54 決勝戦2
side:フォイエルバッハ魔術学園副隊長、モニカ・スタインバーグ
圧倒的火力で一気に押しつぶす。
モニカの判断に迷いは無かった。
それが常勝無敗のフォイエルバッハが最も得意とする戦い方だから。
(持って三分というところか)
為す術無く後退したグランヴァリア王立の選手を見てモニカは思う。
既に彼らは秩序を失っている。
圧倒的な力の差を前に、自分を見失い普段通り戦うことさえできなくなる。
それはフォイエルバッハの選手たちには見慣れた光景だった。
いつもはできることさえできなくなる。
決着がつくより先に心が折れる。
自分がいかに弱い存在か思い知る。
勝とうとすることさえ考えられなくなる。
それが、絶対王者フォイエルバッハの他とは次元が違う個の力。
崩壊したチームは、本来持つ力さえ発揮できないまま転落するように敗北へと向かうだろう。
そう思っていたモニカの目の前に広がったのは意外な光景だった。
(大将の周りに選手たちが集まっている……?)
グランヴァリア王立の選手たちが、フィールド最後尾の遺跡の影に集まっている。
大将を守ろうということだろうか。
愚かな選択だ
どんなに力を合わせても勝てる相手ではないというのに。
「蹂躙します。攻撃」
一斉に攻撃を放つフォイエルバッハの選手たち。
瞬間起きたのは予想外のできごとだった。
(速い……!?)
降り注いだのは、異常な量と速さの魔術砲火。
咄嗟にモニカは身をかわす。
直後響いたのは、衝撃と轟音。
消し飛ぶ遺跡の壁。
粉塵と黒煙が巻き上がり、人の頭ほどある破片が、弾け飛んで後方の遺跡に着弾する。
(嘘……なんて威力……)
モニカは息を呑んだ。
その壊れ具合から冷静に、攻撃の威力を推測する。
(単純な威力では私たちを越えている。おそらく、異常に速くなった弾速の影響。放たれた魔術のエネルギーは速度の二乗分威力を増す。つまり、今の向こうの魔術の威力は四倍。手数も倍に増えたとなると、……八倍!?)
「後退! 一度後退して距離を取ります!」
指示を出すモニカ。
(一体、何が……)
まるで、早送りの映像のように異常な速さで放たれる魔術。
モニカは一つの推測にたどり着く。
(時間を使う魔術……仲間の固有時間を加速させた……?)
◇◇◇◇◇◇◇
side:グランヴァリア王立魔術学院副隊長、クロエ・パステラレイン
アーヴィスの魔術を、クロエは驚きを持って受け止めた。
周囲の動きがゆっくりと見える。
こんな世界があるなんて。
加速した世界で、クロエたちは二倍の速さで行動しているようだった。
放つ手数も二倍になれば、その弾速も二倍。
勢いを増した魔術砲火は、フォイエルバッハをも圧倒する威力。
「いける……!! これなら……!!」
拳を握るクロエ。
「まだだよ。まだ足りない」
隣で、フィオ先輩は低い声で言った。
「え?」
「このくらいじゃ、フォイエルバッハには勝てない」
◇◇◇◇◇◇◇
side:フォイエルバッハ魔術学園副隊長、モニカ・スタインバーグ
時間を加速させたアーヴィスに対し、フォイエルバッハの選手たちが使ったのは魔術障壁だった。
圧倒的に優れた個の力を持つ彼らが、連携して起動させた魔術障壁は、グランヴァリア王立の魔術砲火を半減させる。
(狙うは、フィオナ・リートとリナリー・アイオライト、イヴ・ヴァレンシュタイン。この三人さえ集中攻撃して潰せば、いかに高威力とはいえ、うちなら耐えられる)
そして、グランヴァリア王立の攻撃を凌ぐのは、彼らにとって想定以上に難しいことでは無かった。
そこには、警戒しなければならない三人の一人、イヴ・ヴァレンシュタインがいなかったからだ。
(伏兵。どこに伏せている……?)
おそらく、背後に回り込み、挟み撃ちにしようという策だろう。
しかし、絶大な個の力を誇るフォイエルバッハにとって、挟撃はさほど脅威では無い。
グランヴァリア王立では別格のイヴ・ヴァレンシュタインの力も、フォイエルバッハにとっては十五人いる内の一選手程度に過ぎない。
(正攻法でまともに戦える魔術師が四人しかいない以上、いかなる策を用いたところで劣勢は覆せない)
大きすぎる地力の差が両者を隔てていた。
(それに、体力を消耗せずに使える魔術なんて無い。広い範囲に効果を及ぼす魔術なら尚更。時間を加速させる魔術も、いつまでも使えるわけじゃないですよね、一年生エースくん)
見つめるモニカの目の前でグランヴァリア王立の動きが、元の速さに戻った。
◇◇◇◇◇◇◇
まだ完全に使いこなせているとは言い難い魔術の長時間利用。
大きすぎる負担は、着実にアーヴィスを消耗させていた。
遂に集中力が途切れる。
魔術が維持できなくなる。
元の速度に戻った世界で、アーヴィスは膝を突き、肩で息をする。
「デニス先輩、デルタプラン使えますか?」
『まだだ! まだ準備が――』
当然の答えだと思う。
まだ予定していた時間の半分も稼げていない。
「不完全でもいいので、現状できてるものだけでも実行する準備を急いでください。本隊がもう持ちません」
『だが、そう言われてもどうしても時間が』
『――できる』
言ったのは、イヴだった。
『要領はわかった。わたしなら、八十秒時間をくれればできる』
『無謀だ! そんな短時間でこの規模の魔術制御なんて』
『できる。やらせてほしい』
淡々とした言葉の中には覚悟があった。
必ず、やってみせる、と。
それはきっとこのチームを勝たせたいという気持ちから出た言葉で――
「わかった。なんとしてでも八十秒稼ぐ」
アーヴィスは覚悟を決める。
もう退くことはできない
仲間の固有時間を加速させることもできない。
それでも、みんなで八十秒ここで耐えきる……!!
「ここが勝負所です! 耐え抜けさえできれば絶対勝てる! 勝てるんです!」
嵐のような魔術砲火。
轟音が鼓膜を裂く。
大地が揺れ、視界が揺れる。
絶望的な力の差を思い知らされる。
恐怖と絶望は、逃げだしてしまっても仕方ないほど大きく、
それでも、グランヴァリア王立の選手たちは逃げなかった。
「なんとしても死守だ! 死守するぞ!」
「一年に支えられてばっかじゃいられねえだろ!」
「俺たちだってできることがあるのを見せようぜ!」
そこにあったのは、チームのためなら自分の身を投げ出すこともいとわない勇敢な選手たちの姿だった。
しかし、歴然とした力の差は変えられない。
(グロージャン先輩――!?)
すぐ隣でグロージャン先輩が吹き飛ぶ。
感慨を抱く余裕もなかった
暴風にさらされた一枚の木の葉のように、ただ吹き飛ばされないよう耐えていることしかできない。
一人、また一人と脱落していくチームメイトたち。
誰の目にも明らかな絶望的な戦況。
そして、決定的な一撃が遂にアーヴィスを捉えた。
(しまっ――!?)
盾にしていた遺跡の壁が跡形もなく消し飛んでいる。
ようやく掴んだ決定的なチャンスを見逃すフォイエルバッハではない。
三人の選手による、致命的な一撃が、アーヴィスに向けて放たれた。
◇◇◇◇◇◇◇
side:リナリー・エリザベート・アイオライト
フォイエルバッハの強さは、リナリーが想像していた以上のものだった。
その出場選手全員が、自分と同等以上の実力者。
誰にも負けない武器だと思っていた攻撃時の決定力も、フォイエルバッハを前にすれば長所とは言えなくなるくらいに霞んでしまう。
一方的に押し込まれて。
何もできなくて。
自分がいかに無力な存在か思い知らされる。
特別になりたいのに。
ならなくちゃいけないのに。
しかし、現実は非情だ。
天才と呼ばれる人なんて、世界中にありあまるほどいて。
本当に特別になれるのはほんの一握り。
自分は強い。
絶対に特別な存在になれる。
そんな根拠のない自信を持っていた頃が懐かしい。
私は自分が期待していたより弱くて。
ちっぽけで。
取るに足らない存在で。
そう思うと、心がくじけそうになる。
やっぱり特別になんてなれないんじゃないかって。
(――――――違う)
リナリーはわき上がる感傷を否定する。
これは前進だ。
私は自分の弱さを知った。
自分が、特別じゃ無いことを思い知った。
だから、もっとがんばれる。
もっと強くなれる。
今の自分を否定できる。
変わるために今まで変えられなかったことも変えられる。
今の自分を肯定できる。
弱さを知って強くなろうとしている私は、今までの私よりさらに強くなっているはずだから――
恐れるな。
挑戦しろ。
前を向け。
一つだけ確信を持って言えることがある。
私は、誰よりもこれからの私に期待している。
――それは、リナリーが放ったどの魔術とも違っていた。
『電磁加速砲』をまったく違う術式で作り替えたそれは、起動するかさえわからない。
いつも緻密に計算して術式を組み上げてきた彼女が、初めて作る本能と衝動そのままを叩きつける新しい魔術。
その未知の強烈な術式反動は、今までのリナリーなら間違いなく足を止めていただろう。
おかしい。
反動が強すぎる。
もしかしたら、自壊して自分とこの周囲一帯を粉々にしてしまうかもしれない。
だけど、リナリーは止まらなかった。
もっと前へ。
もっと前へ、とより反動が強くなるように魔術を組み上げる。
『リナリーが魔術師? あはは、なれるわけないじゃない』
『なりたいからと言ってなれるようなものではないのです。魔術師になるのは諦めなさい』
『くだらない。お前はアイオライト王国の第二王女として、私の言うことだけ聞いていれば良いんだ』
誰も私が特別になれるなんて思ってない。
なのに、私が私の可能性を信じてあげなかったら、
私がかわいそうすぎるじゃないか。
――行け。
『電磁反物質粒子砲』
強烈な光が視界を埋め尽くす。
光速まで加速させて放たれた陽電子は対消滅による莫大なエネルギーを持って、目の前の世界を蹂躙する。
触れただけで自壊し消し飛ぶフォイエルバッハの魔術砲火。
鼓膜を裂く強烈な衝撃波。
消し飛ぶ大地。
視界を覆う濃霧のような砂塵のあと、残されていたのはえぐりとられたフィールドの空白。
誰もが言葉を失った。
時間が静止する。
目の前の出来事をすぐに受け入れることができない。
「………………え?」
呆然と立ち尽くすリナリー。
「な、なんだ今の……」
「なんで、なんで、フォイエルバッハの選手が撃破されてるんだ……?」
「まさか、直接当たってないのに衝撃波だけで……!!」
どよめきは静まらない。
まだリナリーは気づいていない。
しかし、後から振り返ればこのときだったと答えるだろう。
それは、特別な存在になりたかったリナリー・アイオライトを“特別”にした一撃だった。






