謎の秘密結社の活動が」

「秘密結社?」

「……なんでもないです」


 隠し事あったわ。

 めちゃくちゃ大きい隠し事してるわ、僕。


 別にバレても良いと言えば良いんだけど……いや、やっぱりダメだ。

 バカでかい地下秘密基地で、スラムの子たち育てて組織拡大してるとか意味わからなすぎて理解してもらえると思えないし。


 何より、黒の機関は謎の秘密結社なわけで、秘密というからには他の人に知られるわけにはいかない。


 みんな本気で遊んでる結果、こんな大事になってるわけで。

 僕だって謎の秘密結社って設定を大切に守り抜かなければ!


「い、いや、なんでもないので。ほんとに」

「そういえば、閉会式の時わたしたちが助け出された後、あなたはいつの間にかいなくなってた」

「トイレ行ってたんです。突然お腹の中で第三次世界大戦勃発しちゃって」

「仮面の人たちの声も、どこかで聞いたことがあるような」

「…………」


 鋭いなっ!

 スーパー名探偵今までそんなに探偵力高くなかったじゃん!

 なんでいきなり鋭いの、ねえ!


「とにかく、先生に隠し事なんてしてないですから」

「じー」

「ほ、ほんとにしてないので」

「じー」

「あ、そうだ先生。お母さんと共謀して子猫をお父さんに見せる作戦はどうなったんです?」

「そうだった。今日はそれを話したかったのに」


 イヴさんは目を輝かせて僕に事の次第を聞かせてくれた。

 お父様が犬派だったこと。強硬に反対していたが、お母様に氷漬けにされて子猫を飼うのを許したこと。

 あんなに嫌そうだったのに、その日の夜には誰よりも子猫にでれでれしてたこと。


「いつもながら、威厳とかあんまりないですよね、イヴさんのお父さん」

「親しみやすいのはお父様の良いところ」

「そうですね。素敵なお父さんだと思います」

「それで、隠し事のことなんだけど」

「子猫ってどういうとこがかわいいんですか?」

「そう! それも話したかった」


 イヴさんは声を弾ませる。

 そんな感じで、なんとかスーパー名探偵の追求を振り切った僕だった。



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[一言] イヴがチョロカワすぎ
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