41 準々決勝2
「これで、作戦通りだね」
襲い来る爆撃の中、フィオナ先輩は木の陰に伏せて言った。
「はい。向こうはこちらが為す術無く、数を減らしていると思っています」
僕はうなずく。
「本当は、一人も撃破されていないのに」
それは、アムステルリッツが長距離攻撃のみに頼った戦い方をするチームだからこその錯覚だった。
遠距離魔術による超長距離攻撃では、敵を仕留めたかどうかを近い距離で確認することができない。
必然、その判断は遠くからの目視に頼ることになる。
もちろん『遠視』の水魔術で、明瞭に見えるようにはしているのだろうが、それでもその視界は限られたものになる。
つまり、彼らは気づけない。
――攻撃が直撃する寸前、僕が時間を止めて彼らを移動させているなんて真実には。
そして、遠距離戦を究めた優秀な彼らは、それも間違いなく撃破とカウントしてしまう。
錯覚してしまう。
自分たちは優位に立っていると思ってしまう。
撃破とカウントされているはずの、四人が森を迂回して密かに敵陣背後に回り込んでいることなんて知らずに。
「あとは苦戦しているふりをして、時間を稼いでいれば良い、と」
「そういうことです」
僕はフィオナ先輩にうなずく。
口をとがらせて言ったのは、リナリーさんだった。
「ねえ、アーヴィスくん。作戦はわかったわ。でも、一人くらい敵陣に突っ込んで、敵を引きつける人がいても良いと思うの。私、この状況でも最低二人は持って行ける自信あるし。だから――」
「ダメ。一人でも少なくなったら伏兵警戒されるから」
「じゃあ、私も死んだふりで」
「却下。リナリーさんいないと、ここの守りが本当に崩壊する」
「……わかった」
渋々という感じでうなずくリナリーさん。
「頼みますよ、先輩」
僕は別働隊の中心になってもらうようお願いした、控えの先輩を思い浮かべつつ呟く。
◇◇◇◇◇◇◇
side:グランヴァリア王立代表選手三年、デニス・カンナヴァーロ
デニスにとって、それは一世一代の舞台だった
自分に才能が無いのはわかっている。
代表選手に選ばれたのも、チームでは人数が少なかった土魔術が使えるからというだけ。
三年であるにもかかわらず、自分の実力は控えの一年にも及ばない。
チーム内では間違いなく最弱。この大会で出番が回ってくることはないだろう。
そんなことは誰よりも自分が知っている。
しかし、デニスはだからこそチームのために働かないといけないと思っている。
試合に出る後輩たちが少しでも戦いやすいようにする。
それが、最弱世代と呼ばれ、学校の名誉を傷つけたふがいない自分たちが後輩にできる、せめてもの償いだと思ったから。
雑用は誰よりも率先してやった。
忘れ物がないか点検し、後輩の自主練習の手伝いもした。
プレッシャーに押しつぶされそうだったみんなを励まそうと努力もした。
口下手だった彼には、あまりうまくはできなかったが。
(それだけしか、俺にできることはないと思っていたから)
デニスは思いだす。
あの日、アーヴィスという名の一年が自分の目を真っ直ぐ見つめて言ったことを。
「先輩の力が必要なんです。先輩は、土魔術の繊細な操作なら誰よりも上手い。先輩が協力してくれれば、僕らは間違いなくアムステルリッツに勝てる」
「でも俺、一対一の勝率はチームで一番下で」
「そんなことは関係ありません。一対一で勝てなくても、もっと大きな敵を倒すことができる。先輩の力が無いとできないことなんです」
びっくりした、というのが正直な気持ちだった。
かつては天才と呼ばれていたのに伸び悩み、学院代表としては一度も試合に出たことのない自分に、そんな風に言ってくれるやつがいるなんて。
デニスはその言葉がうれしかった。
試合に出なくて良いなんて嘘だ。
本当はずっと試合に出たかった。
ただ、力が無いからと自分に言い聞かせていただけだ。
(絶対に……絶対に期待に応えてみせる。俺を見つけて、試合に出してくれたあいつのためにも)
デニスは目を閉じ、一心不乱に魔術操作をする。
(俺が、自分の手でグランヴァリアを勝たせるんだ……!! 最弱世代の汚名を晴らすんだ……!!)
◇◇◇◇◇◇◇
side:アムステルリッツ魔道学園主将、ウィンストン・ウェルズ
(弱いな。弱すぎる)
戦いが続く中で、ウィンストンが感じたのは落胆だった。
衝撃的なデビューを飾った三人の一年が加わって、快進撃を続けるグランヴァリア王立。
きっと自分は、気づかないところで彼らに期待していたのだろう。
まだ生まれたてのヒナのようなあのチームなら、鉄壁の城塞戦術に対しても、今までの敵とは違う戦い方をしてくるのではないか、と。
しかし、ウィンストンの期待は裏切られた。
彼らが取ったのは、ただ正面から遠距離攻撃を撃ち合うだけ。
不利な状況を甘受し、望みの薄い戦いを続ける敗者の思考。
(またこういう試合か)
ウィンストンはため息を吐く。
無敵の城塞戦術で、未だ一人も撃破されることなく勝ち進んできたアムステルリッツにとって、格下との試合はまるで同じ試合のリプレイを見ているかのように味気ないものだった。
(準決勝であたるだろう聖アイレス。そして、間違いなく決勝で立ちふさがるフォイエルバッハに勝つためには、想定できないパターン相手での戦い方も経験しておきたかったのだが)
しかし、叶わなかったことをいつまでも考えていても仕方ない。
森の中に逃げられ、身を隠されても面倒だ。
人数上、伏兵の線もないから、安心して全員を攻撃に回すことができる。
「ここで終わらせる。全軍集中砲火」
一気にたたみかけて、試合を終わらせる。
それがウィンストンの判断だった。
「なかなか守りが堅いですね。『中等部の雷帝』と『氷雪姫』、そして『爆炎の魔女』フィオナ・リートが厄介です」
「問題ない。数と火力ではこちらが勝っている。撃ち続けろ。続けていれば間違いなく押しつぶせる」
(愚かな戦い方だ)
ウィンストンは思う。明らかに遠距離戦ではこちらに分があるのに、なぜ正面から迎え撃とうとしているのか。
あれだけ高い個人能力があれば、森に潜んで戦った方がずっと勝算はあるはずだろうに。
(もっとも、城塞がある以上奇襲は成立しない。その場合でも勝つのは我々だが)
城塞がある分、接近戦はさらに分が悪いと判断したのだろうか。
しかし、それにしてもただ正面から攻撃し続ける戦術を選ぶ意味がわからない。
そんな作戦を取る理由なんて、我々の目を他に向けさせないようしているくらいしか――
ぞくりとした。
彼らの劣勢がすべて演技だとしたら。
我々の目を自分たちに集中させ、本命の何かが気づかないところで動いていたとしたら。
ありえない。ありえるはずがない。
だって、敵の撃破はたしかに確認している。
しかし嫌な汗が止まらなかった。
何かある。
何かなければこの状況はおかしい。
「全軍、攻撃停止。周囲の警戒を――」
足下が揺れたのはそのときだった。
地震の始まりのような小さな揺れ。
下の方から、地鳴りのような音が辺りから響く。
そして、崩壊したのは一瞬のことだった。
巨大な城塞は轟音とともに、瞬く間に地中に沈んだ。
まるで大地に吸い込まれるかのように、直立の姿勢で落下しその衝撃で瓦解する。
煉瓦造りの家が地震に弱いように、土を焼き上げて作った堅固な城塞も揺れと衝撃に対する耐久性はない。
かかった大きすぎる負荷を外に逃がせないからだ。
その固さが悪い方に作用する。
堅固な城塞は見る影もなく崩れ落ちる。
崩落した城壁は、中で戦っていた選手たちに牙を剥いた。
(ば、バカな……!?)
為す術無く下敷きになる選手たち。
あっという間に、安全装置で転移させられ、フィールドから消える。
大地を揺らす破砕音。
巻き上がった粉塵が、入道雲のように視界を埋め尽くした後。
崩れ落ちた城塞の残骸だけがそこに残っていた。
誰もが言葉を失った。
アムステルリッツが圧倒的に優位だったはずなのに。
「う、嘘だろ……あのアムステルリッツの城塞が一瞬で……」
「すげえ……俺こんなの初めて見た……」
「城塞そのものを、地盤を崩して崩落させる……!! なんて……なんて戦い方をするんだ、グランヴァリア……!!」
どよめきの中、グランヴァリア王立はベスト4への進出を決めた。