60 黒の機関
謎の組織が突如現れたと思ったら、変人クラスメイトだった。
何を言ってるかわからないと思うが安心してほしい。
僕もわからない。
ってかここいるのFクラスの連中じゃん!
なぜか一人ウィルベルさんいるけど!
なんだ! なんなんだこれ!
「ああ、倒れた拍子にグロージャン先輩とアーヴィスくんの身体が重なって……はぁ、はぁ……」
そうか、クドリャフカさん。
君だったのか。
興奮した様子で僕を見る仮面を見上げて僕は思う。
「そんなことをしている場合ではないの、031(サーティワン)。私たちはここの人たちを避難させないと」
言ったのは夢女子のソニアさん。
うん、これFクラスみんな来てるね。
全員集合してるね。
「もう少し! もう少しだけ! 私にはこの尊さを心に焼き付ける義務が――」
「良いから仕事なさい」
Fクラスの女子たちが僕らを避難させてくれる。
「アーヴィスくんはこっちに」
ソニアさんは見事な手際でさりげなく、僕を他のみんなから連れだした。
ウェンブリーフィールド施設内の空いた部屋。
ドアに鍵を閉めてから、ソニアさんは仮面を外す。
広がった黒髪を首を振って整える。
そこに用意されていたのは彼女たちのそれとよく似た全身黒尽くめの特殊スーツだった。
一つだけ違うのは――それが他より一段と洗練された造形をしていたこと。
「アーヴィスくん、いえ000(ゼロ)様専用の戦闘用スーツよ。他のスーツに比べ、40パーセント出力が向上してる。あらゆる敵性術式を無効化する機構があるから、まずは着て。そうすれば、身体もいつも通り動かせるようになるはずだから」
「……いや、身体動かせないんだけど」
「え?」
「身体動かないから、一人で着れない……」
「…………」
ソニアさんは押し黙ってから顔を俯けて小声で言う。
「どうしよう、私リアル男子には免疫が……それに、相手はいつも妄想してるアーヴィスくんだし、え、えっと……」
なんか戸惑っているようだった。
でも、僕の方も緊急事態なんだ、申し訳ないけど。
「悪いけど、着させて。ほんと身体動かなくて」
「わ、わかったわ……」
ソニアさんはおっかなびっくり僕の上着を脱がし、スーツを着させてくれた。
「落ち着け。落ち着くのよ、ソニア。私は幾多の恐慌を乗り越えてきたルビーフォレスト銀行の一人娘。越えられる……厳しい戦いだけど、絶対に乗り越えられる……!!」
ソニアさんは何度か「あっ」と手を離して僕を床に落としてぶつけながらも、なんとかスーツを着せてくれた。
「ありがとう。ほんとだ。楽になった」
「はぁ、はぁ……いえ、どういたしまして」
「なんで肩で息してるの?」
「気にしないで。こっちの……こっちの勝手な事情だから」
上気した顔で呼吸を整えるソニアさん。
「ってか、ほんと何してるの?」
「世界の闇と戦う秘密結社ごっこだけど」
「何それすごい楽しそう」
「でしょでしょ! ほんと楽しいから。アーヴィスくんもやる?」
「やるやる。超やる。全力でやる」
なるほどなるほど。
さっきのあれはそういうことだったわけだな。
スケールがおかしいとか、普通にめちゃくちゃ強い悪魔と戦えてるとかいろいろ気になることはあるけれど、楽しそうなら細かいことは気にしないのが僕の主義だ。
いつも通り、ここも全力で乗っかっていくことにしよう。そうしよう。
「アーヴィスくんは私たち、黒の機関の長だから。コードネームは000(ゼロ)ね」
「おっけえ、任せて。完璧に演じてみせるから」
「では、行きましょうか000(ゼロ)様」
仮面をつけて言うソニアさん。
同じく仮面をつけて、僕は言った。
「行こう。世界を変革しに」
◇◇◇◇◇◇◇
side:中位悪魔、騎士長、シャクラス
シャクラスは激しい混乱の中にいた。
この連中はなぜあのお方が作った『対魔光子悪性化術式』の中で動くことができるのか。
劣等種である人間なのに、なぜ配下の悪魔たちをこうも圧倒しているのか。
(メノウェが敗北した相手か? いや、違う……!! この者たちは、常人とはまったく違う次元にいる……!!)
何より、恐るべきはその身体能力だった。
人間のものとは思えないその力と速さは、王の盾さえも越えている。
体術の型も、並の戦士とはものが違う。
既存の型にまったく囚われないそれは、まるで素人のそれに見えてしまうほどだ。
しかし、その圧倒的な強さは彼らが幾多の戦場をくぐり抜けた歴戦の戦士であることを示していた。
(一体何者だ……? 騎士の国が誇る西大陸最強の『シュテルンフィルド聖槍騎士団』か? いや、しかしそんな情報はどこにも)
戸惑うシャクラス。
さらに恐るべきは、その装備だった。
ブラスターガンブレード――
高出力の魔術光線銃と大剣が一体化したその武器は、下級悪魔であれば一撃で麻痺させ戦闘不能にする恐るべき威力を備えていた。
為す術無く、次々と制圧されていく下級悪魔たち。
そんな中にあって、シャクラスだけは黒衣の仮面たちと対等以上に渡り合っていた。
放たれたレーザーを槍で弾き返す。
『あのお方』から騎士長に任ぜられたその槍の腕は悪魔たちの中でトップクラス。
「さすがの貴方達も私の槍の前には後退せざるを得ないようですね」
対して、隊長らしい黒仮面は、すさまじい速度で身をかわしながら言う。
「そうでもないさ」
「その割には、下がってばかりのように見えますが」
「今日は、黒の機関が歴史に名を刻む日。その幕は、やはり我らが主に引いてもらわないといけないのでね」
(まだ、上がいる……!?)
シャクラスは動揺する。
そのときだった。
一人の男が悠然とフィールドに現れる。
主と呼ばれているのが彼であることはすぐにわかった。
違う――。
空気が違う。
吹き抜ける風が彼の黒い外套をはためかせる。
その立ち姿は、まるで戦場にいることなど忘れてしまいそうになるくらい落ち着き払っている。
「私は騎士長、シャクラス。貴公は?」
シャクラスは十五メートルほど先で足を止めた黒仮面の主に言った。
「私は000(ゼロ)。闇に墜ちた世界に新たな秩序をもたらすもの」
その言葉にシャクラスは絶句する。
(なぜだ……!? なぜこの者は我々が既に裏で世界を掌握していることを知っている……!?)
まさかそこまで知っているとは。
しかし、こうなった以上もう生きて帰すわけにはいかない。
(この男は、必ずここで私が仕留める……!!)
「ゼロ。存在しない者という意味ですか。なるほど、良い名だ」
シャクラスは、外套の下で気づかれないように少しずつ足を動かす。
間合いを詰める。
「では、始めようか。終わりの始まりを」
000(ゼロ)と名乗った男は一歩前へ踏み出す。
瞬間、シャクラスは勝利を確信した。
(殺した――!!)
十三メートル。
それは、シャクラスが磨き上げた秘槍の絶対必殺射程――
全身の筋肉が一気に爆発する。
二階建ての建物ほどあるシャクラスの巨体は、すべてその動きのために磨き抜かれ、最適化されていた。
『羅刹天』
振り抜かれた大槍は、音さえも置き去りにして男の仮面に炸裂する。
黒衣の仮面の足下で大地が吹き飛ぶ。
衝撃波が、フィールドに大穴を開ける。
対して、仮面の男は立っているだけだった。
ただ、立っているだけ。
『固有時間停止』
なのに、大槍は仮面に触れた瞬間、完全に止まってしまった。
シャクラスは目の前の状況を理解することができない。
(バカな……!? 『羅刹天』を仮面で受け止めるだと……!? ありえない、規格外にも程が……!!)
「世界の時間を止められるなら、一人の時間を止めることだってできる。特訓で得た副産物さ。もっとも、外からはただ私が君の槍を仮面で受け止めたように見えているだろうがね」
(こいつ、一体……!?)
言葉を失うシャクラスに、仮面の主は告げる。
「さあ、悪魔。人々を苦しめたのと同じ量の苦しみを味わってもらう」
振り抜かれたのは、他の黒仮面より三倍を越える速さの拳。
威力も優に三倍を超えるそれが、すさまじい速さでシャクラスの巨体を打ち抜く。
しかし、シャクラスの身体は動かない。
彼の時間は止まっているからだ。
黒仮面の主は、何度も拳を放つ。
何度も、何度も。
「そして、時の針は回り始める」
瞬間、響いたのは何かが爆発したかのような轟音だった。
黒鳥の悪魔の巨体は、一瞬で百七十メートル先のフィールド外周へ直撃する。
砂埃が舞ったあと、倒れ込んだシャクラスはぴくりとも動かない。
抜け落ちた黒い羽根が風に舞い、そっと地面に落ちた。
「こちらイプシロン隊、魔法陣の解除が完了しました」
「状況終了。撤退する」
一斉に会場から消える黒仮面たち。
苦しみから解放された観客たちがよろよろと身体を起こす。
「助かった……のか?」
「黒尽くめたちが助けてくれた……?」
「い、一体何なんだ今の……」
「あんな巨体の化け物を一瞬で……」
居合わせた九万の観衆は、この出来事を死ぬまで忘れることがないだろう。
放送中継を見ていた国中の人々もそうだ。
この日のことは、黒の機関が後に世界各地で引き起こす歴史的大事件。
その、最初の一つとして刻まれることになるのだが、
――世界はまだ、それを知らない。






