17 高鳴りが収まらない
side:少女、リナリー・エリザベート・アイオライト
恋。
それは、リナリーにとって最も興味の無い事柄の一つだった。
魔術の世界で特別な存在になりたい自分には、そんな無駄なことにうつつを抜かしている時間は無くて。
だけど、それにまつわるあれこれは、勝手に向こうの方から近づいてくる。
「好きです! 付き合ってください!」
リナリーの外見は、男子たちの視線を何もせずとも集めた。靴箱は恋文と花束であふれ、毎日のように呼び出されて告白をされる。
そんなリナリーをうらやましいとやっかむ女子もいたけれど、代われるものなら代わりたいというのが彼女の正直な思いだった。
よく知らない男子たちから一方的に好かれるというのはそんないいものだろうか?
(彼らが惹かれているのは、私自身では無く、ただ私の外見それだけだと言うのに)
「ごめんなさい。私は今、誰とも付き合う気ないから」
もう何度繰り返したかわからない定型のフレーズ。
なぜみんな恋を好意的に捉えているのか、それがリナリーにはわからない。
(恋なんてただの精神の疾患。魔術の研究にとってはマイナスなことしかないと思うんだけど)
そんな彼女だから、尊敬する先生が提案した罰ゲームはむしろありがたい話だった。
告白されて、無駄な時間と労力を取られることも無くなる。
加えて、自分のことを好きじゃない男友達と話すのは、彼女にとって初めてのことだった。それは事前に思っていたよりも、心地よい時間だったように思う。
彼といると不思議と気を張らず、力を抜いて過ごすことができた。
初めて自分以外のために弁当を作った。
失敗したのに、「おいしい」なんて真面目な顔で言って。おかしくて。
だから、次の日からはもっと気合いを入れて弁当を作るようになった。
隣同士並んで登下校して。
妹自慢を微笑ましく聞いて。
もやしをこの世で最も素晴らしい食材と熱く語る彼に、この人大丈夫かなと思って。
気を遣わず自然体で過ごせる変な男友達。
そういう存在だった、はずなのだ。
あの日、屋上から落下したフェンスから助けられるまでは――
最初に思ったのは、意外と身体しっかりしてるんだってこと。
細くて、もやしみたいで私より力無いくらいに思ってたのに。
やっぱり、ちゃんと男の子の身体してて。
そのときから、私はどうにもおかしい。
目が合うだけでどきっとして、視線を合わせることができなくて。
声がふるえて、うまく話せなくて。
手が少し触れただけで、びっくりして逃げてしまった。
逃げ込んだ女子トイレで、私は胸をおさえて深呼吸する。
心臓の高鳴りが収まらない。
鏡に映った自分の顔は、見たことないくらいに真っ赤になっていた。






