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4 余波


 ほっとした、というのが正直な感覚だった。

 身体の固有時間を加速させる魔術。その効果で攻撃がスローモーションのように見えているとはいえ、ゲイルの放つ魔術はその一発が、即死級。

 防御魔術をろくに使えない僕では、かすっただけでも戦闘に支障が出るレベルのダメージを受けることになる。


 ミスなくかわしきれてよかった。

 これで、エリスとの幸せな生活を守ることができたはず。


 そう安堵の息を吐く僕に、教頭が駆け寄ってくる。

 退学は無しですよね、と声をかけようとした僕に、放たれたのは助走付きの拳だった。


「なんてことをしてくれたこの欠陥品ッ!!」


 地面に尻餅をつく僕。

 スラム育ちの身としては、殴られるのは慣れっこなので特にどうも思わないのだけど、しかし勝ったのにその言い方はあんまりではなかろうか。


 がんばってあのゲイルに勝ったんだぞ、僕。

 もっと褒めるべき、称えるべきだと強く抗議したい。


「今日はエメリ様が視察に来てくださっているのだぞ! 大切な、大切な機会だったのだ! なのに、貴様は……!!」

「勝てば退学を回避できるということなので勝っただけです。むしろ、褒められてしかるべきではないでしょうか。ええ、どうぞ遠慮せず褒めてくださればと」

「褒める!? 身体能力を上げる禁止薬物に手を出し、我が校と私の未来を汚したお前の何を褒めろと! 勝つためなら手段を選ばない薄汚い野良犬が!!」

「禁止薬物?」


 僕はきょとんと首をかしげる。


「いや、そんな薬買えるようなお金うちにはないですし」

「じゃあ、どうして何の魔術も使えない欠陥品のお前があんな動きをできたというのだ! 現存する最高レベルの身体能力向上魔術でもあんな動きはできない! 薬を使った以外ありえないだろう!」


 完全に誤解されてしまっている。

 そっか、そもそも時間系魔術って現代には存在しないことになってるんだよな。

 僕が見た夢が真実だとすれば、二百年前の人魔大戦の頃は、一つの属性として認知されていたはずなんだけど。

 二百年の間に何かあったってことだろうか。


 ともあれ、今はどうやって納得してもらうかだ。

 前世の夢が、とか言ってもまず間違いなく相手にされないだろうし。


「実はたまたままったく新しい魔術を開発してしまったんですよ。もしかしたら、僕天才なのかも知れません」


 よし、完璧な回答!

 さりげなく天才だとアピールすることで、奨学金の額も大幅アップ間違いなし。

 これで、さらにたくさんもやしを買うことができる!

 心の中で拳を握る僕に、教頭は顔を真っ赤にして言った。


「何が天才だ、この犯罪者めッ! お前は退学だ! 二度と私の前に顔を見せるなッ!」

「え……」


 それは困る。


「待ってください。薬なんて本当に使ってません。僕は、ルールに則って勝てるように努力しただけで」

「薄汚い野良犬めが! 次耳障りな声で鳴いてみろ。自警団に言って殺処分にしてやるからなッ!」

「…………」


 そう言われてしまうと、返す言葉にも困ってしまう。

 貴族が何より優遇されるこの国において、僕のような貧乏人の立場はとにかく弱い。

 教頭のような貴族が殺せと言えば、どんなに善良でも貧民は罪人として容赦なく殺されてしまう。ここはそういう世界だ。

 じゃあ、言葉を出さないで説得する方向で、と頭を回していると、一人の男性が近づいてきた。


「え、エメリ様! これは間違いで! この野良犬は、私共も危険因子だと認識し、本校から追い出す方向で進んでいたのですが、しかしどうしても機会を与えろというので与えたところ、このような裏切りに遭ったわけでして」


 教頭が必死ですがりつくその先にいるのは、一人の男だった。


 一目見ただけで只者じゃないのがわかる。


 着ている服は、小物に至るまで僕が三年は生活できそうなレベルの最高級魔道具。


 何より、そのエメリというその名前は、魔術を志す者ならみんな知っている。


 この国一の魔術学院を、飛び級で主席合格。革新的な新魔術を次々と開発し、若手魔術師からは尊敬を集める一方、保守派の魔術師からは親の敵のごとく嫌われている天才魔術師。


 エメリ・ド・グラッフェンリート。


 たしか、史上最高額でグランヴァリア王立魔術学院の講師になったんだったか。


「よもや、禁止薬物にまで手を出すとは。その意味で私とゲイルも被害者なのです。そこは理解していただけないでしょうか」

「なるほど、それはよくないね。とてもよくない」


 エメリさんは二度うなずく。

 天才と呼ばれる大魔術師のはずなのに、その口調は意外なくらいに親しみやすかった。


「それで、君は薬を使ったということで彼を退学にすると」

「そうですね。とても不本意ですし、残念ですが仕方ありません。すべては私の力不足です。私がもっと親身に彼のことを見ていれば……」


 顔を俯けて言う教頭。

 さっきまであれだけ暴言言っといて、よくそんなことが言えると思う。


「つまり、彼は今どの学校にも所属していないと」


 エメリさんは思案げに僕を見つめる。

 じっと。

 僕の心の中まで見通してるみたいにしげしげと眺め、それから言った。


「どう? 君、うちの学校に来ない?」


 何を言われたのか一瞬わからなかった。


「………………へ?」


 それは、あまりにも予想だにしない一言だった。

 うちの学校……?

 って、僕があのグランヴァリア王立に!?


「え、エメリ様!? 一体何を」

「生徒の可能性を正しく判断するのは、教師として必要な資質の一つだよ。その点で君は視野狭窄が過ぎると言わざるを得ない。Dランクへの推薦はしないから、そのつもりで」


 つまらなそうに言って、それから僕を見て続ける。


「普段他校の視察なんて絶対に行かないんだけどね。接待とかされるの、寒気がするくらい嫌いなんだけど、星の動きがあまりに行けって言うからさ。来て正解だったよ。すごく良い掘り出し物が見つかった」


 にっと微笑む。その笑みは、まるで十代の少年のようだった。

 整った顔立ちは、年齢を感じさせない。もう三十は過ぎているはずなのに。


「それで、君はどうする?」


 答えなんて、もちろん決まっている。


「行きます。行かせてください」






 ◇◇◇◇◇◇◇


 side:魔術講師、エメリ・ド・グラッフェンリート


 エメリにとって、その視察は閉園間近の動物園を見ているかのように退屈なものだった。

 地方貴族の運営するEランクの魔術学院。

 Dランクに上げてもらえるよう便宜を図ってほしい。

 よくある話だ。

 普段なら、考える間もなく断るこの話を、


「視察だけなら。本当に良かったら推薦します」


 と引き受けたのは、星の動きがあまりにも彼の背中を押したからだった。

 現代魔術において、占いは信憑性が低く低俗なものと見なされている。しかし、エメリは占星術が好きだった。


 自分の意志だけで行う行動には不確実性がない。

 むしろ、他の何かから偶発的に与えられるものにこそ、カオスが生じ、新たな発見がある。


 もちろん、星の動きが常に彼を良い方向に導いてくれるとは限らない。

 徒労に終わることも多くある。

 しかし、今回星は彼が望んでいたものを、彼に用意してくれていたみたいだった。


(なんだ……あの魔術は……?)


 魔力の流れから、見えないはずの魔術式を推測する。

 それは、エメリの持つ異能の一つだった。

 そこにあったのは、古今東西あらゆる魔術を知るエメリも、初めて見る体系の魔術式。

 術者の肉体が囚われている固有時間を操作する魔術式だろう。

 そう構造と作用を推測して、さらに衝撃を受ける。

 時間を操作する魔術など、歴史上これまで存在しなかったというのに。


 同時に、頭を過ぎったのは一つの可能性だった。

 あそこまで洗練された魔術式を、十代の少年が一人で一から作り上げられるとは思えない。

 つまり、あの魔術は過去に存在していたはずのものだったのではないか。

 それを、何者かが歴史から隠蔽し、無かったものとしている。


 その可能性を、エメリはずっと考えてきた。現代魔術はあまりにも、狭すぎるのだ。魔術にはもっとできることがあるはずなのに、現代魔術はそこに目を向けない。


 むしろ、目が向かないよう構築されている。


 六大原質を絶対の真理とし、他の魔術は存在しないと言い切る。

 王立図書館の禁忌書庫に偏在する、意図的に切り取られたページの数々。

 存在を抹消された大魔術師と、その残した未解読の未踏魔術書。

 もしかしたら、彼はそれらの謎を解く手がかりになるかもしれない。


(彼は現代魔術に巣くう影を倒す希望になり得る)


 絶対に、自分が手元に置いて保護しなければ。

 エメリは何年かぶりに新鮮な胸の高鳴りを感じていた。



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