51 特訓
二人の頼みは、特訓に協力してほしいということだった。
なんでも、聖アイレスのダブルチームを前に為す術が無かったあの経験は、二人にとってかなり悔しい出来事だったらしい。
「自分に腹が立ってしょうが無いの。あんなに無力なんて、何もできないなんて……!!」
拳を握るリナリーさんと、
「わたしもそう。あんなプレーを見せたらお父様とお母様が悲しむ」
淡々と、しかし意志の強い目で僕を見上げるイヴさん。
「悲しんでたんですか?」
「うん。でも、少ししてからお父様は自分は聖アイレスにも負けなかったって自慢してきたけど」
「ちょっとめんどくさいやつですね」
「そのあと、当時の聖アイレスはまだ弱小だったってお母様に氷漬けにされてた」
「ちょっと見たくなかったやつですね」
相変わらず、お母さん強いなぁ、イヴさん家。
「それで、イヴを特訓に誘ったの。私は二人でするつもりだったんだけど、そしたらイヴがアーヴィスくん呼びたいって言うから」
「先生が?」
リナリーさんの言葉に、再びイヴさんに向き直る。
助手キャラ界トップの位置に君臨する僕の力が必要な感じなんだろうか?
イヴさんは少し焦った様子で視線を彷徨わせてから、おずおずと僕を手招きする。
顔を近づけると、耳を寄せて言った。
「二人きりは何話して良いかわからない」
「…………」
コミュニケーションの問題だった。
気持ちはわかるけど。
僕もそう言うとき、大いにあるけど。
「でも、先生結構人前で話せるタイプだと思ってたんですけど」
「あれは必要なことを言えば良いだけだから。それ以外はダメ。わからない」
「なるほど、了解です」
世間話が苦手なタイプらしかった。
わかるわかる。
僕も昔それで悩んだことあるし。
二人の間を取り持ちつつ、特訓を開始する。
と言っても、世間話の時間なんて全然無いほどリナリーさんは集中していたから、イヴさんの心配は杞憂だったのだけど。
「もう遅いし、そろそろ終わった方が」
「あと一回。あと一回だけやらせて」
リナリーさんは何度もそう言って、練習を終わろうとしなかった。
「無理するのは良くないって。まだ初日なんだし」
「初日だからこそ、追い込まないと。試合前日にはあまり負荷かけられないし。それに、疲れてるときの方が無駄な力が抜けて良いフォームで魔術が放てる。これを身体に覚えさせないと」
練習着は汗でぐっしょりと濡れている。
それは、人並み外れた才能を持つ天才優等生とはかけ離れた、泥臭く、ボロボロになりながら、それでも少しでもうまくなろうと練習し続ける人間の姿だった。
「どうしてそこまで……」
「全国魔術大会の決勝は、人生を変えられる場所なの。六賢人も含め、高名な魔術師はみんな見てる。ここで活躍すれば、一気に自分の価値を上げられるの」
リナリーさんは肩で息をしながら言う。
「まして、相手は最強フォイエルバッハよ。もし活躍できたら、私は一気に夢に近づける。自分の人生を自分で決められるような、図抜けた才能を持つ魔術師として認めてもらえる。そのためだったら、どんなに苦しい特訓でも喜んでやるわ」
それは、常識の域を超えて異常なまでの練習量だった。
そして、それを倒れずこなせることにリナリーさんが今までしてきた練習の量が現れていた。
きっと一日も休むことなく、一人で積み上げ続けたのだ。
家族に周囲に反対されながら。
嫌になる日も、身体が痛む日も。
やめようと思えばいつでもやめられて。
その方が間違いなく楽なのに。
それでも、積み上げ続けた。
苦しい。もう動けない。
そこからのもう一度を。もう一度を繰り返した。
リナリーさんの思いと練習量は、僕らにも大きな影響を与えた。
そこまで必死で練習している人がすぐ傍にいれば、自然と練習の量も増えていく。
さらに、大きかったのは、疲れて全授業爆睡していた僕に、ドランが言ってくれたこんな提案だった。
「実は、知り合いが作った秘密の地下訓練施設があるのです。是非、全国優勝を目指す隊長に使っていただければと」
なにそのうさんくさい施設。
本当にあるのか? と正直信じてなかった僕だけど、行ってみるとこれがすごかった。
ストロベリーフィールズ財閥が作った私設図書館の地下にあるその施設は、まるでスパイ映画の秘密基地みたいにハイテクだった。
図書館の魔動エレベーターにある隠しボタンを掌紋認証で開いて押す感じとか、少年心くすぐられてわくわくするというか。
しかもそれだけではない。
訓練施設の設備もすごい。
空気中のエーテルを九十パーセントカットした高負荷演習場や、苦手な部分を重点的に鍛えられる二十七種のトレーニング機材。
練習後の疲労回復に効果的な温泉や、魔術式酸素カプセルまであるし。
「……なんで図書館の地下にこんなハイテク施設が?」
「ど、道楽者の貴族がいたのではないでしょうか? け、決してアーヴィス氏を総裁とする秘密結社の訓練施設ではありませんから! ええ!」
「いや、そんなことはまったく考えてないけど」
なに秘密結社って。
そんなものあるわけないだろうに。
「この施設は口外しないようお願いします。あと、奥の区画には決して立ち入らないように」
「どうして?」
「知ると二度と元の日常には戻れませんがよろしいですか?」
「……やめておくよ」
いろいろと闇が深そうな施設だった。
触らぬ神にたたり無し。
厄介そうな物事には関わらない方が良いことを僕は知っている。
自分から関わろうとさえしなければ、勝手に巻き込まれてるってパターンは早々無いだろうし。
「すごい、この施設。こんなに良い設備、プロチームでも無いかも」
「わたしも、ここまですごいのは初めて」
目を輝かせた二人との、練習はそれはもう充実したものだった。
限られた時間ではあったけど、僕らの能力は前よりは間違いなく向上したんじゃないかと思う。
最終日は家に帰らず、施設の仮眠室にみんなで泊まった。
一緒に夕食を用意したり、お風呂上がりの姿にちょっとどきっとしたり。
それはまるで学祭前みたいに、なんだか特別な楽しい時間だったのだけど、印象的だったのは、真夜中のことだった。
「……あれ? 灯り点いてる」
こっそり抜け出して、メリアさんにもらったノートを手に作戦の最終確認を終えたところだった。
演習場の灯りが点いていて僕は足を止める。
中を覗くと、練習していたのはイヴさんだった。
かわいらしい桃色のパジャマ姿で、しかし真剣に練習を繰り返している。
「あまりやりすぎない方が良いですよ、先生。最終日なわけですし」
「わかってる。でも、もうちょっとだけしておきたくて」
ふと気になったのは、どうしてイヴさんはこんなにがんばってるんだろうということだった。
もちろん、一度しか無い決勝戦ではあるのだけど、しかしリナリーさんほどそこに賭ける理由は無いはずなのに。
「どうして先生はそんなにがんばってるんですか?」
「初めてだから」
「え?」
「チームの皆と、距離を置かれずに一緒にいられるのはこれが初めてだから」
イヴさんは淡々とした口調で言う。
「一緒に自主練習するのも、お泊まりするのも初めて。リナリーとも前より仲良くなれて、うれしくて。それに、あなたのおかげで、みんなすごく良くしてくれる。まるで普通の先輩と後輩みたいに」
「僕は何もしてないですって。先生が素敵な人だからですよ」
「そんなことはない。全部あなたのおかげ」
首を振るイヴさん。
「だから、わたしもチームのみんなのためにがんばりたい。勝って、みんなを喜ばせてあげたい。それが、不器用なわたしがみんなにできる一番の恩返しだと思うから」
「そうですか」
思わず、笑みが零れてしまった。
そんなことを考えていたなんて。
こんなの、応援しないわけにはいかないじゃないか。
「僕も手伝います」
「いいの?」
「僕は先生の助手ですからね。先生の手助けをするのが助手の仕事です」
一時間ほど練習して、その日は眠った。
それぞれの戦う理由を胸に、僕らは朝を迎える。
決勝戦の朝を迎える。