27 魔術師の腕
「Fクラス7班とSクラス11班は第12地区の南側。Aクラス2班とCクラス14班は第13地区の西側をお願い」
エインズワースさんが用意してくれた悪魔を探知する魔道具を配って、みんなを地域ごとに振り分けていく。
捜索が開始されて、しかし有力な手がかりはなかなか得られなかった。
時間だけが刻一刻と過ぎていく。
焦りが募る。
「落ち着いて報告を待ちましょう、隊長」
「わかってる」
「大丈夫です、必ず見つかります」
「ありがとう」
そう口では言いつつも、しかし心は騒いで落ち着かない。
思っているよりも、僕にとってリナリーさんは大切な存在になっているみたいだった。
罰ゲームで偽の恋人同士になって。
毎日お弁当を作ってくれて。
スラム育ちの僕とは身分違いの王女様なのに、対等に目線を合わせて付き合ってくれて。
失いたくない大切な友達。
それが、僕にとってのリナリーさんだ。
エリスのことが第一義なのはまったく変わらないけれど、エリスを守ってまだ余力があるなら全力で助けたいと思う。思ってしまう。
自分が思うより僕は欲張りなのかもしれない。
『こちらレオン。一つ仮説があるんだけどいいかな』
旧校舎の秘密基地で待機する僕とドランの元へ通信魔術が入る。
「仮説?」
『第十七地区の北には、廃工場地帯がある。今では誰も立ち寄らないうち捨てられた場所。悪魔が身を隠すにはぴったりだと思わないかな』
「廃工場地帯……」
僕は、図書館から借りてきた王都の地図を広げる。第十七地区の半分近くを占める大工場地帯だった場所は、たしかに悪魔が潜伏するのに適しているように思えた。
「ドラン、近くの捜索隊に指示を」
「はい、隊長。Sクラス1班、4班、9班、13班。Aクラス3班、5班、Cクラス1班、2班。至急捜査を頼みたい。どうぞ」
『Sクラス1班、既に向かっている』
『Cクラス1班もよ。みんな、私様たちに遅れず着いてきなさい』
戦力を集中しての廃工場地帯捜索が成果を上げるまでに、時間はかからなかった。
『こちらSクラス1班、イヴ。北のエリアでガラス玉の変色を確認』
「さすがイヴさん! よく見つけてくれた!」
『あとでいっぱい褒めてほしい』
「うん、褒める。いっぱい褒める」
『楽しみ』
淡々としたトーンが、尚更うれしそうに聞こえるイヴさんだった。
「まだ手は出さないように。周囲の班も徹底して欲しい。踏み込むのは危険だから」
『わかってる』
返事を確認してから、僕は立ち上がる。
「僕も現場に向かう。ドラン、後を頼む」
「はい、隊長」
僕は全速力で現場へ向かう。
どうか。
どうか、無事でいますように。
◇◇◇◇◇◇◇
side:人質、リナリー・エリザベート・アイオライト
リナリーは、両手と両脚を手錠で固定され拘束されていた。
魔術が使えないことから、抗魔石で作られた手錠だろうと推測する。
『魔術師殺し』とも呼ばれる、触れている者の魔術を使えなくする特殊な鉱石だ。
魔術を封じられ、身動きできないよう拘束されていても、リナリーの心は落ち着いていた。
それは、相対的な強さには関係なく、彼女自身の芯の強さゆえ。
周囲のすべてに逆らって、魔術師を目指すと決めたのだ。
このくらいで揺らぐような弱い自分はとっくの昔に捨てている。
(そう。なりたい自分になるために、強くなったはずだったんだけどね)
リナリーはここ数日の自分を思いだしてため息を吐く。
別人みたいに動揺して、混乱して、逃げることしかできなくて。
あんな自分がいたなんて知らなかった。
(好きな人ができて戸惑うなんて、私には縁が無いことだと思ってたのに……)
逃げる自分を見る彼の困った顔を思いだすたび、リナリーは申し訳なくてたまらない気持ちになる。
情けなくて、恥ずかしくて。何度夜の枕元でばたばたしたことか。
(なんでこんなに好きになっちゃったんだろう)
冴えない男の子としか思ってなかったはずなのに。
初めて仲良くなった男子だからだろうか。
ほんと、自分でもどうかしてると思う。
(いけないいけない。今は脱出するためにできることを考えないと)
リナリーは周囲を見回す。
しかし、支柱に手錠で固定された状態で彼女にできることは何もなかった。
想定し得る手段をあらかじめ潰すくらいの配慮を、彼らは十分すぎるくらいに持ち合わせている。
(一体何者なの……?)
様子をうかがうリナリー。一人の男が部屋に入ってきたのはそのときだった。
「これはこれは。ご機嫌いかがですか、王女様」
「良いとは口が裂けても言えないわね。貴方に電流を流して消し炭に変えられたら、少しは気分も晴れると思うんだけど」
「おやおや、こわいこわい」
男は、冗談っぽく微笑んで言う。
上品で綺麗な顔立ちの男だった。
年齢はわからない。十代のようにも見えるし、二十代のようにも見える。
人間離れした美貌は、同時に近づいてはいけない不気味さを併せ持っている。
「先ほど、最初の交渉が終わりました。アイオライト王家は我々の要求を一部しか飲みませんでした。残念ながら。本当に残念ながら」
男は芝居がかった仕草で肩を落とす。
「すべては我々の落ち度です。彼らはまだ自分たちがどういう相手と交渉しているのか、理解できていないのでしょう」
男が取り出したのは、身体を断裁する道具――ギロチン。
「だから私たちはそれを彼らに教えてあげないといけない」
ぞっとするほど冷ややかな声で言った。
「これから、貴方の手足を二本切断します。我々の本気を示すために」
リナリーの背筋を冷たいものがつたう。
男はにっこりと微笑む。
「どこを切るか選んで良いですよ。私は優しいので」
リナリーは、少しの間押し黙ってから言った。
「……脚にして。両脚。それでお願い」
「ほう。それはどうしてですか」
「理由なんてないわ。なんとなくよ」
リナリーは内心の緊張を押さえ込んで言う。
「ほら、どうしたの。早く切ったら」
「今回の計画を実行に移すにあたって、貴方のことも調べさせていただきました。何でも、魔術師になりたくて周囲の反対を押し切って魔術学院に通っているとか」
「それがどうかした」
「腕を切られたら、魔術式が書けなくなる。だから腕を守ろうとしているのではないですか」
その言葉は、彼女が隠そうとしていたことを余すところなく言い当てていた。
(……もう隠しても無駄、か)
「そうよ。その通り。だから腕は切らないでほしい」
「そうですか」
男はにっこりを目を細める。
「では、腕を切ることにしましょう」
「………………え?」
リナリーの心は監禁されて初めて千々に乱れた。
「待って。選ばせてくれるはずじゃ」
「選ばせてあげましたよ。ですが、その通り切るとは言ってません」
「お願い! 腕だけはやめて! 私は魔術師になるためにずっとがんばってきて、だから腕だけは――」
魔術師にとって魔術式を描く腕は、命の次に大切なものだ。
腕を失えば、魔術師として生きていく道は事実上断たれてしまう。
懇願するリナリーに、男はにんまりと口角を上げた。
「その顔です。その顔が見たかった」
口角は耳に届くところまでつり上がっている。
それは人間のものとは違う、背筋が凍るような笑みだった。
「さあ、本当に楽しいのはここからですよ」
男はもがくリナリーの腕を革製のバンドでギロチンに固定する。
すぐ目の前で光る銀色の刃にリナリーは怖くてたまらなくなった。
あとは男が装置を起動させれば最後、リナリーの腕は失われることになる。
一線級の魔術師になるという夢も断たれてしまう。
その事実が何より恐ろしかった。
あんなに……
あんなにがんばってきたのに。
「大切な腕にお別れをする準備はできましたか?」
「お願い、許して……何でもする。何でもするから」
リナリーの声はふるえている。
長いまつげには涙の粒が浮かんでいる。
いつもの強い彼女はもうどこにもいない。
その事実に、男はにんまりと口角を上げた。
「それでは、さようなら」
刃が落とされる。
リナリーは腕を引き抜こうと力を込める。
しかしきつく固定されたバンドは外れない。
目を閉じる。
痛みと恐怖。そして腕を失うという現実に、泣き出したくて仕方なくなる。
お願い、誰でもいい。
誰か……
誰か助けて……!!
永遠のように長い数秒間が過ぎて。
しかし、痛みは訪れなかった。
感覚が麻痺しているのだろうか。
代わりに、聞こえたのは一つの声。
「ごめん、遅くなった」
目を開ける。
そこにあったのは、
無様に地面を転がる男と、知っている細身の後ろ姿。
(アーヴィスくん――!!)
好きな人が、御伽話のヒーローみたいにそこにいた。






