31 一年生VS二・三年生
「納得いきません! どうして一年がこんなに多いんですか」
選ばれた代表選手が集まっている中、言ったのは二年の先輩だった。
ポニーテールをリボンでまとめた彼女は、代表選手団の顧問を務めるヘルマン先生に詰め寄っている。
「まあまあ、落ち着いてクロエさん」
「一年が九人も代表に選ばれる。こんなことは前代未聞です。一人選ばれるだけでも異例なことなんですよ」
「実力を公平に判断した結果だけど」
「そうは思えません!」
クロエという名の先輩は、強い口調で言う。
「ヘルマン先生は、一年でSクラスの担任をしてますよね」
「してるね」
「贔屓してるのではありませんか。自分の受け持っている生徒が活躍すれば先生の評価も上がる」
「興味深い考察だ」
苦笑する先生。
「あるいは、有望株が多いと評価が高い一年に経験を積ませようとしているのかもしれません。しかし、だからって今年結果を求めて最善を尽くさないのは間違っています! フィオ先輩は、今年が最後なのに……」
先輩は、先生に詰め寄って続ける。
「お願いします。今年勝つための選考をしてください」
「言っただろう。俺はちゃんと今年勝つために選考しているよ」
「そう思えないから言っているんです」
「だったら、試してみるかい?」
先生は微笑んで言った。
「ここにいる一年生と二・三年生で試合をして、どちらが上か比べてみるというのはどうかな」
「先生は一年が私たちに勝つと言うんですか」
「うん。もちろん、学院最強の三年生、フィオナ・リートはアイオライト代表合宿から帰って来てないから、純粋に上級生の方が弱いとは言えないけどね」
先生の言葉は、集まっていた先輩たちを刺激するのに十分すぎるくらいの影響力を持っていた。
……先輩たちの目が怖いんだけど、ねえ。
「なら、約束してください。私たちが勝ったら、選考をやり直すと」
「ああ、構わないよ」
選考のやり直し。
その言葉に、先輩たちはますますやる気の様子。
どうやら、不満があったのはクロエさんだけではなかったようだ。
それもそうか。一年の担任をしている先生が、やたら一年が多い選手選考をすれば、上級生からすると悪く見えても仕方ない。
「というわけなんだけど、模擬戦してもらっていいかな」
ヘルマン先生が僕らを見て言う。
「望むところです。是非試合させてください」
前のめりになって言ったのは、リナリーさんだった。
魔術大好きリナリーさんの瞳は、『戦いたい。今すぐ戦わせろ』と言わんばかり。
『チャンス! ここで先輩を倒して、レギュラーの座を勝ち取ってやるんだから!』
とか思ってるんだろうなぁ。
王女なのに、その実戦闘民族なリナリーさんである。
誰かに袖を引かれたのはそのときだった。
視線を落とすと、イヴさんが透き通った瞳で僕を見上げている。
「あなたは出る?」
「僕? 出るつもりだけど」
「ならわたしも出る。友達だから」
「うん、がんばろう」
「がんばる」
一年生は全員が出場に同意した。
人数は少ない一年に合わせて九対九。二・三年生は、選考されたメンバーの中で上から順番にメンバーを選んだ。
僕らを叩きつぶして、選考をやり直しにしようという魂胆だろう。
しかし、選考をやり直すと言うなら、僕も黙ってはいられない。
そもそも大会に出られなければ、エメリ先生が約束してくれた報酬も受け取れないことになってしまう。
『一勝ごとに十万アイオライト。ベスト8以降は二十万アイオライト』
金は命より重い。
もらえるお金を守るためなら、僕は躊躇うことなく修羅になる。
エリス、兄様がんばるからね!
こうして、一年生対二・三年生の試合が決定したのだった。
「で、作戦はどうする、アーヴィス?」
レオンの言葉に、僕は目を丸くした。
「僕に言ってる?」
「そうだけど」
「僕よりもSクラスの人に聞いた方がいいんじゃないかな。リナリーさんとか」
「私?」
リナリーさんは自分を指さす。
「あー、ダメダメ。私は一人でも多く上級生を倒して評価を上げようってことしか考えてないから」
そうだった。
この人こういう人だった。
「じゃあ、イヴさんとか」
「わたしは決勝で負けた身。それに、作戦を立てることにおいてはアーヴィスの方が上手」
「悔しいが、たしかに俺たちよりお前の方がうまいかもな」
Sクラスの男子が同意する。
Fクラスの僕にそこまで言ってくれるなんて。
そんなに評価してもらえてると思ってなくてちょっとびっくり。
「わかった。じゃあ、こういう作戦で――」
◇◇◇◇◇◇◇
side:代表選手二年、クロエ・パステラレイン
その日、学院代表選手として集められた仲間を見て、クロエは愕然とすることになった。
どうしてこんなに一年が多いのか。
そして、どうして三年がこんなに少ないのか。
その事実は、クロエに一つの疑念を抱かせた。
学院は、今年の魔術大会を育成に使おうとしているのではないか、と。
今年の三年生が学院内外であまり評価されていない。
各地で有望な中等部の生徒をスカウトしたものの、伸び悩んだ生徒が多かったのだ。期待通りの成長を見せたのはフィオナ・リートただ一人。
フィオナ一人さえ気をつけていれば、どうにでもなるワンマンチーム。
それが、今年のグランヴァリア王立魔術学院に対する評価だった。
同じ地区のBランク魔術学院が、下克上のチャンスだと息巻いているなんて話もよく聞く。
実際、春の大会でグランヴァリア魔術学院はBランク校に波乱の敗北を喫していた。
必然、エースであるフィオナ・リートに対する評価も以前より低いものになっている。
『今年のグランヴァリアはダメだな』
『落ちるところまで落ちたものだ。もうBランクに落とした方が良いんじゃないか』
『フィオナ? 所詮は最弱世代のエースだろう? フォイエルバッハなら代表選手にもなれないさ』
そんな侮蔑の言葉に、クロエは拳を握りしめずにはいられない。
何も知らないくせに。
フィオ先輩が、どんなにがんばってるか。
のしかかる責任に押しつぶされそうになりながら、あの人は必死で戦っているのに。
せめて、私だけは味方でいてあげないと、と思う。
一年の頃、才能に驕って孤立していた私に毎日声をかけてくれて、心の氷を解かしてくれたフィオ先輩。
その存在が、私にとってどれだけありがたかったか。救われたか。
何も知らないくせに。
知らないくせに。
(フィオ先輩の最後の大会なんだ。絶対に、捨てさせなんてしない。学院の思惑なんて知ったことか。今最強のメンバーを選び直させてやる)
最弱の世代と言われる今の三年だが、それでも戦力になり得る人材は多くいる。
育成のため選ばれた一年よりは、まだその方が役に立つはず。
(絶対に勝つ。勝って、少しでもフィオ先輩が戦いやすい環境を作るんだ……!!)
上級生チームの指揮は、クロエに任された。
二年で一番の実力者であるクロエは、フィオナに次ぐ校内二番目の実力者と目されている。
入学直後は苦戦したものの、今ではフィオナの右腕として皆に認められる地位を築いていた。
Bランク校との試合でも、クロエの活躍には光るものがあったのだ。
もっとも、絶対的エースのフィオナとクロエ以外は、伸び盛りのBランク校生に、はっきり質で劣っていたのだが……。
「警戒すべきは、三人です。まずは一年で双璧と言われてる『電撃王女』と『氷雪姫』 二人とも中等部の頃から有名だった子たちだからそれなりに力があるのは間違いありません。しかし、所詮はクラス対抗戦で優勝できなかった子たちです。噂ほど実力があるとは思えない」
クロエの言葉に、うなずく上級生たち。
「最も警戒すべきは、Fクラスから選ばれた『一年最強の劣等生』です」
その言葉に、上級生たちは息を呑む。
「あの、Fクラスでありながらクラス対抗戦を制したと噂の……」
「そうです。六大原質以外の魔術を使い、前代未聞の下克上を実現させた化物。決勝では、『電撃王女』と『氷雪姫』、その両方を一人で倒したと聞きました」
「あの二人をひ、一人で……」
ふるえる声で一人の上級生が言う。
彼は知っているのだ。それが、どれだけ異常なことかを。
「問題ありません。二人がそれだけ伸び悩んでるというだけのこと。しかし、このアーヴィスって一年だけは仕事をさせないよう絶対に押さえ込む必要があります。『Fクラス生から圧倒的な信頼を集める変人たちの王』とか、『勝利のためなら手段を選ばない腐れ外道』とか、『排水溝に落ちた小銭を拾うのに一時間かける男』とか、いろいろ変なあだ名もあるみたいですが、おそらく嫉妬でしょうね。本当に優秀な魔術師なのだと思います。あのエメリ先生が連れてきたって言いますし」
クロエは集合場所で初めて見たその姿を思い浮かべる。
その存在に少し期待している。
(Fクラスを優勝させた彼なら、もしかしたら私たちのことも)
夢物語なのはわかっている。
全国魔術大会は、天才が一人入ったところで勝てるような甘い世界じゃない。
その事実を、痛いほどクロエは知っている。
だってそうでないと、将来を約束されていたはずの自分たちがBランク校に負けるなんてありえないはずで。
それでも、期待せずにはいられない自分がいる。
彼がいれば、フィオ先輩を聖地ウェンブリー・フィールドへ連れて行けるかもしれない。
『今年の決勝はウェンブリーで行われる。わたし、実はあそこで試合するのが小さい頃から夢なんだ。小さい頃から寝る前にはずっとウェンブリーに立つ妄想しててね。あそこで戦って――勝って優勝したい』
一人で抱え込む癖がある先輩が、私だけに打ち明けてくれた夢を、叶えてあげられるかもしれない。
ここで見極めないと。
彼が本物かどうかを。
(フィオ先輩、絶対に敗者として引退なんてさせませんから)
クロエは心の中で呟く。
演習場に布陣した生徒たちに、開戦を告げる鐘が鳴り響いた。






