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24 恋とプレゼント


 side:初恋症状、リナリー・エリザベート・アイオライト


 恋をしている。


 そう伝えられて、ありえないと思って。

 最後にその診断結果を受け入れたそのとき、リナリーが感じたのはやってしまったという感覚だった。


 自分にはそんなことをしてる時間なんてないのに。


(まさか、私が恋なんて……)


 男子になんて欠片も興味ない。自分は一生本気で誰かを好きになったりはしないんだろう。


 そう思っていた。

 なのに、このタイミングで好きになってしまうなんて。


(とにかく、なってしまったものは仕方ないわ。まずはこの症状を緩和させられるよう努めましょう)


 好きという気持ちを落ち着かせて、今まで通りの自分を取り戻す。

 できれば、恋心自体忘れてしまえれば一番都合が良い。


(そうよ、好きじゃなくなるようにすればいい。嫌なところを探して、意識的にそっちに目を向けて)


 リナリーは思い人の嫌なところを探す。


(まずは妹ともやしの話しかしないことでしょ。あと、エメリ先生に贔屓されてること。それから、味音痴で何を作ってもおいしいって言うことと、排水溝に落ちてる銅貨を拾おうと小一時間格闘したりすること)


 なんだ、ただの変な人じゃないか。

 女子が理想とする王子様みたいな男子にはほど遠いし、貧乏性でシスコンなところも恋人としては不適格。


(もっとも、家族思いなのは良いことだし、お金に執着するのも、自分ではなく妹さんのため。先生に気に入られてるのは、教科書に載ってない魔術を使えるからだし。あと、何を作ってもすごくおいしいって食べてくれるのは結構うれしかったり……)


 リナリーは思う。


(あれだけ家族思いなら、結婚してもすごく大切にしてくれるかも。自分のことは我慢してでも私を守ろうとしてくれそうというか……って! け、結婚ってなに考えてるの私!)


 はっとして頭を抱えた。


(貧乏性、シスコン、味音痴。貧乏性、シスコン、味音痴)


 自分に言い聞かせるように、マイナスの言葉を繰り返す。

 呪文みたいに数分繰り返すと、ほてった頭も冷えてきた。


(よし、落ち着いてきたわ。大丈夫、ただの変な男子じゃない。好きじゃなくなるなんて簡単にできる)


 自信を胸に校舎に入ったリナリーは、


「リナリーさん。少し話がしたいんだけど」


(あ、アーヴィスくん!?)


 かけられた声に跳び上がりそうなくらいに動揺した。


「な、何かしら」

「リナリーさんに謝りたくてさ。僕、何か悪いことしてしまったみたいだから」

「悪いこと? 何もされてないと思うけど」

「でも、リナリーさん僕を避けるし」

「そ、それは……」


 リナリーは言いよどんで、


「な、なんでもない。なんでもないから」

「いや、なんでもないとはとても思えないんだけど」

「今急いでるから、それじゃ!」


 逃げるようにアーヴィスに背を向ける。

 好きじゃなくなるなんて簡単にできるはずなのに。


 その胸はどうしようもなく高鳴っている。






 ◇◇◇◇◇◇◇


「何がダメだったんですかね、先生」


 僕の質問に、天才名探偵イヴ・ヴァレンシュタインは思案げに、窓の外の景色を一瞥して言った。


「おそらく対応を間違えたのが原因」

「対応?」

「理由がわからないのに謝ろうとする。これは女の子が一番怒る行動」

「なるほど、そういうものなんですね」

「そう」

「理由はわからないけど謝れと言ったのは先生では?」

「…………」


 イヴさんは少しの間黙り込んでから言った。


「名探偵も時には間違えることもある」

「人間ですもんね」

「でも、最後には真実にたどり着く。それが名探偵だから」

「かっこいい」

「もっと言って」

「やばい! 最強! 神!」

「ふふふふふ」


 満足げに頬を緩めて、イヴさんは言う。


「そして、名探偵のわたしはこの状況を打開する妙案を思いついた」

「おお、さすが先生! それで、その妙案とは?」

「贈り物をする。女の子は贈り物が大好きだから。宝石渡しとけば大体何とかなるってお父様が言ってた」

「お父様からはあんまり聞きたくない言葉でしたね」

「その後、お母様に魔術で氷漬けにされてた」

「あんまり見たくない姿でしたね」


 魔術の名家にもいろいろあるらしい。


「とはいえ、お母様がお父様の宝石の前に屈したのは事実」

「事実なんですか」

「贈り物をして、王女に許してもらうことをわたしは推奨する」

「了解です、先生!」


 こうして、僕はリナリーさんにプレゼントをすることにした。






 とはいえ、女の子に何をプレゼントすればいいのか、そもそも女子と関わりを持つこと自体最近までなかった僕にわかるはずもない。

 貧乏性な僕には、宝石なんてとても手が出ないし。


 ということで、身近にいる女子に意見を聞かせてもらうことにした。


「プレゼント?」


 問いに、エリスはきょとんとした顔で僕を見上げた。


「うん。何をあげればいいのかなって」

「うーん、エリスは小さいから兄様と同い年の人が何がほしいのかはわかんないかな」

「じゃあ、エリスの欲しいものは何?」

「エリスは兄様がいてくれたらそれで幸せだよ。だから何にもいらない」

「ありがとう、兄様もエリスがいてくれるだけで幸せだよ。でも、強いて言うなら何かほしいってないかな?」

「……おもちゃのピアノがほしいなって。でも、無理して買わなくていいからね。兄様がほしいもの全部買って、それでまだ余裕があるならでいいから」

「うん、わかった」


 おもちゃのピアノはその日のうちに買ってきてエリスにプレゼントした。

 エリスはすごく喜んでくれた。

 僕は幸せだった。


 って、いけない。

 リナリーさんのことだ。


「女性に送るプレゼントですか」


 僕の問いに、エインズワースさんは淡々とした声で言った。


「申し上げにくいのですが、私はそうしたことには疎く」

「そっか」

「申し訳ありません。この失態は次の機会に必ず、挽回しますので」

「いや、そんな大げさな話じゃないから」


 真剣に言うエインズワースさんをなだめつつ、僕は言う。


「エインズワースさんはエリスのお世話と護衛をしてくれてるしさ。本当に毎日助けられてるから」

「そちらの話ですと、一つアーヴィス様の耳にお入れしたいことが」

「耳に入れたいこと?」

「はい」


 うなずいてエインズワースさんは続ける。


「近頃、この近隣で何者かの魔術工作の痕跡が見受けられます。その目的までは掴めてないのですが」

「誰かが何かしようとしてるってこと?」

「私はそう考えます」


 ありがたい報告だった。

 狙いは、おそらくリナリーさんだろう。

 護衛の仕事を十全にこなすためにも、早く仲直りしないと。


「ありがとう。引き続き、警戒をお願い」

「はい、アーヴィス様」


 美しい所作で一礼するエインズワースさん。

 その働きぶりは十分すぎるくらいなのだけど、しかし、依然としてリナリーさんに何をプレゼントすべきなのか有力な情報は得られていない。


 クラスメイトの女子は、なんとなく近づいてはいけないと僕の本能が言ってるしな。

 となると、残る候補はあと一人だけだった。


「それで私様のところに来たのね。良い心がけじゃない」


 僕の問いに、Cクラス級長、ウィルベルさんはロールした金色の髪を自慢げに揺らして言った。


「私様は今までたくさんの貢ぎ物をもらってきてるから。あなたの問いに完璧に答える自信があるわ」

「モテるんですね」

「ええ。だってこの美貌だもの。お父様とかお母様とかおじいさまとかおばあさまがたくさんの貢ぎ物をくれるの」

「ご家族に愛されてるんですね」

「ええ。私様も誕生日には欠かさずプレゼントでお返しするの。といっても、してくれてることを考えたら、全然返せてないんだけどね」


 あたたかいご家庭に育ったらしいウィルベルさんだった。

 なんだかんだ根がいい人そうな感じは、きっとそこに由来するんだろう。


「第二王女へのプレゼントよね。だったら手作りね。手作りしかないわ」

「手作り?」

「プレゼントっていうのは贈り手の思いが感じられるってことが大切なの。自分のためを思ってがんばって選んでくれたものは、ただ高いだけの宝石より、ずっと心に響くものなのよ」


 ウィルベルさんは目を閉じ胸に手を当てて言う。

 今までもらったものを思い浮かべてるらしい。


「ウィルベルさんは何が一番嬉しかったですか?」

「私様は五歳の誕生日にもらった手縫いのぬいぐるみね。クマ太郎って言うんだけどそれから毎日一緒に寝てるの」


 それから、閃いたみたいに両手を打ち鳴らした。


「そうだわ! あなたも手縫いのぬいぐるみをあげればいいんじゃないかしら!」

「少し子供っぽくありません? あと、手作りは重いって聞いたことありますけど」

「絶対喜んでくれるわよ。だって、私様が一番うれしかったものなんだもの」


 自信満々なウィルベルさん。

 そこまで言うなら、大丈夫なのかもしれない。

 お金もかからないし、ちょうどいいかも。


「ありがとうございます。それでいきます」

「ええ。大船に乗ったつもりでいていいわよ。絶対喜んでくれるから」


 ウィルベルさんはにっと笑ってそう言った。






 それから、僕は糸を買ってきて休み時間ごとにぬいぐるみを縫い続けた。

 ぬいぐるみ作りというのは初めての経験だったけど、やってみるとなかなか楽しいものがある。

 プレゼントどうこう以上に、裁縫という行為自体にはまってしまいそうになるくらいに。


 結果として、できあがった作品も、僕の隠し持っていた才能が存分に発揮された傑作になったように思う。

 うん、我ながら完璧な作品だな!


 自信満々に見せてみたところ、レオンはぽかんと口を開けて「これは何……?」と言った。


「クマのぬいぐるみだけど」

「クマ? 戦争と暴力を具現化した化物じゃなくて?」

「いやいや、どこをどう見てもクマだって。僕としてはかなりかわいくできたなって思ってるんだけど」

「か、かわいい……?」

「うん。このヒレの部分とかさ」

「クマなのにヒレ……?」


 レオンは困惑した様子で頭を抱えていた。

 やれやれ、芸術というものを理解していないから今時の学生は困る。


 問題はリナリーさんにプレゼントする工程だった。

 リナリーさんを探して歩き回ったのだけど、どれだけ歩いても見つけることができない。


 索敵魔術で僕の位置を把握して逃げていると気づいてからは戦争だった。

 学内トップレベルの高度な魔術戦(鬼ごっこ)の末、最後は時間を止めて僕はリナリーさんをつかまえた。


「やっとつかまえた」

「は、離して! 近い! 近いから!」

「もう逃げないと約束してくれるなら離す」

「逃げない! 逃げないから!」


 つかんでいた手首を離す。

 緊張した様子でリナリーさんは一歩後ずさって目をそらした。


「……何かしら」

「リナリーさんと仲直りがしたくてさ。僕のせいで怒らせちゃってるみたいだし」

「いや、怒ってるわけじゃないんだけど……」


 口ではそう言うリナリーさんが本当は怒ってることを僕は知っている。


「ということで、お詫びにプレゼントしたいなって」

「プレゼント? 私に?」


 びっくりした顔のリナリーさん。


「うん。貢ぎ物を献上することで許しを請おうかと」

「それ言っちゃうんだ」


 くすり、とリナリーさんは笑う。

 よし、少し警戒レベルが下がった気がする。

 この隙にたたみかけるしかない!


「というわけで、どうかご査収いただければと」

「………………これは何」

「僕の天才的才能が余すところなく凝縮された世界一かわいいクマのぬいぐるみ」

「待って、ダメ……顔のにやけが抑えられない……」


 リナリーさんは口元をおさえて、笑みをこらえながら言った。


「自信満々でこれって。こんなにへたくそなぬいぐるみ初めて見た」

「下手? 世界一上手いと思うんだけど」

「ふふっ、どこから来るの、その自信」


 言葉とは裏腹にかなりうれしそうなリナリーさんだった。

 上手いかどうかについては議論の余地があるものの、喜んでくれてよかったと思う。


「アーヴィスくん、縫い物なんてするんだ」

「いや、これが初めてだけど」

「やったことないのに、私のために作ってくれたの?」

「そう言われるとちょっと照れるけどそうなるかな」

「そ、そっか。そうなんだ」


 リナリーさんは声を上ずらせて言う。

 あれ? またなんか動揺してるっぽい?

 手の中のぬいぐるみをじっと見つめてから続けた。


「今はその、初めてのことで私も混乱してるの。どうしていいか、そのわからないというか」


 目が合う。

 リナリーさんはびっくりして、後ずさって。

 だけど、踏みとどまった。

 逃げそうになるのをなんとか堪えた。


「少し時間が欲しいの。自分の気持ちを整理して、必ず結論を出すから。だから、少しだけ待って欲しい。その後は今みたいに避けたりはしないはずだから。お互いにとって一番良い距離感で、アーヴィスくんと接することができるはずだから」


 どうやら、怒っているわけでは本当にないらしい。

 彼女には彼女の理由があって、それで僕を避けているだけみたいだった。


「わかった。待つことにするよ」


 僕はほっと胸をなで下ろす。

 よかった。くさいわけじゃなかったようだ。


 結構気になってたからな。

 寮に備え付けの蜂蜜入り高級石けん、僕だけ消費ペースがおかしいって管理人さんに言われたし。


 悩みも晴れたし、次はエリスにぬいぐるみ作ろうかな。

 兄様が作る最高にキュートでポップなぬいぐるみに、エリスも心を撃ち抜かれること間違いないだろうし。


 こうして、避けられていたリナリーさんとの距離を少し詰めることに成功した僕だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] てぇてぇなぁ
[良い点] これ、面白い!くまなのにヒレって。あと反応もいい! 最高!
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