26 捜索
「話がある。至急来て欲しい」
翌朝、登校した僕にエメリ先生は言った。
教授室で先生に聞かされたのは、できれば聞きたくなかった話だった。
「リナリーさんが誘拐された?」
「犯人の要求は、国家予算三年分の身代金と、王城の地下にある禁忌書庫の魔導書すべて。それから、国の刑務所に収容された囚人すべての解放だそうだ」
「無茶苦茶ですね」
「金と囚人の解放はおそらく目くらましだろう。本命は禁忌書庫の魔導書だ。もし奪われれば、この国の魔術にとって致命的なレベルの損失になる」
先生は痛むみたいにこめかみをおさえて言った。
「アイオライト王家は要求にどう対応するんですか?」
「検討しているが身代金を支払うのは不可能だろうね。囚人すべての解放にしてもそうだ。難題を突きつけてこちらを揺さぶろうとしているんだろう」
「でも、要求に応じられなければリナリーさんが」
「指が一本ずつ、送られてくるなんてことにもなるかもしれないね。もう生きて帰っては来られないかもしれない」
「だったら――」
「一人の命より国を守る方がずっと大切だよ。そして、アイオライト王家は必要だと判断すれば躊躇いなく第二王女を切り捨てるだろう。そういう家なんだ」
一瞬、言葉を失う。
切り捨てる? 娘を、家族を切り捨てると言ったのか?
「とはいえ、王家も第二王女の救出をあきらめたわけじゃない。現実的な妥協点を探して交渉を続けることになる。その過程で、禁忌書庫の魔導書は間違いなく彼らの手に渡るだろうね。アイオライト王家はその価値を正しく理解できていないから」
先生はため息を吐いてから続ける。
「だから、私は君に第二王女の救出を頼みたい。禁忌書庫の魔導書を奪われる前に事態を解決したいんだ」
「助けられたら、ボーナスもらえますか?」
「もちろん」
「絶対必ずどんな手を使ってでも助け出します」
そう口にすることには何の抵抗もなかった。
実際のところ何ももらえなくても、そのつもりだったし。
「私はこれから王城に呼ばれている。なるべく協力はするが、王女を見つけだすのは難しいだろう。私のことは向こうも入念に調べ上げて警戒しているだろうから」
「王女を救いたいなら僕が何とかするしかない。そういうことですね」
「理解が早くて助かる」
うなずいてから先生は言う。
「期待してるよ。一番弟子くん」
授業は躊躇いなく、自主休校を選んだ。
全力で走って寮に戻り、エインズワースさんに協力をお願いする。
「用件はわかりました。早速犯行現場に向かいましょう」
僕らは捜査中の王立警備隊の隙を縫って、情報を集めた。
幸い、王立警備隊と言えど魔術に関する能力については物足りないのが現状のようだ。
気づかれないよう必要な情報を確保するのはさほど難しい作業では無かった。
時間系魔術が存在しないことになっている以上、対処するマニュアルも存在しないわけだし。
エインズワースさんは現場に残されていた黒い毛を、持っていた試験管に入れる。透明だった液体は瞬く間に赤黒く変わる。
「このエーテル反応。どうやら、敵は人ならざる存在のようです」
「人ならざる存在?」
「ええ。二百年前の人魔大戦。人類と敵対した悪魔の生き残りかもしれません」
「悪魔……」
その存在を、僕は前世の夢の中で知っている。
人類を滅ぼそうとする敵。前世の僕が人魔大戦で戦った相手。
「しかし、敵が悪魔というなら、むしろ方法はあります。私はクラウゼヴィッツ様と幾多の戦場を共にしましたから」
エインズワースさんは赤黒い液体を小さなガラス玉に一滴垂らす。ガラス玉は、液体を吸い込んで白っぽく発光した。
「即席ですが、悪魔を探知する魔道具です。悪魔が近づけば、このガラス玉は周囲の変質したエーテルを吸収して赤黒く変色します」
「これで、悪魔が隠れている場所を探せばいい、と」
「問題は、探索範囲があまりにも広すぎるということですね。二人で二十七区画ある王都のどこかにいる王女を探し出すというのは、いくらアーヴィス様でも難しいかと」
言うとおりだと思った。
二人で探すには、王都はあまりにも広すぎる。
「せめて範囲が絞ることができればいいのですが」
何か……何か方法は無いか。
リナリーさんの居場所を見つけだす方法は……
不意に思いつく。
二人で探すには広すぎるなら、
もっと大勢で探せば良い。
「エインズワースさんは捜索を始めてて! 僕はクラスメイトに協力をお願いしてくる」
学校へと走った。
校門をくぐり、みずみずしい芝生が広がる校庭を駆け抜ける。
二時間目が終わったあとの休み時間、廊下を行き交う人の波をかきわけ、教室の扉を開けた。
「おお、アーヴィス氏。今日は社長出勤であるな」
「頼みたいことがあるんだ」
僕は言う。
「リナリーさんが誘拐された。アイオライト王家は犯人の要求に応えられない。このままだとリナリーさんは無事に生きては帰れないだろう」
思いを込めて、頭を下げる。
「頼む。リナリーさんを助けるのに協力してほしい。危険も伴うし、今日の授業は自主休校してもらうことになる。内申は下がるだろうし、先生は烈火のごとく怒るだろう。折角勝ち取った綺麗な教室もまた没収されるかもしれない。それでも、助けられるチャンスは今しかないんだ。力を貸してほしい。頼む」
正直に言って、あまり賛同は得られないだろうと思った。
そこまで危険を冒して協力してくれるのは一人か二人。
あるいは、一人も協力してくれない可能性もある。
自分が不利益を被るにも関わらず、誰かのために行動するなんて簡単にできることじゃないから。
それでも、僕はクラスメイトと戦った日々を信じた。
過ごした時間の中で何かが生まれていることを信じた。
沈黙は永遠のように長く感じられた。
やがて、漏れたのはため息だった。
「水くさいですよ、隊長。我々と隊長の仲ではないですか」
「ドランもたまには良いことを言う。その通り。我らは苦境を隊長に救われた身」
「今快適に授業を受けられるのも隊長のおかげ。もし隊長がいなければ、我々は学年主任を襲撃して退学になっていたことでしょう」
「その隊長の望みとあらば」
「わたしたちFクラスは、全力で隊長の力になります」
にっと目を細めてFクラスのみんなは言った。
教室の扉が開いたのはそのときだった。
「話は聞かせてもらったよ。ボクらAクラスも協力させてもらう」
「Cクラスも協力するわ。Sクラスには強くあってもらわないといけないもの。私様たちが気持ちよく倒して自慢できるようにね」
レオンとウィルベルさん。
その後ろから、銀色の髪を揺らしてイヴさんが前に歩み出る。
「わたしたちも協力する。友達の危機はわたしの危機。それに、リナリーはクラスメイトだから」
「Fクラスに協力するのは気が向かないが、クラスメイトが誘拐されて何もできなかったとなったら俺たちSクラスにとっても恥になるからな」
その後ろにSクラス生が続いていた。
集まってくれた彼らを僕は呆然と見つめる。
「みんな……」
それは、思わず何を言っていいかわからなくなるくらい、胸にぐっときてしまう光景だった。
「隊長が涙ぐむとは珍しいですな」
「うるさい」
気恥ずかしさを咳払いでごまかすのが大変だった。
「みんな、ありがとう。本当にありがとう」
たしかな決意を込めて続ける。
「絶対にリナリーさんを助けだそう」
こうして、僕らのリナリーさん救出作戦が始まった。
ちなみに、この日四つのクラスで生徒全員が授業を自主休校するという異常事態が発生し、先生たちがひどく慌てることになったのは、ちょっとした余談だ。






