47 準決勝2
僕が準備していた隠し球。
それは、止める以外の方法で周囲の時間を操作する魔術だった。
中でも、『時を消し飛ばす魔術』は一定範囲の時間を消し飛ばし、その間の出来事をなかったことにする魔術。
今の僕ではその力をフルに使うことはできなくて、射程は十七メートルまで。
消し飛ばせる時間は最大1秒まで、と用途がかなり限られるこの魔術だけど、それでも魔術戦においては非常に強い効果を発揮する。
相手の術式の一部をなかったことにして、放たれる魔術自体を不完全なものにして自壊させることができるから。
つまり、四人が放った魔術砲火も、放たれたその時点でダメージを与えられない不完全なものに変わってしまっていたわけだ。
『七秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』
すかさず、僕は時間を止める。
七秒の間に距離を詰め、時間を加速させて無防備な身体に拳を叩き込む。
勢いそのまま、二人をノックアウトして、そのまま残りの二人へ。
磨き上げられたダブルチームも、この間合いでの僕には及ばない。
放たれた炎魔術をかわし、すかさず追撃で放たれた稲妻は、時間を消し飛ばして無効化する。
絶句した二人は、その表情のまま殴り飛ばされて戦場から消えた。
辺りは嘘のように静まりかえる。
「アーヴィスくん、今のは一体……」
信じられないという顔のリナリーさんに、
「大丈夫。この試合は僕が勝たせるから」
僕は言う。
どうせなら、底知れない強さを持ってそうな自分を演じていた方が、一緒に戦うみんなにとって心強いはずだから。
「慌てず落ち着いていこう」
◇◇◇◇◇◇◇
side:聖アイレス女学院、エヴァンゲリスタ姉妹
「嘘……!? 全滅……!?」
第二攻撃部隊が全滅した。
その知らせに、レリアは手の中のカップを落とす。
カップが割れる音が響く中、メリアは優雅に紅茶を一口飲んで言った。
「落ち着きなさい、レリア」
「しかし、姉様。あの子たちが全滅するなんてただごとでは」
「何かあるのは間違いないでしょうね。まぐれで勝ち上がってきたわけではないということかしら」
メリアはにやりと笑みを浮かべた。
「面白くなってきたじゃない。魔術戦はこうじゃないと」
異常事態にもかかわらずメリアに動揺している様子はまったく見られなかった。
むしろ、思い通りにいかないこの状況を楽しんでいるみたいに。
「全軍フィールド中央のラインまで後退。隙があっても、踏み込むのは禁止。敵の狙いは誘い込んでの各個撃破よ。じっくり構えて長期戦といきましょう。長引けば、必ず地力の差が出るわ」
メリアはカップを揺らし、はるか先にいる敵を思い浮かべて言う。
「さあ、次の手はどうするの? アムステルリッツの城塞戦術を崩した一年生策士さん」
◇◇◇◇◇◇◇
「隙ができても、踏み込んでこないな……」
僕は廃墟の屋根から、中央に整然と並んだ聖アイレスの攻撃陣を見つめて言った。
人数の上では優位に立ったにもかかわらず、その魔術砲火は強力で、うちの攻撃陣は何度も陣形を崩して後退を余儀なくされた。
演技ではなく、実際に耐えきれずにできる隙。
そこを仕留めに来たところで、僕が各個撃破する作戦だったのだけど……。
「向こうも、君の作戦に気づいてるってことかな」
隣で、同じく戦況を見つめるフィオナ先輩が言った。
「そうでしょうね。長期戦にして、地力の差で押しつぶす作戦なんだと思います」
「その作戦は君からするとどうなの?」
「嫌ですね。長引けば長引くほど、フィールドの廃墟も吹き飛んで、より個人の力の差がはっきり出やすくなりますし。多分、そこまで計算しての作戦だと思います」
「さすがは、『聖アイレスの策士』メリア・エヴァンゲリスタってことか」
戦況は膠着状態に入っていた。
状況を打開するのは容易ではなくて、しかしこの時間が続けば続くほど形勢の天秤はゆっくりと向こうへ傾いていく。
折角四人を倒して、優位に立っているのだ。
ここは、リスクを冒して前に出るのが最善――
「僕が前に出ます。フィオナ先輩はあくまで後方待機。陣形を見て、一番安全なところにいてください。クロエ先輩に護衛をお願いしとくんで」
「わかった」
大将のフィオナ先輩の安全を確保してから、僕は前に出て先輩たちに作戦を伝える。
「おう、任せとけ」
「俺たちがお前を守る盾になるからさ」
ありがたい言葉だった。
リスクを冒して状況を打開しに行く作戦。
必ず、被害も出るに違いない。
これが最後の試合。最後のプレーになるかもしれないのに。
それでも、僕を信じてくれた。
「お願いします。絶対僕が先輩たちをウェンブリーに連れて行くので」
「おう、期待してる」
にっと笑う先輩たち。
見つめる戦場の先で、敵陣最奥にいる誰かと、目が合ったような気がした。
◇◇◇◇◇◇◇
side:グランヴァリア王立三年、グロージャン・ランビエール
グロージャンにとって、魔術は決して楽しいものでは無かった。
「グロージャン、わかっていますか。貴方はランビエールの家の子なのですよ」
衰退の一途を辿る元魔術の名家、ランビエール家に生まれたグロージャンは、一族全員の期待を一身に集めることになった。
友達と遊ぶことも許されず、幼稚舎に通うことも許されない。
魔術一色の生活の中で、自然とグロージャンは魔術を嫌な物だと思うようになった。
才能はあったし、努力は生活の一部になっていた。
だから、名門グランヴァリア王立魔術学院に、特待生として入ることができた。
代表選手にも選ばれた。
しかし、それだけだ。
自分はここまでなんだろう、とグロージャンは冷静に分析している。
魔術を苦痛に思ってしまう、グロージャンに魔術の神は微笑まない。
多分、大学に進学してそこそこ優秀な魔術師として教師にでもなるのだろう。
両親が期待するような、国を背負って戦う魔術師にはなれない。
しかし、こんなこと正直に説明したところで「何をバカなことを言ってるんだ」と叱られるのは見えている。「そんな考え方をしてるからなれないんだろう!」なんて、精神論で怒鳴る父親を思い浮かべてグロージャンはため息をつく。
そんなに、簡単な話じゃないんだよ。
Aランク校にも入れず、代表選手にもなれなかった父さんにはわかんないかもしれないけどさ。
真面目にやっているふりだけしておこう。
そうすれば、両親もそのうちわかってくれる。
だから、グロージャンは冷め切った心で、魔術を続けてきた。
これは生きている中で払わないといけない税金みたいなもんだ。
そんな状況が変わったのは、あの日一年が代表選手に入ってきてから。
チームには、目に見えて活気が戻った。
どうでもいい、と冷めていたグロージャンも一つ勝ち、二つ勝ち。アムステルリッツを倒してベスト4に進んだときには、気がつくと拳を握っていた。
それは勝利という結果以上に、自信をつけまとまっていくチームにいるのが楽しかったから。
そして、初めて思ったのだ。
魔術戦が楽しい、と。
(本当は魔術が好きだったのかも知れないな、俺は)
決勝に行きたい。
このチームでもっと戦いたい。
グロージャンは心の底からそう思っている。
だから、リスクが高い作戦への協力を頼まれたときも、迷わずうなずいた。
「お願いします。絶対僕が先輩たちをウェンブリーに連れて行くので」
大口叩きやがって。
頼もしいことこの上ないっての。
作戦は、中央に並んで布陣した聖アイレス攻撃陣の、左翼の端を強襲するというものだった。
一番攻撃を集中されづらい、端に戦力を集中し、突破して懐から裏側に潜り込む。
問題は、敵もそれを一番警戒しているということだった。
戦場端の廃墟は優先的に破壊され、簡単に間合いを詰められないよう七十メートルほどの空白になっている。
飛び出せば、蜂の巣になるのはまず間違いない。
難しい作戦なのは、グロージャンもわかった。
だからこそチームの中でも能力が高い自分に声をかけたのだろう。
これが多分、今日最後のプレーだろう。
そして、学院生活最後のプレーになるかもしれない。
(絶対に成功させる。チームを勝利に近づけるために)
それは、何もせず傍観していた俺の分もチームを支えようとがんばってくれたフィオナへのささやかな恩返しにもなるだろうから。
作戦のメンバーとして選ばれたのは五人。
決意を込めて、地面を蹴るグロージャン。
飛びだした彼らが全力疾走で詰められたのは、わずか二十二メートルだった。
「攻撃――」
聖アイレスの守備陣が一斉に攻撃を開始する。
放たれたのは嵐のような魔術砲火。
渾身の魔術障壁は、嵐のような魔術砲火の前にあっけなく砕け散る。
「進め! 足を止めるな! 進め!」
グロージャンは自分に言い聞かせるように叫ぶ。
巻き上がった砂煙は、グロージャンたちを前へ進めてくれた。
しかし、それもわずかな間だ。
残る四十メートル、再びグロージャンは何も障害物が無い中を走って敵陣に向かわなければならない。
気づいたとき、走っているのは自分だけだった。
他の四人は、先の一撃に耐えられなかったのだろう。
聖アイレス守備陣が一斉にグロージャンを見つめる。
進んでも勝機なんて万に一つも無い。
それでも、グロージャンは地面を蹴った。
一歩でも。
一歩でも前へ。
それが、後ろに控える頼れる一年エースのために自分ができる唯一のことだと知っているから。
放たれる魔術砲火が、グロージャンの身体を貫く。
瞬間、グロージャンは叫んだ。
「行けっ! アーヴィス!」
「最高の仕事です、先輩!」
すさまじい速度で地面を蹴り、敵陣へ跳び込んだ後輩の背中を見ながら、グロージャンは満足して微笑んだ。