33 初恋
学院代表選手は、最初に選考されたメンバーでいくことになった。
よし! 収入源守り切った!
エリス、兄様やったよ!
大勝利だよ!
「さっきはあんなこと言ってごめんなさい。私が間違ってた」
怒ってた二年の先輩――クロエさんは、
「活躍を期待してる。お願い、力を貸して」
そう僕らの手を握って言ってくれた。
どうやら、無事チームメイトとして認められた様子。
よかったよかった。
全国魔術大会は一ヶ月後に開催される。
地区予選はもう始まっているのだけど、Aランク以上の学校はシード校として予選は免除されるのだとか。
名門校いいなぁ、と思っていたのだけど、だからこそ今年のグランヴァリア王立は、最弱世代とかいろいろ悪口を言われているらしい。
世の中って単純じゃないんだなぁ、と思う。
外からはすごく恵まれてるように見えても、実際はそうでもないものなのかもしれない。
とはいえ、そんなことは僕にはどうでもいいことだ。
僕の願いは、エリスに少しでも幸せに過ごしてもらう、その一点。
毎週ささやかながらプレゼントを買っては、喜ぶエリスの顔を見て喜びに浸っている僕は、今かなり幸せだったのだけど、しかし少し気になることもある。
最近リナリーさんが僕にそっけない感じするんだよね。
『絶対私のことを好きにさせてみせるから。覚悟しておきなさい』
なんて言うから、何をされるんだろうと思っていたのに。
僕なんか悪いことしたっけな。
考えるけれどそれらしい仮説は全然見つからない。
わからぬ。女子の心がわからぬ。
ついでに言うと、この授業の内容もまったくわからぬ。
むむむ、と頭を悩ませてから、考えるのを放棄する。
いつも通り前世の僕が書いた暗号の解読しよ、と『未踏魔術書』に向かう僕だった。
◇◇◇◇◇◇◇
side:初恋王女、リナリー・エリザベート・アイオライト
やってしまった。
リナリーはその言葉を何度も何度も頭の中で繰り返している。
後悔しているのは、先日のやりとりだ。
初めて誰かを好きになって。
止まらなくなって。
勢いで告白して。
それから、変なテンションでやってしまった一連のやりとり。
『私はただ恋愛的な意味で好きだなって言ってるだけなんだから』
『私、欲張りだから欲しいものは絶対に手に入れないと気が済まないの。魔術もアーヴィスくんも、両方私のものにしてみせる』
『絶対私のことを好きにさせてみせるから。覚悟しておきなさい』
思いだしただけで、うわああああああとリナリーは頭を抱えたくなる。
一体何言っちゃってんの私!
どこにあったのよ、この謎の自信は!
『なるほど、こうやって攻めれば強いんだ、私』
強くないから!
それ舞い上がってて頭が変になってるだけだから!
「うう……」
一人の部屋でリナリーは枕に顔を埋めて、小さく唸る。
もちろん、言った言葉はすべて本音だ。
押して押して押しまくると言ったのも、欲しいと思ったものは手に入れるため全力を尽くす、私の信条的にはすごく正しい。
正しいのだけど……。
(変な子って思われたかも。ひかれちゃってたらどうしよう……)
問題はそこだった。
それが怖くて、うまく話せない。
どうしても、無難に、普通に、と意識しすぎちゃうというか。
嫌われたくない、失敗したくないって気持ちが強くなってしまう。
(アーヴィスくんは私のことをどう思ってるんだろう)
ただの同級生なんだろうか。
それとも、仲の良い友達とか。
あるいは、ちょっと私のこと気になってたり――
ばんばんとベッドを叩いてから、枕に顔を押しつけるリナリー。
形の良い耳は、林檎みたいに真っ赤に染まっている。
(な、ないって。それはないわ。さすがに都合良く考えすぎよ)
リナリーは深呼吸して心を落ち着かせる。
ふと、目に映ったのは、アーヴィスがくれた手作りのぬいぐるみだった。
美しい調度品が並ぶその中で、黄金の陶器と水晶を加工して作られた天球儀の間にそれは座っている。
不格好でへたくそなぬいぐるみ。
それがどうして、こんなにも愛らしく思えるのだろう。
リナリーはぬいぐるみを抱えて、ベッドに背中を預ける。
ふわふわの小さな身体と、ボタンで作られた目をじっと見つめる。
「手作りのプレゼントくれるんだもの。嫌われてはないよね?」
首の後ろを押すと、ぬいぐるみはこくんとうなずいてくれた。
(明日は! 明日は、もっといっぱい話しかけよう)
リナリーは決意する。
(私らしく、押して押して押しまくってつかみ取る!)
そして迎えた翌日!
リナリーはアーヴィスに話しかけられなかったッ!
「うう……いつから私はこんなにへたれになっちゃったのよ……」
力無くベッドに横になるリナリー。
しかし、今日に関しては私以外にも原因があると主張したい。
(アーヴィスくん、クラスメイトにものすごく慕われてて、中々一人になるタイミングがないし。最近は代表選手の先輩たちも話をしにきてること多いし)
先輩たちも、史上初めてFクラスで対抗戦優勝を果たした後輩に興味があるのだろう。
全国魔術大会も近いし、少しでも交流してお互いを知り、試合で連携を取りやすくしてるのもわかるのだけど。
(……アーヴィスくんが女子の先輩と話してるのを見るとちょっともやもやするというか)
自分の中にあるそんな本音に、リナリーはため息を吐く。
(いつからこんな嫌な子になっちゃったんだろう。嫉妬なんてしてもいいことなんて一つもないのに)
弱い自分が情けない。
こんな自分がいるなんて、恋をするまで知らなかった。
(誘拐事件以降、登校中に寄り道するのは禁止されてるから、寮にも迎えに行けないし。昼休みも代表選手ミーティングがあるから二人で食べられないし……)
すべてが自分に意地悪をしようとしているみたいに感じられた。
(とにかく、明日よ! 明日こそ絶対に話しかける!)
翌朝、リナリーはいつもより早く起きた。
普段よりしっかり時間をかけ、少しでもかわいくなろうと鏡とにらめっこする。
話す話題も考えておかないといけない。
幸い、リナリーはアーヴィスの好みを十分以上に把握していた。
(とりあえず妹さんのことね。あとはもやしの育て方教えてって言えば、間違いないはず)
作戦は完璧。
どの角度から見ても寸分の隙も無い。
万全の準備を整えられたことに満足しつつ、リナリーは登校してFクラスに向かった。
「アーヴィス氏は、今日お休みのようです。なんでも、妹君が熱を出したとのことで」
「…………」
ついてない。
本当についてない。
リナリーは落胆する自分から目を背けるように、魔術の勉強に打ち込んだ。
時間の流れはやけにゆっくりと感じられた。
大好きな魔術も、なぜかいつもほど面白いとは思えなかった。
代表選手での戦闘演習では、最高撃破数を記録してみんなに褒めてもらえて。
うれしいけれど、やっぱりちょっと物足りなくて。
残って勉強をしていた放課後の教室。
カーテンの隙間から射し込む茜色の夕日。
リナリーは向き合っていた魔導書を閉じてため息を吐く。
「会いたいな……」
「誰に?」
不意にすぐそばで声がして、リナリーは椅子を倒して後ずさった。
何をしても隙が無い完璧な優等生であるはずのリナリーが動揺したのは、
それが好きな人の声だったから。
「あ、あああアーヴィスくん!? なんで!?」
「なんでって、エメリ先生に今月分のお金もらいに来ただけだけど」
「そ、そうなんだ」
「うん。エリスの熱も下がったしね」
ほっとした様子で言うアーヴィス。
本当に妹さんが大切なんだ、と思う。
どうしてだろう?
その横顔を見ているだけで、こんなにもうれしくなってしまうのは。
声を聞いただけで、ここ数日の頭を悩ませていたもやもやが、最初からなかったみたいになくなってしまうのは。
「ん? どうかした?」
首をかしげるアーヴィスに、リナリーの頬は緩む。
私はこの人が好きなんだな。
そう思った。
いや、思うだけじゃいけない。
思いはちゃんと言葉に出して伝えないと。
「ううん。ただアーヴィスくんのことが好きだなって」
内心の動揺を押し殺してそう言うと、彼は顔を赤くしてそっぽを向いた。
照れてる。
アーヴィスくんかわいい。
そういう反応してくれるってことは、まったく脈がないってわけでもないはずだよね?
そう思うと、自然と期待に胸は弾んだ。
さあ、これから何を話そう。
話題の準備は万全だし、それ以外にも話したいことはたくさんある。
「そうだ、アーヴィスくん。今日ね、代表選手の模擬戦があって――」
窓から射し込む夕日は、なぜかさっきよりもずっと綺麗に見えた。