55 決勝戦3
side:フォイエルバッハ魔術学園副隊長、モニカ・スタインバーグ
(ありえない。なんだ今の、でたらめすぎる……!!)
モニカは目の前の状況が信じられない。
化物揃いのフォイエルバッハの中。
地獄のような競争に勝ち抜き、世代屈指の選手として副隊長を務めるモニカでさえも、その魔術は容易に受け入れることができないほど、異常なものだった。
(あんなの、第七位階級でもずっと上の方。六賢人がようやくたどり着けるような域の魔術じゃ……)
そんなとんでもない一撃を、一年が放つなんて。
(うちの選手が、たった一撃で三人も……)
想定外も想定外。
モニカの頭は真っ白になる。
(落ち着け。あれだけの魔術を放てば、体力の消耗もすさまじいはず。連射できるとはとても思えない。つまり、私たちが優位な状況はまったく変わらない)
動揺を隠しきれず足を止めるチームメイトにモニカは指示を出す。
「落ち着きましょう! 予想外の一撃でしたが、問題ありません。六人撃破して敵大将は目前。後はとどめを刺すだけです!」
その言葉で、フォイエルバッハの選手たちは落ち着きを取り戻す。
逃げるアーヴィスを追って、敵陣最深部へ向かう選手たち。
最前線を走るモニカは、先の異常な一撃の跡、えぐりとられた大地を跳び越える。
そのとき、視界の端に映ったのは、一つの光景だった。
(氷……!?)
大地の層の下に巨大な氷の一部が覗いている。
(一体どうして地面の下に氷が……まさか!?)
モニカの明晰な頭脳が、彼らの狙いを看破するまでに時間はかからなかった。
「全速力で敵陣へ跳び込んでください!」
フィールドの地下で、イヴ・ヴァレンシュタインが言ったのは、そのときだった。
『――デルタプラン、開始』
瞬間、起きたのは大地の崩落だった。
地盤を支えていた氷の層が砕け散ったのだ。
その下にあったのは別働隊がフィールドの地下に作った巨大な空洞。
イヴ・ヴァレンシュタインが、その絶大な魔術制御力で、巨大な氷の掘削機構を作って掘り進んで間に合わせた巨大な穴。
直径百メートル近いそれは、古代遺跡を模したフィールドのすべてを地の底へたたき落とす。
破砕した大地の層に飲み込まれたフォイエルバッハの選手たちは無力だった。
想像さえしてない事態。
砕けた土の粒は彼らの目を襲う。
支えてくれる地盤を失った身体は、どちらが上でどちらが下かもわからないまま、重力に引かれて落下する。
岩盤に叩きつけられて、フィールドから消える。
(やった……!! 成功した……!!)
それは、グランヴァリア王立の選手全員の思いだった。
(これで、一気にフォイエルバッハを追い詰めることができる!)
しかし、一人だけグランヴァリア王立の選手たちの想像を超えた選手がいた。
『砂竜巻』
フォイエルバッハ魔術学園副隊長、モニカ・スタインバーグ。
土属性と風属性の複合魔術。
生まれた浮力を使って、モニカは飛翔する。
崩れ落ちなかった大地の先端に着地した彼女は、そのまま地面を蹴ってアーヴィスに迫る。
「まずい! アーヴィスを守れ!」
割り込む別働隊の先輩たち。
三人のAランク校代表選手を前にして、モニカが要した時間は僅か三秒だった。
『砂の刃』
砂塵の刃が、グランヴァリアの三選手を一瞬で切り刻む。
冷たい紫の瞳が、次に捉えたのはアーヴィスの背中だった。
『砂の大鎌』
前のめりに倒れ込むようにして、なんとか攻撃をかわすアーヴィス。
後ろ髪がひとふさ、切断されて風に舞う。
捕まえた。
もう逃げられない。
しかし、モニカが最後の一撃を放つその寸前で、勝負は既に決着していた。
『炸裂する十一の火花』
『氷槍の雨』
「すみません、隊長」
瞬間、モニカの身体は爆炎と降り注ぐ氷の槍に埋め尽くされて、戦場から消えた。
◇◇◇◇◇◇◇
side:観客席、エヴァンゲリスタ姉妹
「やった! 見事やってくれたわ、グランヴァリアさん!」
メリア・エヴァンゲリスタは立ち上がって拳を握る。
観客席の一角、大柄な双子の執事が日傘をさしだすその下で、二人は試合を観戦していた。
立ち上がったメリアの動きに、執事は慌てて左手の日傘を上に上げる。
「姉様、いくらなんでもはしゃぎすぎです。私たちは、伝統ある聖アイレスの頂点に立つ者として、模範になる行動を取らないと」
「だってこれが立ち上がらずにいられる!? 三年間磨きに磨き上げた私のフォイエルバッハ対策が最高の結果を出したのよ! 個人技頼みの品の無いチームを、私の知性と品格が遂に上回った! 見たか、えらぶってるおたんこなすフォイエルバッハめ!」
「少なくとも、今の姉様の姿は知性と品格からはかけ離れたところにあると思います」
レリア・エヴァンゲリスタはため息をつく。
「しかし、これで数の上では六対一。それも、グランヴァリア王立の中で高い実力を持つ選手たちが残ってます。これなら、十分に勝つ可能性も――」
「本気で言ってる?」
別人のように冷ややかな声だった。
それは、誰よりもフォイエルバッハの大将、オーウェン・キングズベリーを知っているがゆえに出た言葉。
「すみません、姉様。私も舞い上がってしまってたみたいです」
「いいのよ。可能性があるのはその通りだから。でも、ここからが本当の勝負になる。グランヴァリア王立の六人が、オーウェン・キングズベリー相手にどこまでやれるのか」
メリア・エヴァンゲリスタは言う。
「手段を選んで勝てる相手じゃないわよ、一年生策士さん」
◇◇◇◇◇◇◇
「全員で取り囲んで間合いを詰め、一斉砲火します。手段は選びません。選んで勝てる相手じゃ絶対にないので」
僕は、生き残った六人に作戦を伝えていた。
別働隊の先輩たちがやられてしまったため、土魔術で工作を仕掛けることはできなくなった。
ここからは純粋に魔術での勝負になる。
幸い、生き残っているのはグランヴァリア王立では最高に近いメンバーだった。
フィオナ先輩、クロエ先輩、リナリーさん、イヴさん。それから――レオン。
「よくあれで生き残ったね、レオン」
「自分でもびっくりしてる。ツキがあったって感じかな」
レオンは微笑む。
単純な実力以上に状況判断が良くて、優秀なんだよなこのイケメン。
「わたしもそれが最善だと思う。手段を選んで勝てる相手じゃ無いっていうのはその通りだから」
フィオナ先輩がうなずいてくれる。
「それから、もう一つ。伝えておきたいのはリナリーさんと僕が、かなり消耗しているという事実です。現状このまま戦えば、僕らが普段通りの力を出すのはまず不可能でしょう」
「そんなこと、ないけど……」
「無理しなくていいから」
リナリーさんは、誰の目にもわかるくらいにふらふらだった。
あれだけとんでもない魔術を放ったのだ。
体力をすべて持って行かれるのも仕方ない。
「他のみなさんも、疲労はかなりのものがあると思います。短いとは言え、あれだけの激戦。しかも、フォイエルバッハを相手にしてる。精神的にかかった負荷も相当大きかったはずです。まずは、この疲労を減らすことから始めましょう」
「疲労を減らす? どうやって?」
首をかしげるクロエ先輩。
「寝ます」
「え?」
「魔術で失われた体力を最も効率よく取り戻すには、昼寝が効果的という研究結果があります。二十分以内の短い昼寝。まずはそれで、少しでもコンディションを整えましょう」
「昼寝って! 試合中なのよ! 第一、寝ている間に攻撃されたら――」
「――いや、それはないよ。オーウェンくんはそんなことはしない」
言ったのはフィオナ先輩だった。
「そこまで、見越しての作戦ってことだよね」
「そうですね。メリアさんにもらった資料を見るに、オーウェン・キングズベリーは対戦相手が一番力を出せる形で挑んでくるのを望んでいる節があります。正々堂々、相手が持つ最高の力を出させた上で叩きつぶす。それが向こうのやり方ですから」
僕は言う。
「こちらも、それに乗って最高のパフォーマンスで挑ませてもらいましょう」
「だからって、試合中に寝るなんて無茶苦茶な。国中の人が見てるのに――」
「みんな、寝よう」
「フィオ先輩!?」
跳び上がるクロエ先輩だったが、しかしフィオナ先輩には逆らえない。
「うう……わかりました」
僕らは風通しの良い日陰で二十分の休息を取る。
◇◇◇◇◇◇◇
「まあ! 試合中昼寝してるわよ、グランヴァリアさん面白い!」
メリア・エヴァンゲリスタは手を打ち鳴らして言った。
「でも、試合中なんですよ? さすがに、昼寝というのは」
「そうやって、常識に囚われていたら実現できないことも世の中にはあるの」
メリアは突然の昼寝に騒然となる観客席を満足げに見つめてから、微笑む。
「カバレル、クッションをくれる? 私も少し眠るわ。グランヴァリアさんが動き出したら教えて」
「姉様!?」
「承知しました」
執事が差しだしたクッションを背中に挟んで、メリアは睡眠の態勢に入る。
「まったく。姉様は自由なんですから」
一人取り残されたレリアは唇をとがらせる。
お喋りな姉がいなくなると、レリアは途端にすることがなくなってしまった。
どうやってこの時間を過ごそう。
困ってしまったレリアに執事は言う。
「レリア様も眠られますか?」
「寝ませんっ」
ちょっといいな、と思ってしまったものの、それでもぷいとそっぽを向いたレリアだった。






