29 告白
爆発炎上して倒れた悪魔を見て、僕はほっと息を吐く。
結果的には圧勝だったが、正直かなり厳しい戦いだった。
僕が抱えていた弱点は二つ。
一つは、遠距離攻撃できる魔術に対し、かわす以外の対抗策を持たないこと。
もう一つは、人質であるリナリーさんのことだった。
つまり、リナリーさんを魔術で狙われたら、僕は身を挺して庇う以外守る手段がなかったわけだ。
だからこそ、接近戦に持ち込み。見るからに高そうなプライドを刺激して、周りが見えなくなるよう誘導したわけだけど。
「なんだよ、あの第二形態みたいなやつ。聞いてねえよ」
そういうのは、バトルものの小説の中だけにしてほしい。
僕が止めてなかったら、あの一帯すべて粉微塵にするくらいの力あったし。大災害だよ、大災害。止めた僕を国は表彰するべきだから。マジで。
爆発させるのも、ちゃんと被害が広がらないよう考えて、他と離れた区画にある工場までがんばって誘導したんだからな。
なんという気遣い。これ絶対褒めるべきだよ、みんな!
僕褒められるの待ってるよ!
心の中で褒められ待ちをしつつ、黒焦げになって気絶した悪魔から手錠の鍵を回収してリナリーさんの元へ。
戻ってきた僕を見てリナリーさんはほっと息を吐いた。
「良かった。本当に良かった……」
「待ってて。すぐ手錠外すから」
リナリーさんの顔には疲れの色がある。
当然か。昨夜から拘束されているのだから。劣悪な環境に加えて、恐怖もある。消耗していない方がおかしい。
早く手錠を外して、ゆっくり休めるところに連れて行かないと。
……って、あれ?
景気よく吹っ飛ばしすぎて鍵ちょっと変形してない?
あ、開かなかったらどうしよう。
これくらいなら大丈夫だとは思うんだけど……。
最悪、最初から変形してたことにしよう。
全部悪魔のせいってことで。
よし、記憶消去! 僕何もしてない! おけい!
こっそり悪魔に全責任を押しつけた僕に、世間話みたいにリナリーさんは言った。
「ねえ、アーヴィスくんは好きなものってある?」
「好きなもの?」
「うん。休みの日欠かさずやることとか、見ているだけで幸せになっちゃうもの」
どうしたんだろう、いきなり。
手錠と格闘中の僕が焦らず済むよう、気遣って話を振ってくれたんだろうか。
こういうとこ気遣い屋で優しい人なんだよな。
疲れているはずなのに。無理することないのに。
「そりゃなんと言ってもエリスだね。エリスがいるだけで貧乏でごはんなくても『ああ僕幸せだなぁ』ってなるから。最近はエリスにプレゼントするのにはまりそうでさ。この前、おもちゃのピアノ買ってあげたらめちゃくちゃよろこんでくれてさ。これはもっといろいろ買ってあげなきゃって」
「妹さんのことほんと好きよね、アーヴィスくん」
「僕の生きる理由そのものみたいなところあるから」
リナリーさんは小さい声で「うらやましい」と言った。
「私って、魔術以外に好きなものないの。魔術に集中するには無い方がいいだろうって、なるべく作らないように生きてきたから」
「ストイックなのはリナリーさんのいいところだと思うよ」
「でもね。最近一つだけ好きなものができた。どんなに我慢しようとしても我慢できなくて。考えないようにしてるのに、もっともっと好きになる。もうどうしようもないの。どうしようもなく好きなの」
好きなもの。
リナリーさんがそんなに熱っぽく言うのが意外だった。
「そうなんだ」
「何が好きだと思う?」
リナリーさんは伺うように僕を見上げた。
長いまつげ、熱っぽい瞳、かすかに聞こえる息づかい。
僕はうっかり勘違いしそうになる。
この子は僕のことが好きなのではないか、と。
しかし、女子と関わった経験に乏しい僕にも知っていることがある。
男のこういうのは大体勘違いなのだ。
教室でよく目が合う気がするだけで『あの子、俺のこと好きなんじゃ』なんて思うのは基本的に勘違いだと思って間違いない。
それでその気になって告白なんてした日には、「え? 嘘……キモ」とか言われるのだ。
とある地元の友人が心に深い傷を負うのを誰よりも間近で見た僕は知っている。
「わかった! 魔術戦賭博だ」
「……なんで私が賭博しないといけないのよ」
「貴族の嗜みかなって」
「残念、ハズレ」
リナリーさんはため息を吐いて言う。
「正解はもっともっと素敵なものなの。みんなは気づいてないかもしれないけど私は知ってる。一見冴えないけど実はすごくかっこよくて、家族思いでやさしくて。もやしを異常なまでに信頼してる変なところもかわいく思えてくるくらいその人のことなら何でも好きになっちゃえそうな、好きな人」
それから、僕を見つめて言った。
「私、貴方が好きよ」
生まれて初めて告白をされた。
その事実に、僕は激しく動揺することになった。
え!? リナリーさん僕のこと好きなの!?
恋愛なんて全然興味ないみたいなこと言ってなかった?
偽の恋人やる内にその気になっちゃったってことだろうか。
ラブコメの定番パターンに見事はまってんな、おい。
学院一の美少女第二王女なんて言われるリナリーさんに告白などされて、女っ気がない人生を送ってきた僕が舞い上がらないわけがない。
きたー!!
人生初告白っ!
彼女いない歴=年齢卒業!
前世から続く悲しみの歴史に遂に終止符打ったよ!
やったよ前世の僕!
浮かれて、にやにやして、好きと言ってもらえたのがすごくうれしくて。
だけど、散々浮かれに浮かれた後、突き当たったのは一つの現実だった。
エリスは一日のほとんどをベッドの上で過ごしていて、目も見えなくて。
なのに、僕だけが幸せになって良いのだろうか。
まだ手術代だって半分も稼げていないのに。
目が見えず生まれつき病弱な妹を幸せにすることが、僕が自分のすべてを捧げて絶対に叶えたい、『叶えないといけない』生きる理由で。
だから、リナリーさんの気持ちには――応えられない。
そう伝えた僕に、リナリーさんはあっさりと言った。
「ああ、大丈夫。知ってるから」
「え?」
「アーヴィスくんが妹さんを何より大切に思ってるの、私は知ってる。今は私のことを恋愛的な意味で好きじゃないってこともわかってる。だからそもそも付き合うとか期待してないし、その意味であれは告白ではないの」
「告白じゃない?」
「うん。ただ思ってることを口にしただけ」
リナリーさんは、
「勘違いした?」
といたずらっぽく笑う。
「……好きだと思ってるなら勘違いではないのでは?」
「勘違いよ。そういう人を自意識過剰って言うの。私はただ恋愛的な意味で好きだなって言ってるだけなんだから」
「何が何なのかわからなくなってきたんだけど」
「私は貴方が好き。それだけわかってればいいんじゃない?」
くすりと笑ってリナリーさんは言う。
「アーヴィスくん、顔真っ赤。なるほど、こうやって攻めれば強いんだ、私」
「ぼ、僕としてはほどほどにしてくれると助かるんですけど」
「ダメ。アーヴィスくんが私を意識せずにはいられなくなるまで、押して押して押しまくるつもりだから。私、欲張りだから欲しいものは絶対に手に入れないと気が済まないの。一流の魔術師になる夢もアーヴィスくんも、両方私のものにして見せる」
そして、僕をぴしっと指さして言った。
「絶対私のことを好きにさせてやるんだから。覚悟しておきなさい」
そう宣言するリナリーさんは、夏の太陽みたいに眩しかった。