32 一年生VS二・三年生 2
この戦いの目的は、一年生の実力を示すこと。
つまり、罠による奇襲ではなく正攻法で戦う必要がある。
「上級生チームは正面の丘を取りに来ると思う。ここは取らせていい。本隊は正面の道を進軍。遠距離から魔術を撃って牽制する」
「遠距離での魔術戦闘だと、高低差がある分苦戦する可能性もあるけど」
レオンの言葉に僕はうなずく。
「うん。だからあまり近づきすぎないように。有効打をもらわないよう距離を取って。こちらも、有効打を与える必要は無い。本隊はあくまで囮だから」
地面に描いた作戦図に、僕は新しい線を付け足す。
「本命はこっち。右側の森から別働隊が背後を取って強襲する。機動力が大事になるね。できれば、向こうがそんなに早く回り込めるわけないって考えるタイミングで攻撃を開始したいから」
話し合いの結果、別働隊は僕とリナリーさんに決定する。本隊の指揮はイヴさん。レオンがその補佐をする。
大将はイヴさんにお願いすることにした。Sクラス生が多いわけで、そっちの方が波風立てずに済むだろうし。
「あと、まずい状況になったら全員森に逃げて。自陣のフィールド端まで退避。そのあと罠張りまくってゲリラ戦術に切り替える」
「今回は正攻法でいくんじゃないのかい?」
「お金のためなら手段を選ばないのが僕のスタイルだから」
「やっぱり面白いね、君は」
微笑むレオン。
「よし。それじゃ、作戦開始」
開戦を告げる鐘と共に、僕はリナリーさんと森の中を走った。
◇◇◇◇◇◇◇
side:二・三年チーム大将、クロエ・パステラレイン
「クロエ隊長、丘の確保に成功しました」
「了解です、ありがとうございます」
取り合いになるかと思われた高台は、意外なほどあっさりと取ることができた。
「やれやれ、高台が要所であることもわからないとは」
そう肩をすくめる上級生もいたが、
(そんなはずはない。彼らは、ここが要所であることを心得ている。あえて取らせた? どうして?)
考えるクロエ。
最前線に立つ男子学生が言ったのはそのときだった。
「敵本隊発見しました。正面の道をこちらへ前進中」
クロエは前に出て敵本隊を見つめる。
水魔術でレンズを作り望遠鏡の要領で光を屈折させる。
遠見の水魔術。
遠くに見える彼らの姿を、クロエははっきりと捉えていた。
(アーヴィスって子と王女はいない。二人で奇襲する作戦かしら)
「レナード、ネイト。周囲の警戒をお願いします」
「背後は必要ないですよね。まだ回り込めるはずありませんし」
一瞬クロエは判断に迷う。
レナードの言葉は正しい。だが、アーヴィスという名の彼が本当に噂通り凄腕なら、そんな常識さえ覆してくる可能性がある。
「念のため、背後の警戒もお願いします。まだ敵の全貌が見えていない以上、安易な楽観は危険ですから」
「了解しました」
まずは、後手に回らないようしっかり敵を見定めよう。
代表選手での模擬戦では、大将としてフィオナと戦うことも多いだけあってクロエは冷静だった。
警戒網には、非の打ち所がなく、いかなる奇襲にも対応できる。
そのはずだった。
そのはずだったのだ。
瞬間、響いたのは轟音。
大地が激しく揺れ、クロエはよろめく。
巻き上がる砂煙。
顔を上げたクロエの目の前にあったのは、巨大な氷の塊だった。
「え……?」
一体何が起きたのか。
理解が追いつくその前に、もう二発目の炸裂音が響いている。
「氷の隕石です! 氷の隕石が空から!」
巨大な影が一瞬クロエを横切る。
空を見上げたクロエは、あまりの光景に呆然とした。
隕石のように巨大な氷の塊が無数に空から落ちてくる。
(どうして……!? いくらヴァレンシュタイン家の最高傑作と言ったって、あの距離から攻撃するなんて不可能なはず――)
そこで気づいた。
普通では届かない攻撃なら、
他の何かで支援して届くようにすればいい。
「風使い……!! グランヴァリアの暴風……!!」
マークするのを忘れていた。
中等部時代、『雷帝』と共に全国大会で活躍し、『グランヴァリアの暴風』と呼ばれた神童、
レオン・フィオルダート。
「クロエ隊長!? このままでは持ちません!」
「落ち着いてください。正確に狙いをつけているわけではありません。あくまで、適当に撃っているだけです。精度は低い」
「しかし、このままでは被害も!」
その通りだった。
速やかに、この丘から離れないといけない。
後退しよう。
そう考えたクロエの頭を過ぎったのは一つの可能性だった。
おそらく、奇襲しようと森を進んでいるのであろう『Fクラスの怪物』と『雷帝』はいない。
つまり敵陣は今、クイーンとルークを欠いている。
(遠距離での撃ち合いでは分が悪い。だったら……!!)
戦力を集中し、接近戦で一気にキングを倒す。
クロエの決断は早かった。
「全軍前へ! 丘を駆け下りて、一気に大将の首を取ります!」
そしてクロエが起動したのは水と氷の魔術。
水と氷の二属性を高い次元で使いこなすことができる。
それが、クロエの持つ常人とは違う類い希な資質だった。
丘の斜面に水を薄く広げて、凍りつかせる。
あっという間にそこは、天然のスケートリンクになった。
そして、上級生たちはクロエのその技と戦術を熟知している。
躊躇いなく、氷上に飛び込み、丘を滑り下りる上級生たち。
斜面をすさまじい速さで滑走して間合いを詰める。
『氷雪姫』と、『暴風』は超遠距離攻撃に集中していたため、一瞬反応が遅れる。
同じく不意を突かれた他の一年生に上級生の集中砲火に撃ち勝つだけの力はなかった。
「やりました! 敵後退! 我々の強襲に不意を突かれたようです!」
周囲のチームメイトから歓声が上がる。
クロエは鋭い声で言った。
「勝負はここからです! 逃がしてはなりません! 絶対にここでとどめを刺すのです!」
勢いそのまま、高速でスケートリンクと化した地面の上を滑走する上級生チーム。
あっという間に縮まっていく距離。
一年生は一人、また一人と脱落していく。
(これで数的有利! 勝てる!)
なんとか大将を守ろうとする一年生たちが次々と戦場から脱落する中、大将である『氷雪姫』は攻撃を防ごうと氷魔術を唱える。
「――氷の巨壁」
瞬間、目の前に現れたのは巨大な氷の壁。
「こんな巨大な壁を一瞬で……!?」
言葉を失うチームメイトをクロエは叱咤する。
「攻撃を集中すれば突破できます! 今有利なのはこちらです!」
それは事実だった。
途方もない才能がないと作ることはできない氷の巨壁も、相性の良い炎魔術を集中すれば、穴を開けることはできる。
最弱世代と呼ばれてきた彼らだが、それでもAランク校の代表選手。天才の中の天才であることには違いなかった。
(よし! 突破した! あとは大将にとどめを刺すだけ……!!)
しかし、クロエは気づいていなかった。
イヴ・ヴァレンシュタインの目的が、あくまで時間を稼ぐことだったこと。
そして、既に必要な時間は稼げていたことに。
『迸る閃光と雷鳴』
瞬間、強烈な閃光が視界を塗りつぶす。
落雷を目の前で見たかのような錯覚。
否、それは錯覚ではない。
炸裂したのは目にも止まらぬ速さの雷撃。
目を開けたとき、そこにあったのは黒く焦げついた地面の裂け目。
近くにいた三人が瞬きの間に消失して、クロエは言葉を失った。
(で、でたらめすぎる……)
目の前の光景が信じられなかった。
(ここまで強力な魔術なんて、既にAクラス校のエースレベルじゃ……)
誰よりも学院最強のフィオナ・リートを見ているクロエだからこそわかった。
この少女は、既にフィオ先輩と肩を並べる域に達している。
(なんて才能……まだ入学して三ヶ月の一年だというのに)
しかし、化物は一人ではなかった。
『氷の世界』
大将の首を取ろうと、駆け寄っていた三人の上級生が一瞬で凍りつく。
空気が液体化し、青く染まった世界にクロエは瞬きを忘れる。
(こんな化物が二人も……)
見誤っていた。
クロエははっきりそう自覚した。
双璧と呼ばれていた二人の一年は、どちらもとんでもない怪物。
今まで見てきた誰よりも強烈な才能。
しかしそれなら、と思う。
それなら、
この二人を一人で倒して、Fクラスを優勝に導いたアーヴィスという子は一体何者なのか。
その答えは既に、クロエのすぐ後ろにあった。
少年は、三人の上級生を同時に殴り飛ばして脱落させ、クロエにとどめをさそうと疾駆している。
ああ、間に合わない。
かわせない。
クロエは悟る。
今まで見たどれとも違う異質な魔術。
今の自分では、強さを計ることさえできない圧倒的強さ。
拳が炸裂する。
気づいたときにはもう、クロエの身体は宙に舞っている。
魔術戦用安全装置が、身体を転移させるのを感じながら、その心は敗者のそれとは思えないほど晴れやかだった。
(この子たちがいれば、フィオ先輩を、聖地ウェンブリーに連れて行けるかもしれない……!!)
長い長い暗闇の先、見つけたのは希望の光だった。






