57 決勝戦5
「嘘……あれだけの攻撃をあんなに簡単に……」
声をふるわせるレリア・エヴァンゲリスタ。
「……私のせいだわ」
メリア・エヴァンゲリスタは拳を固く握って言った。
「姉様?」
「オーウェン・キングズベリーは過去出場した四度の全国魔術大会で一度も対戦相手の対策をしなかった。だから、対策をせず攻撃を堂々と受けて立つスタイルなんだと、そう思っていた」
メリアは顔を俯けて言う。
「ただ、単にする必要がなかっただけなのよ。対策が必要だと判断するほどの相手が今までいなかっただけ。そして、今日初めて脅威になると判断した相手の対策をした」
「もしかして、私の魔術で未踏魔術使いの一年生を倒したのは――」
「完全に対策してる動きだったわ。そして、対策することはないという情報があったからこそ、彼は完璧にそれにはまってしまった」
強く握られた拳がふるえていた。
「私が間違った情報を教えなければ、もっと勝機はあったはずなのに……」
「姉様……」
レリアは姉の肩にそっと手をやる。
「まだ試合は終わってません。最後の瞬間まで、何があるかわからないのが魔術戦ですから。今は、私たちにできる精一杯の思いを込めて応援しましょう」
「……そうね。それに、勝利の女神は完全にそっぽを向いたわけでもないみたいだから」
「え?」
「オーウェン・キングズベリーがとどめを刺しに行かない。警戒してるのよ。未踏魔術使いは、あの一撃もさほどダメージを受けずにやり過ごしてるかもしれない、と。だから近づくのは避けて、あくまで安全に間違いなく勝てる中長距離、見通しの良い場所で戦おうとしてる。一年生策士さんは、あの一撃で失神してボロボロの状態なのに」
メリアは、遺跡の壁に穴を開けてぐったりするアーヴィスを見つめて言う。
「でも、これでもう一度だけ攻撃するチャンスはあるはず。限りなく低い可能性だけど、まだ勝てる可能性は残されてるわ」
◇◇◇◇◇◇◇
とても心地よい夢を見た。
そこは、みずみずしい芝生が広がる公園で、僕はエリスとピクニックをしていた。
仰向けになって、やわらかい日差しを浴びながら眠る僕を、エリスが呼ぶ。
「兄様、起きて」
「あとちょっと。あとちょっとだけ」
「ダメ。もう起きなきゃいけない時間だよ、兄様」
大好きなエリスの声が降ってくる。
「時間? 何かあったっけ?」
「みんなが、兄様のことを待ってるから」
「みんなより僕はエリスの方が大事だけどな」
「ありがとう。でも、兄様にはわたし以外にも大切な人がいる。今はその人たちのためにがんばらないといけない時だから」
そうだ、と僕は思いだす。
エリスは何より大切で、たとえ世界中すべてを敵にしてでも幸せにしたい、しなきゃいけない存在で。
だけど、それとは別に勝たせてあげたい仲間や先輩もいて――
「アーヴィスくん。起きて、アーヴィスくん」
目を覚ます。
崩れ落ちた遺跡の瓦礫。
砂埃と青空の下、フィオナ先輩の短い髪が揺れていた。
「先輩、無事だったんですか」
「わたし、炎熱系魔術に対しては少し耐性があるんだ。ああなるのもわかってたから魔術障壁も間に合ったしね。それに、オーウェンくんはあのとき、わたしじゃなくてアーヴィスくんを見てたから」
「僕を?」
「最初から君を誘い込むつもりだったんだよ。だから、わたしに対する攻撃はいつもより少しだけ甘かった。とはいえ、わたしもかろうじて撃破は免れただけでいつもみたいに戦う体力は残ってないんだけどね」
フィオナ先輩の声は、かすれている。
「生き残ってくれててよかったです。僕だけじゃさすがにもう勝てないので」
「わたしだけじゃないよ。もう一人、なんとか撃破だけは免れた子がいる」
「もう一人?」
「意識は戻った?」
ふらふらで姿を見せたのは、イヴさんだった。
「先生、無事だったんですか」
「ギリギリで身体の表面に氷の壁を張ることができた。あの人は、わたしよりリナリーを警戒してたから」
「リナリーさんを?」
「多分、その前にすごいの撃ったからだと思う」
なるほど、と納得する。
リナリーさんのあのとんでもない一撃は、オーウェン・キングズベリーも警戒するに足るだけのものだったらしい。
「先生は戦える体力残ってます?」
「……厳しい。立ってるだけで精一杯」
イヴさんを支えて、座らせるフィオナ先輩。
「かなり苦しい状況だね……」
重たい沈黙が流れる。
フィオナ先輩は多分僕らにこれ以上無理をさせて良いのか迷っていて――
「まだやれます。勝てます」
だから、僕は言った。
「え?」
「僕はエリスの手術費を稼がないといけないんです。こんなところで立ち止まってはいられない。暫定宇宙一最強クールな僕が、あんなコピー野郎ぶっ倒すので。あいつ僕の魔術はコピーできないみたいですし」
「わたしも……、まだやれる」
言ったのはボロボロのイヴさんだった。
「こんな風にみんなで力を合わせて戦うのは初めてだから。わたしも、最後までみんなのために戦いたい。勝ちたい」
驚いた様子で目を見開くフィオナ先輩。
僕は言った。
「作戦があります」
◇◇◇◇◇◇◇
side:記憶、フィオナ・リート
「わたしが主将、ですか?」
フィオナがグランヴァリア王立の主将を任されたのは、昨年の夏の終わり頃。
三年生が引退して新チームになったときのことだった。
「フィオナちゃんしかいないかなって。今の二年生の中じゃフィオナちゃんの実力はずば抜けてるし」
「でも、わたし中心になってみんなを引っ張るようなタイプじゃないですし。どちらかというと、副主将としてサポートするくらいの方が」
「ウチもそれが一番いいと思うんだけどね。ただ、他に主将任せられそうな子が見当たらないというか。実力で言えば、グロージャンくんだけど、彼絶対にこういうの嫌がりそうだし」
「それは……」
「お願い! チームの未来はフィオナちゃんに託したよ!」
主将なんてできるタイプじゃないと思ったけど、そこまで言われたらやるしかない。
(頼まれたからにはがんばろう。先輩たちに負けないくらい良いチームにできるように)
フィオナは良い主将になるため、努力した。
図書館でリーダーシップの本を読み、チームメイトへの声かけを勉強した。
あまり得意じゃないみんなの前で話すことも、たくさん練習してできるようになった。
(このチームには、個の力が足りない。誰か、高い個人能力を持つ子を育てないと)
目をつけたのは、無口で何を考えているかわからない一年生だった。
地方からやって来た彼女は、友達作りに躓いて、学校にもうまく馴染めてないらしい。
このままでは学校もやめてしまうかもしれない。
先輩として、わたしが居場所を作ってあげなきゃ。
戦力になるならないは置いておいても、そのまま何もしないのは絶対に嫌だし。
「私なんかに構っても意味ないですよ、先輩」
いつも、ずっと一人でいて。
警戒心の強い犬みたいな目で、周囲を睨んでいる。
「わたしにとっては意味があるの。孤高って感じのクロエちゃんと仲良くなれたら、先輩としてすごくうれしいなって」
「……先輩、変わってますね」
いつも冷めているクロエちゃんだったけど、時間をかければ少しずつ心を開いてくれた。
秋大会前には、「……先輩のために、がんばるんで」って言ってくれて。
うれしくて。
ほんとにうれしくて。
がんばった甲斐あって、チームのみんなもすごくわたしのことを慕ってくれた。
このチームなら、秋大会でも勝ち進める。
そんな淡い期待は、二回戦で粉々に打ち砕かれた。
(一人も倒せないなんて……)
聖アイレスに一人も撃破できずに完敗。
歯車がおかしくなったのはそれからだ。
どんなに練習しても、練習しても結果が出ない。
練習でできてることが試合になるとできなくなる。
Aランク校としてはあってはならない試合結果が続いた。
侮蔑の言葉は、どこからともなく勝手に耳に入ってくる。
『最弱世代』
『歴史に泥を塗りやがって』
『OBとして恥ずかしい』
悪評はチームの動きをさらに固くする。
もう負けられない。
勝たないといけない。
ミスは絶対に許されない。
怯えて、緊張して、自滅して。
そんなチームの中で、フィオナは自分の気持ちを殺して気丈に振る舞った。
(わたしまで落ち込んだら、いよいよチームがダメになる。こんなときだからこそ、前向きに、明るく振る舞わないと)
だけど本当は主将のフィオナが侮蔑の言葉に誰よりも傷ついていて。
フィオナは次第にすり減っていった。
試合をするのが怖かった。
負けたらどうしよう。
何を言われるんだろう。
そう思うと、夜も眠れなくて。
試合前には、食べたものも全部吐いた。
「フィオ先輩は悪くないです! 悪いのは、先輩を支えられない私たちの方で……」
やさしい後輩は、たくさん練習して成長して、立派な副隊長になってくれたけど。
それでも、転がり落ちるチームを立て直すことはできなかった。
『まだ追いつけるよ! 戦える!』
懸命に叫んでも、
『無理だよ、この状況じゃ……』
いつもチームのみんなの足は止まっていて……
だから、フィオナはびっくりしたのだ。
『まだやれます。勝てます』
『わたしも……、まだやれる』
相手は世代最強の選手、オーウェン・キングズベリー。
わたしの方が無理なんじゃないかと思ってしまうくらいの状況なのに、二人は全然諦めてなくて。
(本当に……本当に頼りになる……)
一年生が入ってから、チームの雰囲気は本当に良くなった。
勝って、勝って、勝ち進んで――
そして、わたしは今憧れの聖地、ウェンブリーで試合をしてる。
信じられない。
夢にまで見ていた景色が。
自分を支えてくれるチームメイトが。
欲しかったすべてがここにある。
なんて……
なんて幸せなんだろう。
思わず、笑みが零れた。
いつまでも、ずっとこの試合が続けば良いのに。
だけど、そんな願いは絶対に叶わないから――
せめて最後まで最高のプレーをしよう。
そう、フィオナは思った。






