61 祝勝会
祝勝会は豪勢に行われた。
閉会式で起きた大事件は、みんなを激しく動揺させていたけど、現れた悪魔の恐ろしさよりもそれをあっという間に倒した謎の組織の方が、衝撃としては上だったらしい。
黒の機関の衝撃は、一大ニュースとして国中を駆け回っている。
号外の新聞が乱れ飛び、国営放送では大物コメンテーターが黒の機関とは一体何者なのか、と話している。
正義なのか、悪なのか。
果たして、その正体は――
今一番有力な説は、帝国の圧政に対し反乱を起こした亡国近衛騎士の生き残りでは無いかという説らしい。
………………どうしてこんなことになってるんだろう?
「説明はまた余裕があるときに!」とみんな逃げ帰るように去って行っちゃったし。
まったくもってわけがわからなかったけど、考えていても混乱が深まるばかりなので、忘れることにした。
まあ、みんな助けられたし良かったということにしとこう。
僕も、謎のヒーローごっこ楽しかったし。
何より、今僕がいるのは祝勝会の会場なのだ。
祝勝会。
それは、学院のお金でおいしいごはんを食べられることを意味する。
一切れでも……一切れでも多く食べないと!
エリスにもたくさん持って帰ってあげなくては……!!
うわっ、この肉うまっ! やばっ!
優勝したということで、祝勝会は豪華に高級焼き肉!
信じられないくらいおいしい霜降りA5ランクの黒毛星牛を夢中で頬張る僕だった。
めちゃやわらかい!
溶けるよ!
一瞬で溶けるよこのお肉!
「お肉は、焼き方が大切なの。たくさん並べない。おいしい成分が零れ落ちちゃうから触るのは最小限。一枚一枚大切に、誠実に向き合う。おいしく食べてあげるのが牛さんへの一番の供養だから」
リナリーさんはトングを手に真剣な顔で言う。
「今よ! 食べて!」
僕の小皿に肉を載せてくれるリナリーさん。
すり下ろした林檎としょうがの甘みが詰まった醤油ダレをつけて口に入れると、夢のような幸せ時間。
頬が溶け落ちてしまいそう。
「どう? おいしい?」
少し不安げにリナリーさんは僕を見つめる。
もちろん、全力でうなずいた。
「天国行けそうなくらいおいしい。幸せ」
リナリーさんはぱっと目を輝かせた。
「も、もっと焼いてあげるから」
張り切って肉を焼いてくれる姿が微笑ましい。
「ほら、イヴも食べて」
「うん、ありがと」
「いっぱい食べなきゃダメよ。魔術師は身体が資本なんだから」
リナリーさんとイヴさんの仲も、特訓の間に前より近づいたみたいでそれもうれしい出来事だった。
「いつもは学校の人と大勢でごはん食べるのあまり好きじゃ無いけど、今日は楽しい」
二人きりになったとき、イヴさんは秘密を打ち明けるみたいに言ってくれた。
「みんなよくしてくれる人ばかりだし、それに――」
本当に楽しいのが伝わってくる素敵な笑みだった。
「友達が、二人も一緒だから」
自然と、僕の表情も緩んでしまう。
「先生なら、もっと友達できますよ。素敵な人ですもん」
「そんなにたくさんはいらない。二人いれば十分」
「そうですか?」
「うん。でも、その代わりもっと仲良くなれたらうれしいと思う……」
イヴさんは不安げに僕を見上げて言った。
「ダメ?」
もちろん、答えなんて決まっていた。
「ダメじゃないです。僕は先生の助手一号ですからね。このポジションは誰にも譲りません」
「うん、次の難事件がわたしたちを待っている。お父様に内緒でこっそり捨てられてた子猫を拾って帰っちゃった事件とか」
「それは早く伝えた方がいいですね、絶対」
「でも、許してもらえないかも」
「優勝したのだからご褒美があってしかるべきって主張で押しましょう。あと、子猫はめちゃくちゃかわいいので見せたら意外と親もあっさり許してくれるパターンもあるって聞いたことがあります」
「さすが。天才。有能助手」
「いえいえ、先生ほどでは」
二人で微笑みあう。
そのとき、声をかけてきたのは意外な人物だった。
「勝ってくれてありがとう、一年生策士さん」
メリア・エヴァンゲリスタは、にっこり笑って言う。
「もう私はフォイエルバッハが負けたことがうれしくて、うれしくて……!! やっぱり悪は滅びる運命なのよね。十連覇できなくてさぞ悔しがってることでしょう。ああ、フォイエルバッハが負けてごはんがおいしいわ!」
「何やってるんですか、メリアさん」
「何って御夕食をいただいてるんだけど」
「ここ、うちの学院の祝勝会会場ですけど。貸し切りのはずなんですけど」
「優れた策士は常に人の想像を超えるものなのよ?」
「余所の祝勝会に潜り込んでタダ飯食ってるだけですよね」
「タダで食べるご飯ってすごくおいしいわよね」
「めっちゃわかります」
わかってしまった。
「じゃあ、気が合ったところで、この転校手続きの書類にサインを」
「ダメ。この人はわたしの助手」
むっとした様子で割り込んでくるイヴさんが微笑ましくて思わず笑ってしまう。
「大丈夫です。転校なんてしませんから」
「ちぇっ」
不服そうに言うメリアさん。
会場に、一人の少女が駆け込んできたのはそのときだった。
「すみません! 姉様はこちらにいませんか! こちらの焼き肉店に入っていったって目撃情報があったのですが!」
レリアさんだった。
メリアさんとそっくりな彼女は、息を切らしている。かなり急いできたらしい。
「み、見てないわね。ここじゃないんじゃないかしら」
裏声で言うメリアさん。
いや、無理あるから。無理しかないから。
「姉様! 帰りますよ!」
レリアさんはメリアさんの腕を引っ張る。
「待って。あとこのハラミだけ。このハラミだけ食べたら帰るから」
「すみません! みなさん、本当にすみません! ちゃんと食べた分のお金はお支払いしますので!」
「おいしかった。じゃあね。また会いましょう、一年生策士さん」
ごきげんよう、と手を振るメリアさんと、それを何度も頭を下げながら連行するレリアさん。
相変わらず、嵐のような人だった。
世の中には変な人もいるのだなぁ、と改めて実感していた僕の前に現れたのは、お世話になった二人の先輩だった。
「よう、楽しんでるか? アーヴィス」
「グロージャン先輩、デニス先輩」
がんばってくれた二人の先輩に僕はお礼を言う。
「ありがとうございました。先輩たちがいなかったら優勝できてなかったです」
「礼を言うのは、こっちの方だ。お前のおかげで初めて魔術が楽しいと思えたからな。お前もだろ、デニス」
「ああ。最後に試合に出られて、活躍できて……本当にうれしかった。じいちゃんばあちゃんどころか、親戚中から電話かかってきてさ。大活躍だねって言われたよ」
満足げな二人の顔がうれしい。
「次は、もっと度肝を抜く作戦やっちゃいましょう。グロージャン先輩はどんどん頼りになる選手になってますし、デニス先輩も試合を重ねるごとにトラップ作りうまくなってます。今度はさらに大規模なやつだって――」
「何言ってんだよ、アーヴィス。俺らは今日で引退だって」
その言葉に、どこかでびっくりしている自分がいた。
知っていることのはずなのに。
それでも、心が追いつかない。
祝勝会は進む。
「みんなのおかげで、最高の体験ができた。夢が叶った。本当にありがとう」
フィオナ先輩が、みんなの前でスピーチをする。
「次期キャプテンはクロエに任せるから。みんな、クロエのことを支えてあげてね」
そのクロエ先輩は、フィオナ先輩に抱きついて泣いていて。
キャプテンとか本当にできるのかなってくらいに泣いていて。
だけど、その気持ちが僕にはわかった。
そっか。これで最後なんだ。
目の中に余計な水分が溜まったのは、多分肉の煙のせいだろう。
一人、席を立ち。外に出て、心を落ち着ける。
一体どうしてしまったんだろう、僕は。
殴られても、野良犬と罵られても、欠陥品とバカにされても、泣くことだけは一度も無かったはずなのに。
どうして……どうして、こんなに……。
思いだされたのは、先輩たちからかけられた言葉。
『活躍を期待してる。お願い、力を貸して』
『あの城塞戦術をたったあんなに簡単に破っちまうなんて……!!』
『お前、ほんとにすげえやつだったんだな!』
『アーヴィスくんがいれば優勝できるかも!』
『もしうちが勝てる可能性があるとしたら、アーヴィスくんだと思うから。お願い、力を貸して』
『君はうちのエースだから。期待してるよ』
『すげえな、アーヴィス! あのエヴァンゲリスタ姉妹に勝っちまうなんて!』
『やりやがったなお前!』
『あの状態からオーウェン・キングズベリーを道連れにするとか、ファインプレー過ぎるっての!』
『アーヴィスくんも本当にありがとう。おかげで、フィオ先輩を……フィオ先輩を……う、うううう……』
それで、ようやく気づいた。
僕は頼りにされるのが、感謝されるのがうれしかったんだ。
あんな風に誰かに頼られたり、好いてくれたりするのは――
少し前まではありえないことだったから。
だから、こんなにこのチームとお別れするのが名残惜しくて。
受け入れがたく思ってしまうんだろう。
最初に僕を信じてくれた、Fクラスの連中も、大切にしなきゃと改めて思う。
……いや、ちょっと今はわけわかんないことになっちゃってるけど。
でも、おかげで少しだけ涙も引っ込んだ。
ほっとして顔を上げたとき、目の前にいたのはフィオナ先輩だった。
「あれ? 泣いてる?」
「泣いてないです」
「うれしいな。アーヴィスくんが泣いてくれるなんて」
「だから泣いてないですってば」
「じゃあ、そういうことにしとこうか」
フィオナ先輩はにっこり微笑んで、すぐ傍のベンチに腰掛ける。
「先輩も夜風を浴びに来たんですか?」
「ううん。アーヴィスくんが抜け出すのが見えたから、わたしも行こって」
「僕に何か用でも?」
「そういうわけでもないんだけどね。ただ、君と二人きりで話したかっただけ」
建物の間、区切られた夜空を見上げて、フィオナ先輩はうんと伸びをする。
「君と二人きり。みんなに内緒で話すのも、これが最後なんだろうなぁ」
「僕としては、殺されるリスクが減るので大分助かる面もありますけど」
「殺されるリスク?」
「……先輩は知らない方がいいと思います」
言って距離置かれたりしたらクロエ先輩がかわいそうだし。
あと、そんなことになったらあの人僕を殺しかねないから、マジで。
何よりも自分の身を守るため、クロエ先輩に対し悪魔以上の警戒度で細心の注意を払う僕である。
「それに、二人きりって言ったって話自体はそんなにしてないじゃないですか。大体先輩吐いてましたし」
「……それはできれば言わないでもらえると」
恥ずかしげに目をそらして言う先輩。
「でも、多分君が思ってるよりわたしは君に感謝してるんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。小さい頃から、何でも一人でできちゃう方だったからさ。誰かに頼ったりするの苦手で」
「めちゃくちゃ抱え込んでましたもんね、先輩」
「あんな風に情けない姿見せて、弱音とか聞いてもらったの君が初めてだったかも。って、二つも年下の男の子相手にそんなことになっちゃったのはわたしの不徳がいたすところなんだけど」
やっぱり恥ずかしげに言う先輩。
しっかりしなきゃって意識が強い分、弱さを見せることに抵抗があるのかな。
「先輩はもっと人を頼っていいと思いますよ」
「でも、迷惑かなって」
「そんなことないです。クロエ先輩とか、頼ってあげたらめちゃくちゃ喜ぶと思いますよ」
「そうかな? こんなかっこわるいのフィオ先輩じゃないって幻滅されそうだけど」
「絶対無いですから。尻尾全力で振って喜んでくれますから」
先輩が思ってるより、あの人先輩のこと好きなんだよマジで。
「あと、引退しても魔術は続けてくださいよ。先輩、もうやめてもいいくらいに思ってるように見えましたから」
「そう見えた?」
「はい。自分なんて大した選手じゃないって言ってましたし」
「あー、そっか。それも言ってたんだ」
「先輩は優秀な選手ですから。個人として近頃伸び悩んでいたのも、責任感ゆえのストレスが原因だったと思います。自分のことだけ考えて、もっと自由にやればまだまだ伸びしろありますよ」
僕は言う。
「フル代表にだってなれます。やりすぎて飽きるくらいウェンブリーでプレーできるようになりますから、絶対」
先輩はびっくりした顔で僕を見つめた。
それから、ふっと微笑んで言う。
「君は、いつもわたしが欲しい言葉を言ってくれるね」
「そうですか?」
「うん。本当にそう」
それから、ぽつりと零すみたいに言った。
「君が、リナリーさんと付き合ってなかったらよかったのにな」
そっか、外からは今もそういう風に見えてるんだっけ。
って、ん?
今の、一体どういうことだろう?
「どういう意味ですか、それ?」
「内緒」
先輩は立ち上がると、くるんと一回転して、まだベンチに座ったままの僕ににっこり目を細めた。
「君には、教えてあげない」






