34 密かに進行する事態
「進捗はどうだ、006(シックス)」
旧校舎の空き教室で、黒いマントに仮面を被ったドランは厳かな声で言った。
「すべて順調です、001(ファースト)。我が敬愛する孫バカな祖父君から、地下秘密基地建設の約束を取り付けました。武器工場への手配も順調に進んでいます。戦闘用スーツも来週には試作品をお目にかけられるかと」
「さすがだな。私は優秀な仲間に恵まれている」
「とんでもない。貴方が始めなければこんなことにはならなかった。貴方ははっきり言って頭は悪いですし、若くして生え際もひどく後退していますが――」
「やめろ。生え際はやめろ」
「失礼しました」
006(シックス)こと、クーベルは仕切り直してから言う。
「貴方は、本当に面白い人物です。一緒にいて」
「ありがとう。だが、私の力など些細なものだ。すべては、あのお方、アーヴィス氏のためを思えばのこと」
「001(ファースト)、雰囲気を出すためここはコードネームで呼ぶべきかと」
「そうだったな、私としたことが」
ドランは頭を振ってから言う。
「すべては、000(ゼロ)様のために」
「ええ。000(ゼロ)様のために」
一人の女子生徒――ソニアが部屋に入ってきたのはそのときだった。
ドラン、クーベル同様素顔が見えないよう、仮面と黒のスーツを着ている。
「001(ファースト)、006(シックス)。対象が移動を開始しました。接触するなら今かと」
「ありがとう、007(セブン)」
「職務を全うするのは当然のことよ。私は仕事と夢小説には手を抜かない主義だから」
細身でスタイルの良い007(セブン)は、歴戦の女スパイのように言った。
「では、行こう。世界を変革する力を手にするために」
「「はい、001(ファースト)」」
三人が向かった先にいたのは、Cクラスの級長を務めるウィルベル・ストロベリーだった。
「なんで私様、落選したのかしら。やっぱり手違い……?」
本気でわからない様子で首をかしげるウィルベルは、現れた黒衣の三人を見て、怪訝な顔をする。
「何か用? 誘拐なら他を当たって欲しいんだけど」
「そういうわけではない。我々は協力を要請しに来ただけだ」
ドランは仮面を外す。
「あら、Fクラスの」
意外そうに言うウィルベル。
「で、協力って?」
「我々は今、世界を救うために秘密結社を作ろうと思っている。先日、我々が戦ったような怪物を秘密裏に倒す組織だ」
「なにそれ! かっこいい!」
ウィルベルは目を輝かせて身を乗り出す。
「組織の名前は何て言うの?」
「黒の機関――我々はそう呼んでいる」
「いいわね! すごくいい!」
声を弾ませるウィルベル。
それから、咳払いして芝居じみた口調で言った。
「それで、黒の機関が私様に何の用かしら」
「世界を変革するために力を貸して欲しい。我々も貴族の御曹司ではあるが、現状使える資金では、世界を股にかける組織には到底届かない」
「なるほど、私様にスポンサーになってほしいってわけね」
「そうだ。世界で三本の指に入る大財閥、ストロベリーフィールズ財閥の令嬢、ウィルベル・ストロベリー」
「へえ、そこまで知っているのね」
「我々は世界を見通す優れた目を持っているのでね」
訳知り顔で言うドラン。
仕事の関係でたまたま知っていた父親から聞いたと言うことはもちろん口にしない。
「一つ、条件があるわ」
「条件?」
「私様を黒の機関に入れなさい」
「いいだろう。002(セカンド)のコードネームを授けよう」
「002(セカンド)……いいわね」
満足げに頬をゆるめてからウィルベルは言う。
「で、まずは何を用意すれば良いの?」
「ストロベリーフィールズ魔術研究所に、化物に対する新型兵器の製作を依頼したい。世界を守るには力がいる」
「わかったわ。すぐに手配させる」
「資金面での援助もお願いしたい。着工予定の秘密基地の製作にも協力を頼む」
「お安いご用よ。足りない資材があったら何でも言いなさい。鉄鋼業界と建材業界でも世界シェア一位の会社をうちは持ってるから」
もちろん、ウィルベルの家族が真っ当な常識を持っていれば、こんな我が儘はとても許されない。
バカなことを言うな、と怒られて終わる話だ。
しかし、ウィルベルは子供がなかなかできなかった両親がようやく授かった一人娘だった。
結果として、両親と祖父母にすさまじいレベルで溺愛されていた。
「世界を守るなんてえらいじゃないかウィルベル! 大変だ。これは平和な未来のために支援しないと」
とウィルベルの父。
「そうね! 大変だわ! 私たちも全力で支援しましょう。子供たちの未来を守るためだもの!」
身を乗り出すウィルベル母。
「大きくなったの、ウィルベル。世界を守ろうとは。なんと立派な志じゃ……」
涙を浮かべて言う祖父
「子供というのは少し目を離した隙に大きくなってるっていうのはほんとですね」
ハンカチで涙を拭う祖母。
何より、ストロベリーフィールズ家の資産は、国の一つくらい試し買い感覚で買えるくらい余剰があった。
つまるところ、ウィルベルの家族はやってしまう。
やってしまうのである。
「ありがとう! 私様、世界守れるよういっぱいがんばるから!」
にっこりと笑ってウィルベルは言った。
かくして、実家が銀行を経営している007(セブン)が作った隠し口座には莫大な量の資金が振り込まれ、秘密基地予定地には大量の建築資材が運び込まれることになる。
そして開発が進められる対悪魔用新型兵器。
事態は密かに進行している。






