52 試合前
決勝の日、会場に向かう道でエメリさんに会った。
「期待通りここまで来てくれたね。感謝するよ」
エメリさんはにっこり目を細めて言う。
「おかげで、誰に悟られることもなく六賢人に接触できる」
「そう言えば、それが目的でしたよね。大会で勝ち進むことに夢中になってて忘れてました」
くすりと笑うエメリさん。
「君ならそうなると思ってたよ。フィオナ・リートの置かれてる状況なんて知ったら、絶対勝とうとせずにはいられないだろうって」
「そこまでお見通し、と」
「うん。君は優しいからね」
見事に手のひらの上で転がされた形みたいだった。
まったく。この人には敵わない。
「私は、おそらく六賢人の中に『あのお方』と呼ばれる悪魔の王がいると考えている」
エメリさんは言う。
「今日中に誰が王なのか当たりをつけたいから、試合を見てる余裕はないんだよね。残念だけど。でも、君なら勝ってくれると信じてるよ」
「はい、そのつもりです」
「あれ? 珍しくやる気だね」
「そうですか?」
「うん。いつもは、もっと冷めた感じなのに。札束ではたけばすぐ飛びつくけど」
あんまりな言いぐさだと断固抗議したい。
僕はもっと知的でクールでかっこいいキャラのはずなのに。
「がんばってるみんなのためにも勝ちたいなって。それに」
僕は少し間を置いてから言った。
「勝てばエリスの目を治せるんです。だったら、絶対に勝たないといけないじゃないですか」
「良いね。すごく良い」
エメリさんは口角を上げて言う。
「期待してるよ」
会場は、王都の少しはずれ、第十三地区にある。
最寄り駅で集合して、みんなで並んで歩いて向かう。
建物の間から見えた、銀色の荘厳とした外周の壁に思わず息を呑んだ。
巨大なコロッセオのように円形のそれは、アイオライト王国における魔術の聖地、ウェンブリーフィールド。
フィオナ先輩が選手生命を賭けてでも、絶対に立ちたかった場所。
「先輩をここまで来させてくれてありがとう」
試合前の練習で、クロエ先輩は泣きそうな顔で言った。
「まだ試合前ですよ」
「しょうがないじゃない! だって、先輩と戦えるのはこれが最後だから……」
クロエ先輩は、涙を手の甲でぬぐって言う。
「最後だから、悔いを残さないよう最高のプレーをする。だからお願い。勝たせて、アーヴィスくん」
「わかってます、先輩」
これがこのチームで戦う最後の試合なのだ。
絶対に良い試合にしないと。
笑顔で先輩たちを引退させてあげられるように。
憧れの地に立っているにも関わらず、フィオナ先輩は笑顔を見せなかった。
真剣な顔で、自分の準備に集中していた。
喜ぶのも浮かれるのも試合の後で良い。
今は試合で最高のパフォーマンスが出せるように。
そう考えて自分を律してるんだろう。
試合前のミーティングで、フィオナ先輩は言った。
「わたしはね。魔術を始めた頃から、ずっとこの日を夢見てきた。相手は最強のフォイエルバッハ。厳しい戦いになるよ。それは、彼らの映像を見てくれたみんなもわかってると思う」
たしかに、それは衝撃的な映像だった。
準決勝で当たったのは、戦力分析三位に挙げられていたAランク校、ブラッドフォード。
対して、フォイエルバッハは、チーム内で最高の選手であるオーウェン・キングズベリーが一発も魔術を放たないまま勝利してしまった。
一方的な蹂躙。
格の違いをただ見せつけるようなワンサイドゲーム。
「でも、魔術戦は何が起きるかわからない。勝機はある。そうだよね、アーヴィスくん」
「はい。策はあります。それも、『聖アイレスの策士』のおかげで、かなり精度の高いものに仕上がったと思います。勝てるかどうかはわかりません。でも、絶対に楽には勝たせません。それは断言できます」
出てもらう予定の、デニス先輩がうなずく。
アムステルリッツ戦が自信になったのか、控えだった先輩は僅かな間で別人のように良い選手になっていた。
もっとも、一対一では相変わらずチーム内で一番弱いと思うけど。
しかし、魔術による工作なら、こんなに頼もしい人は他にいない。
「会場中の誰もが、フォイエルバッハの勝利を確信してる。十連覇を達成すると思っている。たしかに、チーム力は向こうがはっきり上だよ。全力を尽くしても勝てないかもしれない。届かないかもしれない」
フィオナ先輩はみんなを見回して言う。
「でも、わたしたちは自分たちにできる最高のものをここに置いていこう。もし負けても、最高の敗者として大会を終えられるように」
それから、たしかな決意を込めて続けた。
「勝とう。奇跡を起こそう」
◇◇◇◇◇◇◇
side:王都の少年、アル
「すげえ、これがウェンブリー……」
アルは観客席から、フィールドを覗き込んで息を呑んだ。
聖地ウェンブリーはチケットを取るのも難しく、熱心なファンのアルも足を踏み入れたのは初めて。
フィールドの外周に沿って作られた観客席の中には、円形で区切られた古代遺跡のようなフィールドが広がっている。
まるで何かの模様を描いているかのように、複雑で迷路のような石造りの遺跡は、ウェンブリーの持つ特色だった。
「俺は見たことあったけどな!」
「三歳の頃だろ。お前、それ絶対記憶無いから」
「あるし! めちゃくちゃ覚えてるし!」
言い合う友人二人を余所に、アルは背伸びをしてフィールドに出てきたグランヴァリア王立の選手に視線を向ける。
大黒柱、フィオナ・リート。
一年にも関わらず、高校魔術界で十分通用することを存分に見せつけてきた、リナリー・アイオライト王女とイヴ・ヴァレンシュタイン。
そして、聖アイレスの選手九人を一人で粉砕し、なお実力に底が見えない怪物一年生――アーヴィス。
「おお! アーヴィスだ! アーヴィスが出てきたぞ!」
興奮した様子で言う友人にアルはため息をつく。
「お前、グランヴァリア王立なんてまぐれで勝ってるだけってずっと言ってたじゃないか」
「いや、でもあのアーヴィスってやつはすげえって! 一年でエースだし、未踏魔術使ってるし。大会の後、大学の研究機関が、どういう術式なのか解読するため招聘するって話もあるらしいしさ」
「……まあ、話題にはなってるみたいだけど」
勝ち進むにつれ、グランヴァリア王立を応援する人の数は増えていって、今ではすっかり人気チームの一つみたいになってるのだけど、それはそれで複雑な思いのアルである。
(僕は、人気出る前から応援してたのにな)
「でも、アルお前すげえよな」
「え?」
「グランヴァリア王立が勝ち進むなんて誰も予想してなかっただろ。新聞の戦力分析でも十三位だったしさ。お前だけは見抜いてたってことじゃん?」
お前だけは見抜いてた。
その言葉が、アルの心を強く打った。
「まあね。僕にかかればこんなもんだよ」
すっかり上機嫌なアルだった。
後追いしかできない君たちとは違って、僕は最初から見抜いてましたけど、みたいな!
「とはいえ、フォイエルバッハには勝てるわけないけどな。九連覇中だし。今年のチームは対外試合無敗らしいし」
むむ……。
そんな言い方されると、こっちも反論せずにはいられない。
「わかんないだろ! 大将やられるまで何が起きるかわからないのが魔術戦だって解説の人も――」
「出た! オーウェン・キングズベリーだ!」
立ち上がって言う友人の視線の先には、『フォイエルバッハの皇帝』の姿。
昨年の大会最優秀選手にして、今年も絶対王者として君臨するオーウェンの人気はすさまじく、グランヴァリア王立よりずっと大きな歓声が観客席から飛ぶ。
少しでもその姿を目に焼き付けようと跳びはねる友人二人を見ながら、アルは椅子に深く腰掛ける。
そうやって、誰でも言える意見を言いながら見てれば良い。
僕はグランヴァリア王立なら勝てるって信じてるから。
ふん、と息を吐いてアルは盛り上がる人々に小さな抵抗をした。
◇◇◇◇◇◇◇
side:???
「計画は順調か」
「ええ。六賢人も予定通り試合会場であるウェンブリーフィールドに到着した模様です」
「素晴らしい」
暗闇の中で、それは不気味に口角を釣り上げる。
「愚かな人間共は誰一人として気づいていないだろうな。まさか、今日が人生最後の日になるなんてことには」
「同時に、魔術の世界においても記念すべき日になります。中心にいる六賢人が一人残らず死亡したとなれば、この国の魔術は衰退の一途を辿るしかない」
「さすがは『あのお方』の計画だ。六賢人の一人に成り代わるだけでなく、その存在自体をも消してしまうとは」
それはうなずいてから、かっかっと声をあげて笑う。
「決勝の試合後、ウェンブリーは血で染まる」
「楽しみですね。人間共が恐怖し、絶望して死んでゆく様がたくさん見える」
闇の中、嘲笑が交差する。
◇◇◇◇◇◇◇
side:黒の機関
「本日の活動はどうするのですか、001(ファースト)」
「決まっているだろう! アーヴィス氏の大舞台なのだ! 全軍を持って、応援に行く!」
「しかし、チケットは既に売り切れで……」
「問題ない。我々には力がある」
「まさか、001(ファースト)……」
「完成した戦闘用スーツを使えば、誰に悟られることもなく会場入りできるだろう?」
ドランの言葉に、006(シックス)は声をふるわせる。
「さすがです、001(ファースト)。まさか、折角の力をそこまで堂々と私利私欲のために使うとは」
「時には、社会の規範を破ってでも成し遂げなければならないことがある。私のアーヴィス氏への思いは、規則などで縛れるものではないのでね」
「すごいです、001(ファースト)。ただの自己中心的な行いをまるで正義かのように口にできるなんて」
「私は、目的のためには手段を選ばない。それも、000(ゼロ)様に教わったことだ」
「アーヴィス氏もまさか、ここまでくだらない理由で自分の考えを使われるとは思ってなかったでしょうね」
「わかったな、皆! 今日の活動はアーヴィス氏の活躍を見に行く!」
ドランの言葉に、Fクラス生から一斉に歓声が上がる。
「アーヴィス氏! アーヴィス氏!」
「000(ゼロ)様! 000(ゼロ)様!」
「遂に、遂にあのオーウェン・キングズベリーとアーヴィスくんのカップリングが!」
「薄い本が厚くなりますわね!」
皆の反応に微笑みを浮かべてから、ドランは言った。
「一応建前は000(ゼロ)様の護衛任務ということにしよう。自分に言い訳できるよう、全軍万全の装備を整えて出撃するように」
「今朝届いた対悪魔用新型装備も持っていって良い?」
「良い良い。護衛任務だからな。最高、盤石の装備で行くことにしよう。使う機会は無いだろうが、できたばかりの高性能特別製000(ゼロ)様専用スーツも持っていく! 全力で自分に言い訳するぞ、皆の者!」
「「「おー!!」」」
こうして、黒の機関は聖地ウェンブリーに向かう。
事態は、密かに進行している。






