53 決勝戦1
「敵は正面から、おそらく長距離での魔術戦を仕掛けてくると思います。まずは乗ってあげましょう。下がっても構わないので、撃破だけされないように。自分の命、最優先でお願いします」
フィールド自陣寄り、引いた位置で敵の攻撃に向け準備を整える。
フォイエルバッハで二番目の実力者である副隊長が、おそらく中心になって攻撃を仕掛けてくるだろう。
中央やや左に置かれると予想される副隊長を警戒し、リナリーさんとフィオナ先輩を最も対応しやすい位置に置く。
脚に怪我を抱えるフィオナ先輩には、あまり無理な動きはさせたくないので引き気味に。
配置に向かう前、フィオナ先輩は僕の肩を叩いて言った。
「チームの命運は君に預けたよ」
怪我を抱えたフィオナ先輩ではなく、今日の大将は僕が務めることになっていた。
グランヴァリア王立の大将を示す赤字に金刺繍のコート。
まさか、Eランク校の劣等生だった僕がこれを着る日が来るとは。
仕立ての良い服には、みんなの思いが乗っている。
絶対に、このチームを勝たせる。
決意を胸に、僕は通信魔術を送る。
「デルタ小隊は作戦通りデルタプランの準備をお願いします」
『了解した』
『任せてくれ』
イヴさんとデニス先輩の声。
二人を含む四人には、別働隊として違う指示を与えていた。
メリア・エヴァンゲリスタのくれたノートを頼りに作った作戦は反面、一つの大きな欠陥も抱えている。
それは、最強を誇るフォイエルバッハの攻撃陣を、残りの十一人で迎え撃たないといけないこと。
オーウェン・キングズベリーは動かない可能性が高いとはいえ、それでもその攻撃陣は聖アイレスよりさらに上。
戦力分析三位の強豪ブラッドフォードを簡単に蹂躙して見せた選手たちだ。
十一人の僕らがどこまで耐えられるか……。
目の前に広がる、古代遺跡を模したフィールドの先、いるであろう最強の敵を僕は見つめた。
◇◇◇◇◇◇◇
side:フォイエルバッハ魔術学園副隊長、モニカ・スタインバーグ
(まったく、決勝まで動かれないなんて。隊長はお優しいんですから)
モニカはフィールド後方で戦況を見つめる隊長に視線をやる。
オーウェン・キングズベリーの今大会個人成績は、フォイエルバッハの大将を務める選手としては異常なものだった。
撃破数0。
弱小校の一選手とまったく変わらないその成績は、ひとえにチームメイトの大会成績を少しでも良くしようというオーウェンの気遣いだった。
事実、オーウェンはこの大会一度も魔術を放っていない。
自分が魔術を放てば、それだけチームメイトの撃破数は減ってしまうから。
そして、そんな状況にも関わらずオーウェンの力を疑う声がまったく出ないのが、彼の圧倒的能力を表していた。
今まで経験した四度の全国大会。
そのすべてで、圧倒的な数字で最多撃破記録を更新し続けてきた実績が、否定的意見を口にする気にもならないようにしている。
誰もが、最強であることを疑わない絶対的存在、『フォイエルバッハの皇帝』オーウェン・キングズベリー。
その強さゆえ周囲から冷たく見られがちな彼が、実はやさしくチームメイト思いであることをモニカは知っていた。
(隊長。必ず期待に応えて見せます。フォイエルバッハらしく、圧倒的力で蹂躙しますから)
彼女たちは自分が特別な存在であることを知っている。
千の策略を簡単にはね除ける別格の個人能力。
事実、フォイエルバッハのスターティングメンバーは全員、世代別代表に選ばれている選手だった。
とはいえ、グランヴァリア王立にも一人だけ警戒しておくべき選手がいる。
「孤立しないよう、あまり前に出すぎないよう注意してください。常にまとまって行動しましょう。聖アイレス戦同様、向こうの狙いはエースアーヴィスの個人技を活かしての各個撃破です。それだけは注意しておく必要がある」
モニカは、チームメイトに指示を出す。
名門フォイエルバッハで副隊長を務める彼女は、グランヴァリア王立に対しても万全の準備を整えていた。
彼らのここまでの試合映像はすべて五回ずつ見ている。
選手の情報と弱点は事前に資料にまとめ、チームメイトに共有してある。
リナリー・アイオライトは三回以上連続で魔術を行使した際、右側に死角ができる。
イヴ・ヴァレンシュタインは、巨大な氷を放った後、次の行動に移るのが少しだけ遅れる。
フィオナ・リートは水魔術で手袋を濡らせば、炎熱系魔術の出力が七十パーセント低下する。
加えて、右脚に不安を抱えていることもモニカは些細な仕草から見抜いていた。
(だからこそ、大将を譲ったか)
しかし、問題は残る一人だった。
グランヴァリア王立をここまで導いた怪物一年生アーヴィス。
フォイエルバッハの選手でも簡単には破れない聖アイレスのダブルチームを簡単に突破し、一人で九人の選手を撃破して見せた大会の歴史に残る新星。
(遠距離攻撃を持たないことが弱点。それはわかる。問題は、それ以上のことがまったく見えてこないこと)
モニカにとって、アーヴィスの使う魔術は自分の知る常識では理解が及ばない域だった。
既存の魔術とはまったく違う新しい魔術。
それを、あの年齢であそこまで使いこなすなんて。
(最大級の警戒態勢で臨む必要がある)
接近戦は絶対にダメだ。
しかし、十分に数的有利を作り中距離で戦えば、まず間違いなく負けることは無い。
三倍速で動いたところで、当てられる選手たちがうちには揃っている。
(まずは長距離戦。あわよくば、最短で決着をつけます。向こうが策を弄する準備が整う前に)
アムステルリッツ戦のような奇襲を防ぐためには短期決戦が最も有効だとモニカは考えていた。
アムステルリッツ戦で別働隊が作戦を実行するまでに要した時間は、試合開始から三十七分と十九秒。
だったら、それまでに決着をつけてしまえば良い。
「副隊長、全部隊所定の位置に着きました」
モニカはフィールドの先、遺跡に隠れるように布陣したグランヴァリア王立の選手たちを見据えて言う。
「――攻撃開始」
◇◇◇◇◇◇◇
何が起きたのか、最初まったくわからなかった。
気づいたときには、土魔術で強化した遺跡の壁は跡形もなく消し飛んでいる。
巻き上がる粉塵と黒煙、小さな破片が弾丸のように僕の頬を裂く。
僕の身体より大きな石片が、地面をすさまじい速さで転がって、後方の遺跡に当たって砕けた。
上空に吹き飛ばされた礫の粒が、黒い豪雨のように降ってきて大地を叩く。
それはあまりにも、
あまりにも次元が違う威力の魔術砲火――
その一撃だけで、力の差を思い知った。
グランヴァリア王立に入って、たくさんの強敵と戦ってきた。
Sクラス、アムステルリッツ、聖アイレス――
しかし、今まで戦ってきた彼らが赤子に見えるほどに、
フォイエルバッハは格が違う。
「撤退! 下がって戦線を立て直します!」
視界を揺らす轟音と衝撃。
もはや、攻撃を撃ち返すことさえできない。
視界は黒煙と粉塵で埋め尽くされて何も見えない。
下がろうとする僕らを襲ったのは、砂の大津波だった。
「危ないッ!!」
『時を加速させる魔術』
時間を加速させ、なんとか周囲のチームメイトを庇う。
「ありがとう、アーヴィス」
「今はとにかく、安全なところまで退きましょう」
為す術無く、自陣後方まで撤退する。
再び迎撃準備を整えようとする僕に届いたのは、できれば聞きたくなかった通信だった。
「フォイエルバッハが! フォイエルバッハが向かってきます! 一気に試合を終わらせに来ました!」
それは、四通り考えられた選択肢の中で、最も選ばれたくなかったもの。
僕は息を吐く。
いよいよ、これは土俵際。
さすがフォイエルバッハ……そう簡単にはいかないか。
「まずい! このままでは押しつぶされる!」
「逃げましょう! 撃ち合ってどうにかなる相手じゃありません!」
「逃げるってどこにだよ! もうフィールドの端まで後退してるんだぞ!」
「それに、ここから離れたらデルタプランが――」
パニックになるチームメイトたちに、僕は意識して落ち着いた声で言った。
「大丈夫です。まだ奥の手があります」
「奥の手?」
「僕の近くに集まってください。撃ち合いで、敵を押し返します」