56 決勝戦4
短時間の昼寝によって、アーヴィスたちのコンディションは改善した。
アーヴィスはほとんど問題なく魔術を使えるところまで回復している。
リナリーも万全でこそ無いものの、ある程度戦えるくらいのところまでは戻っていた。
あとは、待ち構えるオーウェン・キングズベリーを倒すだけ。
オーウェンはフィールド敵陣の最後尾に立っていた。
奇襲を警戒しているのだろう、周囲五十メートルの遺跡は更地に変えられている。
空気に混じる砂の粒と、途中から唐突に失われている遺跡の残骸がそこにあったものの痕跡をたたえていた。
オーウェンは眠っているみたいに目を閉じている。
まだアーヴィスたちの動きには気づいていない様子。
もちろん、気づくのを待つなんてことは絶対にしない。
少しでも隙があるのなら、そこを徹底的に叩く。
『炸裂する十一の火花』
放たれた爆炎の魔術は、しかしオーウェンには届かなかった。
オーウェンは目を閉じたまま口を開く。
『炸裂する二十一の火花』
放たれたのは、フィオナとまったく同じ魔術。
一つだけ違うのは、その出力がフィオナのそれを優に越えていることだった。
フィオナの魔術は簡単に消し飛ばされ、すさまじい爆炎がフィオナに炸裂する。
とても人間が耐えられるものとは思えない強烈な爆発は、フィオナを一瞬で粉微塵にした。
「フィオ先輩!?」
響くクロエの声。
「何度見ても規格外すぎて頭が痛くなるわ」
観客席でメリア・エヴァンゲリスタは言う。
「放たれた魔術から一瞬で魔術式を読み取って再現する、『フォイエルバッハの皇帝』オーウェン・キングズベリーの『限りなく真実に近い嘘』」
「二年かけてやっと完成した『高貴で優美な桜の嵐』を一目でコピーされたときには、魔術をやめたくなりました」
「何より、厄介なのはただコピーするだけじゃなくて、アレンジと最適化でさらに高火力のものをぶつけてくるってこと。あれのせいで、何人が心を折られて魔術をやめたか」
メリアはため息をつく。
「とはいえ、そんなことは勿論グランヴァリアさんも知っている。その上で、勝てる手を考えてきたのでしょう」
メリアの指摘は正しかった。
グランヴァリア王立の選手は、既にオーウェンを取り囲むように五方向から走り出している。
全員で攻撃を集中して注意を惹きながら間合いを詰める。
最後はアーヴィスが得意とする近接で仕留める作戦。
しかし、思い描いていた勝利へのプランは思わぬ出来事によって、崩れ落ちる。
オーウェン・キングズベリーの瞳が真っ直ぐにアーヴィスに向けられたのだ。
『高貴で優美な桜の大嵐』
それは、準決勝でアーヴィスを苦しめた広範囲攻撃。
しかも、その出力はレリア・エヴァンゲリスタのそれを越えている。
無数の空気の刃がすさまじい速度でアーヴィスを襲う。
不可避の一撃はそれでもなお、アーヴィスを仕留めるには速さが足りない。
『時を加速させる魔術』
三倍速。
初撃をかわし、オーウェンに迫るアーヴィス。
通常ではありえない異常な速さによる、かわせないはずの攻撃の回避。
しかし、その動きをオーウェンは完璧に読んでいた。
『高貴で優美な桜の大嵐』
今度は三方向から取り囲むように放たれた桜吹雪のような空気の刃。
アーヴィスは自分が死地に誘導されたことを悟る。
(最初からこれが狙い――!!)
時間を加速させるだけでとてもかわしきれないそれをかわすため、アーヴィスは切り札を切ることを余儀なくされた。
『七秒を刹那に変える魔術』
七秒間の時間停止。
刹那の間にアーヴィスは絶対不可避の桜の刃をかわし、オーウェンへ走る。
しかし、使わされた七秒は間合いを詰めきるまでは届かない。
瞬間移動したアーヴィスに眉一つ動かすことなく、右手を向けるオーウェン。
そして、これこそがオーウェンが最初から思い描いていたアーヴィスにとって致命的な状況だった。
『高貴で優美な桜の超大嵐』
「なっ――!?」
連続で時を止められないアーヴィスはその一撃をかわしきれない。
桜の大嵐は暴力的な力で、遺跡を跡形もなく蹂躙しながら、アーヴィスをはるか後方へ吹き飛ばす。
「アーヴィスくん!?」
それは、クロエにとって想像さえしてない事態だった。
今まで、どんなときも常に自分たちを勝利に導いてきた一年生軍師が、その作戦を完璧に看破された上、一方的に倒されてしまうなんて。
しかし、クロエの判断は早かった。
フィオ先輩も、アーヴィスくんも何一つできなくやられた。
今までの敵とは次元が違う相手。
だけど、まだ試合は終わっていない。
つまり、大将のアーヴィスくんはあのすさまじい一撃からなんとか撃破だけはされずに生き残っている。
だったら、ここでオーウェン・キングズベリーを倒せば試合はグランヴァリア王立の勝ち。
これはフィオ先輩とアーヴィスくんが作ってくれた、もう二度と無いであろう最大の勝機だ……!!
四人の動きに迷いは無かった。
自分たちが決めるしかないことを、他の三人も既に察している。
「レオンくん!」
「わかりました」
その一言で、レオンはクロエの意図を完璧に理解する。
『風の前の塵に同じ』
『水弾の機関銃』
放たれたのは息を合わせた攻撃魔術。
対して、オーウェン・キングズベリーは二人に視線を向けることさえしなかった。
『風の前の霞に同じ』
『水弾の機関砲』
吹き飛ばされ、遺跡に風穴を開けて戦場から消えるレオンと、水の大砲に地面を転がりながらもなんとか撃破だけは免れたクロエ。
しかし、それはあくまで本命の二人を活かすための囮。
リナリー・アイオライトとイヴ・ヴァレンシュタイン。
チームの命運を、大会屈指の個人能力を持つ二人に託した。
『迸る閃光と雷鳴』
『氷槍の雨』
二人の魔術がオーウェンに炸裂する。
この距離、この速度なら迎撃できない。
――そんな期待はあっけなく打ち砕かれた。
『迸る閃光と轟雷』
『氷槍の豪雨』
閃光がすべてを塗りつぶす。
そして降り注ぐ無数の氷の槍。
すさまじい電撃は、リナリーを一瞬で戦闘不能にして戦場から消し飛ばす。
放たれた無数の氷の槍に、イヴは為す術無く吹き飛ばされて遺跡の残骸に着弾した。
「う、うそ……」
クロエは目の前の状況が受け入れられなかった。
圧倒的に有利な状況だったはずなのに。
四人で取り囲んで、完璧に連携して攻撃して。
なのに、何一つできないなんて。
身体は凍りついて動かない。
勝てない。
何よりも本能がそう察している。
それでも、ボロボロの身体でクロエは立ち上がった。
倒せさえすれば。
倒せさえすれば勝てるんだ。
最弱世代の無能な主将とバカにされ続けたフィオ先輩を、優勝チームの主将として引退させてあげられるんだ。
そのためなら、これくらい全然なんともない。
『水の弾丸』
ふらふらの身体でよろめきながら魔術を放ったクロエは、
『水の大砲』
激流の大砲に吹き飛ばされて戦場から消えた。






