36 一回戦
試合会場。
ウォーミングアップを終えた僕らに話しかけてきたのは、メガネをかけた男子生徒だった。
「おやおや、これはこれは。グランヴァリア王立魔術学院の皆様ではないですか。先日はありがとうございました。気持ちよく勝たせていただいて」
制服の校章には、魔術文字でローザンヌと刻まれている。
「今日もよろしくお願いします。まあ、我々の勝利はデータを見る限り決まっているようなものなのですがね」
メガネをくいと上げて、手元の携帯魔術端末に視線を落とす。
「攻撃C 守備B 連携S 個人能力C 戦術理解S―-悪いチームではありませんが、Aランクのチームとしては物足りないと言わざるを得ません。何より、攻撃力と個人の力があまりにも低すぎる。伝統ある強豪チームらしく戦術理解度と連携は高いですが、ここまで低いとカバーするのは難しいでしょうね」
それから、付け加えるみたいに続けた。
「紙面の戦力分析で十三位になるのも仕方ないことかと。まあ、私の分析では十四位だったのですが」
「十三位……!?」
「そんな……」
「そこまで弱いって言うのか、俺たち……」
ざわめく上級生たち。
ああ、がんばって隠してたのにこの人は余計なことを。
「大丈夫。みんな、気にすることないよ。勝てば良いだけのことだから」
フィオナ先輩はチームメイトに言ってから、メガネの男子に右手を差しだす。
「今日はよろしく」
人間ができた人だな、と素直に感心した。
あんなこと言われても、こんなに大人の対応ができるなんて。
それからも、フィオナ先輩は常に周囲のフォローをしていた。
「怖いです……もし失敗してわたしのせいで負けちゃったらと思うと……」
緊張してふるえが止まらないという二年の先輩を、
「大丈夫。失敗してもいいの。みんなでフォローするから。ミスをカバーしあってみんなで勝とう」
と親身に励ました。
「負けたらどうしよう。一回戦負けなんてもう外歩けない。死ぬしかない……」
と涙目の先輩には、
「絶対勝てる、大丈夫。がんばってきたじゃない。神様は見てくれてるよ」
とやさしく肩を叩いた。
先輩たちに好かれるのも納得な光景だった。良い人だ。
……ってか、先輩たち精神状態やばくない?
そりゃ負けるよ。戦う前から勝手に追い詰められてるもん。
この感じだと頼りにできるのはフィオナ先輩だけかも。
なんて思ってたら、選手控え室から一番離れた洗面所で、フィオナ先輩が顔を埋めていた。
フィオナ先輩は吐いていた。
「大丈夫ですか、先輩」
驚きつつ言った僕に、
「……見られちゃったか。ダメな先輩だね」
フィオナ先輩はやってしまったっていう風にこめかみをおさえて言う。
「ごめん。このことは他のみんなには言わないでもらえる?」
「もちろんそのつもりですけど」
今の上級生たちは、Aランク校初の一回戦敗退という恐怖に怯え、立っているのもやっとの状態。
なんとか支えてるフィオナ先輩まで倒れたら、いよいよ総崩れになってもおかしくない。
「よく吐いてるんですか?」
「どうして?」
「慣れてそうに見えたので。ここうちの控え室から一番距離がある洗面所じゃないですか。誰も来ないだろうところを冷静に選んでるなって」
たまたま僕は出くわしちゃったけどね。
折角の全国大会だし、いろいろ見とこうってうろうろしてたのだけど、試合前にそんな行動を取る後輩がいるとは先輩も予想外だったのだろう。
「すごいね、君。名探偵だ」
先輩は苦笑する。
「誰にもバレずにきたはずだったんだけどな。そうだよ、試合前はいつもこう。去年まではこんなことなかったんだけどね。主将になって、結果が全然出なくて。気づいたらこんな感じ」
「それ言った方が良いんじゃないですか。隠してるせいで余計に追い詰められてそうに見えますけど」
「ダメだよ。わたしが崩れたら、今のこのチームは崩壊する」
それも事実だった。
プレッシャーで瓦解寸前のチームを支えるため、フィオナ先輩はボロボロになりながら耐えているのだろう。
「大丈夫。わたし本番は強いから。絶対活躍する。わたしがチームを勝利に導く。だから心配しないで」
「別に、強がらなくてもいいですよ。僕もう先輩の弱いとこ見ちゃってますし。弱音でも何でも言ってくれていいです。誰にも言いませんから」
フィオナ先輩は驚いた様子で瞳を揺らした。
僕は続ける。
「それに、このチームは僕ら一年が勝たせますから」
エメリ先生からボーナスをもらうために、僕も負けるわけにはいかないのだ。
エリス! 兄様いっぱいお金稼ぐからね! 待っててね!
◇◇◇◇◇◇◇
side:王都に住む少年、アル
アルは試合会場へ向け、必死に走っていた。
友達と見に行こうと約束した、全国魔術大会の一回戦。
なのに、まさかの寝坊をしてしまったのだ。
原因は楽しみにしすぎて、全然眠れなかったこと。
何せ、その試合は熱心なファンのアルなら、絶対に見たい一回戦屈指の好カード。
グランヴァリア王立対ローザンヌ大付属。
(なんで寝坊なんて……寝坊なんて……!!)
後悔は未だに頭の中をぐるぐると回っている。
試合の一時間前には会場入りして、試合前練習とスターティングメンバーの発表もしっかり見るつもりだったのに。
(くそ……もう始まってる)
携帯魔術端末の速報をアルは見つめる。
ローザンヌ大付属はいつも通り。三軍まである熾烈な争いを勝ち抜いてきた、化物揃いのメンバー。
(なるほど、予選で指標が良かったレブロンを使ってきたか。データ重視のローザンヌらしい)
心の中でうなずきつつ、ページをめくる。
「え?」
一方のグランヴァリア王立のスターティングメンバーは、アルにとってまったく意味がわからないものだった。
(一年が五人!? どうして!?)
グランヴァリア王立が、弱い今年の世代を捨て、九人の一年を代表に選んだのはファンの間ではよく知られていることだ。
もちろんアルも知っている。
しかし、まさかスタメンから五人も使ってくるなんて。
全国魔術大会において、出場できる選手は十五人。
三分の一を一年が占めていることになる。
(やっぱり、もう今年は捨てちゃったのか?)
だとすれば、残念だとアルは思う。
最弱と呼ばれる今年のグランヴァリア王立だが、彼は苦境にあるチームの数少ないファンの一人だった。
きっかけは、春の大会。
個の力では劣りながらも、力を合わせて最後まであきらめずひたむきに戦う。
強豪らしくない泥臭いチームをたまたま観戦したアルは好きになった。
そう口にすると、みんな決まってこんなことを言う。
『何が良いんだよ、あんなチーム』
『フィオナ・リートがかわいいからってだけだろ』
そんなことはないと強く抗議したい。
……たしかに、フィオナさんはかわいいけど。
チームメイト思いなのが、試合中の些細な行動に出てて、そういうところも好きだなって思わなくもないけれど。
そんなアルだからこそ、この試合は絶対に観たかったのだ。
前評判は悪いグランヴァリア王立でも、みんなで力を合わせて戦えば勝てる可能性もゼロでは無いはず。
……そりゃまあ、かなり低い可能性になるかもだけど。
遠く歓声が聞こえている。
少しずつ大きな試合会場が見えてくる。
(まだ、序盤だったらいいんだけど)
チケットを見せて会場入りし、階段を駆け上る。
何度も来ているアルなので、その構造は自分の家のように知り尽くしている。
持っているチケットの指定席。一番近い出入り口を迷いなく抜ける。
瞬間、響いたのは地鳴りのような熱狂だった。
皆、フィールドと巨大モニターを見つめ、拳を振り上げて叫んでいる。
(一体、何が起きたんだ……?)
あわてて周囲を見回すアル。
彼に声をかけたのは、約束してた友人のオリバーだった。
「アルやばいぞっ! 大変なことになってるぞ!」
「一体何があったの?」
オリバーは前のめりになって言った。
「グランヴァリアの一年がすげえ! めちゃくちゃすげえんだっ!」






