46 準決勝1
準決勝、聖アイレス戦までの日々は地獄だった。
僕は少ない時間の中で、新しい魔術を習得しようと寝る間を惜しんで全力で取り組んだ。
学校を休み、代表選手の練習も休んでずっと一人で反復を繰り返す。
最初は五センチ先にいるダンゴムシにも効かなかったこの魔術だけど、人間繰り返していればどんなことでもうまくなるものだ。
コツを掴んでからは早く、最長射程は十七メートルまで伸びた。
突貫だから、本来の五十メートル近い効果範囲を完全再現することはできなかったけど、それでも十分に使える新しいカードを手札に加えたことになる。
クロエ先輩には「大事な時期って言ってるのになんで練習休んでるのよぉぉおおお!!」と殺意に満ちた目で言われたりもしたけれど、そんなのは些細なことだ。
勝って決勝に行けば良い。
それだけの話なのだから。
「作戦を発表します」
「おお、頼むぜ天才軍師」
先輩たちの期待に満ちた声がうれしい。
アムステルリッツ戦で城塞戦術を破ってから、チームの中で僕は軍師的ポジションに収まっていた。
先輩たちは苦労してる分、人間的にやさしい人が多いのか、一年の僕がやりやすいように配慮してくれたりうれしい声をかけてくれたりする。
フィオナ先輩だけでなく、他の先輩のためにも、この試合を勝たないと。
「聖アイレス女学院は本当に強いチームです。データによると、『攻撃力S 守備力S 連携SS 個人能力S 戦術理解SS』 個人の能力も高いですが、何より脅威なのはその練度の高さですね。鍛え抜かれた連携力は全国一と言っていいと思います」
僕は資料を手に言う。
「特に、大将を努めるエヴァンゲリスタ姉妹。『聖アイレスの策士』と呼ばれるメリア・エヴァンゲリスタと、『聖アイレスの剣』と呼ばれるレリア・エヴァンゲリスタ。全国屈指の頭脳と個人能力を持つ双子二人のコンビネーションは他の追随を許しません」
おそらく、僕らの前に立ちふさがる最も大きな脅威がこの二人だろう。
「ここまで強力な二人組は、他のチームにはいない。フォイエルバッハの牙城を崩すとしたら、この二人だろうというのが世間の見立てです。多分、会場中の誰もがそう思っていることでしょう。グランヴァリア王立の快進撃はここまでだ、と。聖アイレスには勝てるわけがない」
たしかな決意を込めて続けた。
「ぶっ飛ばします。安易で無責任な評価ごと。勝って決勝に行きましょう。フィオナ先輩をウェンブリーに連れて行きましょう」
響くたくさんの声と、掲げられる拳。
クロエ先輩だけでなく、みんな同じ事を考えていたんだろう。
ここまで一人でチームを支えてくれたフィオナ先輩に恩返ししたい。最高の形で引退させてあげたい、と。
驚いた様子でおろおろしてるフィオナ先輩がおかしかった。
先輩が思ってるよりずっと、チームの上級生は先輩のこと好きなんですよ。自分ではわからないかもしれませんけど。
試合が始まる。
絶対に負けられない試合が始まる。
◇◇◇◇◇◇◇
side:聖アイレス女学院、エヴァンゲリスタ姉妹
準決勝のフィールドは市街地だった。
石造りの廃墟が建ち並ぶ中、三階建ての小高い建物の屋上で、『聖アイレスの剣』レリア・エヴァンゲリスタはため息をつく。
「こんな簡素な建物、姉様には相応しくありません。もっと美しい建物でしたら、この紅茶ももっとおいしく飲めますのに」
「環境に文句を言ってるうちはまだまだよ、レリア」
言ったのは遅れて横に並んだ少女――『聖アイレスの策士』メリア・エヴァンゲリスタ。
双子な二人の芸術品のように整った顔立ちは、何から何まで鏡あわせのようにまったく同じ。
ただ、髪飾りの色と位置だけが、二人を見分けることができる唯一の違いだった。
「真の高貴さとは心に宿るものなの。たとえ、どんなにみすぼらしい環境でも、本当に高貴な魂は、まるで世界そのものの主人であるかのように優雅な振る舞いができるものなのよ」
「さすがです、姉様。私、間違っていました」
「いいのよ、レリア。間違えない人などどこにもいない。大切なのは失敗から何かを学び取る事だから」
メリアは紅茶を一口飲む。
「うん、おいしい。いつもありがとう、レリア。レリアの紅茶は私に幸せをくれる」
「ありがとうございます、姉様」
レリアは顔をほころばせて言う。
「ですが、良いのでしょうか。大事な試合中だというのに、こんなことをしていて」
「いいのよ、レリア。優れた思考というのはリラックスしているときにこそ発揮されるもの。大切な試合こそ、普段通り、いえ普段以上にリラックスして望む必要があるのよ」
「さすがです、姉様」
「貴方ほどじゃないわ、レリア」
微笑みあってから、メリアは眼下の戦況を見つめた。
「始まったわね」
◇◇◇◇◇◇◇
side:苦戦、リナリー・エリザベート・アイオライト
「撤退だ! 撤退! 火力が違いすぎる!」
響く先輩の声。
布陣した味方が総崩れになったのは、戦闘が始まった一分も経たないうちの出来事だった。
廃墟に隠れての遠距離魔術戦。
勝負は最初の数発で、簡単に決着した。
「まともに撃ち合って勝てる相手じゃない! 撤退!」
布陣していた廃墟は既に、跡形もなく吹き飛んでいる。
聖アイレスの鍛え抜かれた魔術砲火は、それだけ圧倒的なものがあった。
個の力こそフォイエルバッハに劣るものの、磨きに磨かれた連携力が生む破壊力は全国一とさえ言えるかもしれない。
混乱の中、為す術も無く後退するグランヴァリア王立の選手を追う聖アイレスの選手。
その前に立ちはだかったのは、『電撃王女』と『氷雪姫』だった。
「踏み台になってもらうわよ、聖アイレス」
「通さない」
放たれる稲妻の暴力と、氷の機関銃。
しかし、聖アイレスの連携は二人の天才の、そのさらに上をいっていた。
(ダブルチーム……!!)
一人の選手を二人で潰しにかかるダブルチーム。
(嘘……!? 反撃する隙がどこにも無い……!?)
その練度は他のチームのそれとはまったく違う。
フォイエルバッハの圧倒的な個を潰すために磨き上げられた連携力は、もはや他を寄せ付けない域にまで達していた。
四人組の猛攻。
二人は一方的に押し込まれる。
仕留めに来た一撃をギリギリのところでかわし、なんとか後方にあった廃墟に退避する。
入り組んだ地形をうまく使い、安全なところまで後退してリナリーは息を吐いた。
(私が、ここまで何もできないなんて……)
それはリナリーにとって初めての経験だった。
アーヴィスも含め、自分より強い相手と戦ったことはある。
しかし、ここまで何もさせてもらえない敵がいるなんて、想像もしていなかった。
「撤退する」
イヴの言葉に、リナリーは強い口調で言う。
「ダメよ。私はこんなところで足踏みしてるわけには」
「認めて。今の状況では向こうが上。ここは撤退すべき。貴方を失うと、勝てる確率はますます低くなる」
淡々と言うイヴ。
『悔しくないの!?』
リナリーは反射的に出そうになった言葉を飲み込んだ。
イヴの小さな唇が、噛みしめられてかすかにふるえているのに気づいたから。
(悔しいに決まってるわよね。私たちは、誰よりもたくさん練習してきたんだから)
「退きましょう――」
しかし、聖アイレスの強さは二人の想定をさらに越えていた。
瞬間、すぐ傍で廃墟の壁が吹き飛んで、リナリーは絶句する。
(もうここまで――!?)
逃げようと地面を蹴るリナリーは、しかしわかっている。
もう間に合わない。逃げ切れない。
引き延ばされた一瞬、すべてがスローモーションに見える中、
(え、アーヴィスくん――!?)
目の前に立ちふさがったのは、一人の少年の背中だった。
◇◇◇◇◇◇◇
side:聖アイレス女学院二年、アンリエッタ・フランチェスコリ
攻撃部隊隊長を務めるアンリエッタは勝利を確信していた。
既にかわせる距離じゃない。
息を合わせた魔術砲火は、逃げ遅れた二人の一年を廃墟ごと跡形もなく消し飛ばすだろう。
だから、その目の前に異様な速さで少年が割り込んできたときも、彼女の胸にあったのは喜びだけだった。
『フィオナ・リートはおそらく怪我を隠してるわ。春の大会で副隊長を務めたクロエ・パステラレインも私たちからすれば脅威ではない。良い? 警戒すべきは一年の三人よ』
ミーティングでメリア様が話していた三人を、一気に葬ることができる。
私のおかげで勝った、と吹聴しても許されるような大戦果。
(これで終わりよ――!!)
果たして、少年は何もしなかった。
四人の魔術師による、全国最高峰の魔術砲火が少年の身体を直撃する。
(愚かね。わざわざ負けに来るなんて)
しかし、立ちこめる黒煙のその向こうから現れたのは――
『時を消し飛ばす魔術』
傷一つ無く立っている少年の姿だった。
(嘘……!? そんなはずは――)
次の瞬間には、隣にいた二人がはるか後方に吹き飛ばされている。
肉眼では追えない少年の動きが、アンリエッタには化物にしか見えなかった。
(一体何者なの……!? この一年は……!?)