16 事件
「アーヴィス氏! やったぞ、決勝だ!」
ドランは僕に抱きついて言う。
「まさか我々が決勝まで来れるとは!」
「周りの驚いた顔が痛快だな!」
「あと一勝! あと一勝で我らが優勝だぞ!」
盛り上がるクラスメイトたち。
「おめでとう。君なら勝つと思ってたよ」
「……レオンはなんでまたうちの控え室にいるの?」
「ボクは君のファンみたいなところがあるからね。あと、このクラス賑やかで楽しいし」
やった! ファン一号!
これは練習しておいたサインを活用するときがきたな!
僕はノートの切れ端にサインを書いてどや顔でレオンに渡す。
「ん? これは何? 逆立ちに失敗して脊椎折れた猿の絵?」
「…………」
まったく伝わらなかった。
僕、字下手なんだよな。絵も底辺レベルだし。
このサインはここで封印することにしようと思う。
「見て! アーヴィス様がレオン様に何か渡したわ!」
「きっと恋文よ! 恋文に違いない!」
「秘めた思いをああして、伝え合っているのね!」
「でも、アーヴィス様は、リナリー王女と付き合ってるって話もあるけど」
「あれはあくまでカモフラージュ。本当の恋を隠すためのね」
「そこまでしてでも隠さないといけない禁断の恋」
「でも抑えられない」
「ああ、尊い」
女子たちもすごく喜んでくれている様子。決勝に行けたのがそれだけうれしかったのだろう。
勝てて良かった。
「Fクラスの大将はいる?」
控え室に現れたのはCクラスの大将だった。
たしか、ウィルベルって名前だったか。
「ここだけど」
「あなた、Fクラスなのになかなかやるじゃない。私様を罠にはめるなんて中々できることじゃない。誇って良いわよ」
結構簡単だった気がしたけど、それは言わないでおくことにする。
「他のみんなもすごく良い動きだった。何せ、私様たちCクラスを倒したんだから。あなたたちは劣等生じゃないし、弱くもない。胸を張りなさい。あなたたちは強いわ」
「俺たちが、強い……」
信じられない様子で呟くクラスメイトたち。
ずっと虐げられていたからなおさら、その言葉が胸に響いたみたいだった。
「残る問題は、決勝どう戦うかだね」
決勝は、SクラスとBクラスの勝者と戦うことになる。
ほぼ間違いなくSクラスが勝ち上がってくることだろう。
「準決勝二試合目は午後行われる予定です、隊長。視察して作戦を立てましょう」
「うむ。そうだな」
ドランの提案に、僕は神妙な顔でうなずいた。
準決勝二試合目は、一方的な展開になった。
それはもはや、試合と呼ぶことさえ間違っているように感じるほどの光景だった。
『雷帝』、リナリー・エリザベート・アイオライトは、単騎でBクラス七名を蹂躙。『電磁加速砲』を使わなかった上、無傷という完勝劇だった。
とはいえ、リナリーさんの強さについては、以前戦っているのである程度情報がある。
僕の関心は、Sクラスの大将について。学院最強の座を、リナリーさんと二分する『氷雪姫』、イヴ・ヴァレンシュタイン。
その強さは、僕の想像を遙かに超えていた。
大将として、最後列で待機していた彼女は、背後から奇襲をしかけたBクラストップの三名に対し、何もしなかった。
何一つしなかった。
少なくとも、僕にはそう見えた。
なのに、気づいたときには三人の身体は凍り付いている。
あっけなく。
本当にあっけなく試合が終わった瞬間だった。
「イヴ・ヴァレンシュタインは、氷属性魔術を得意としている。入学試験はリナリー・エリザベート・アイオライトと同じ満点で主席合格。氷雪系の名魔術師を多数輩出している名家、ヴァレンシュタイン家の最高傑作と言われている」
レオンは言う。
「正に、天才の中の天才ということか」
「そういうこと。性格は、無口でいつも魔術書を読んでいる。マイペースで、教師の授業も無視して読んでいるから、怒った教師がわざと答えられない難しい問題を出すんだが、聞いていないはずなのにそれも即答で簡単に答えてしまうらしい」
「なにそれかっこいい」
僕もそのポジションに生まれたかったんだけど。
「私様と同じで、内面も天才に近いところがあるわね」
ウィルベルさんが言う。
「孤高って言うのかしら。誰かと群れている姿は見たことがないわ。私様と同じで美形だから、近づこうとする男子も多いんだけど、何を言っても無視されて心が折られるんだって。自分の世界を持ってるって言うのかしら。周囲に流されたりせず、自分の興味を追求するタイプみたい。そこも私様と一緒ね」
「…………」
一緒なのかな。
一部真偽が疑わしい部分もあったけど、有益な情報だった。
「厳しい戦いになるね」
リナリーさんレベルの魔術師がもう一人。
その上、他の八人もSクラスで上位の強者揃い。
今までよりはるかに難しい戦いになる。
最多撃破記録を更新し、にっこり目を細めて僕に手を振るリナリーさんを見ながら、僕はため息を吐いた。
「ふふっ、やっとアーヴィスくんと戦えるわね」
試合後、リナリーさんは目をきらきらさせて僕に言った。
「もうどれだけこのときを待ってたか。やっぱり、自分より強い相手に向かっていくのが一番楽しいのよね。高い壁の方が、昇ったとき気持ちいいから」
やる気がみなぎっている様子のリナリーさん。
「リナリーさんっていつも生き生きしてるよね」
「そう?」
「うん。いつも、前向きに上を見てるというか」
「前向きじゃ無いと、なりたい自分になんてなれないもの。困難な道だからこそ、私は前向きに楽しんで進むの。ちょっと転んだくらいじゃ絶対にくじけてやらないんだから」
王女という立場や家柄に縛られないくらい、特別な存在になりたい。
その大きな夢は、彼女を動かす力になっているみたいだった。
「言っとくけど、手加減とかしたら絶対に許さないからね。ベストコンディションのアーヴィスくんに勝たないと意味ないもの。そのために、栄養たっぷりのお弁当作ってあげてるんだから」
「そういう目的だったの?」
「もちろん、単純に危なっかしくて放っておけないのもあったけどね。アーヴィスくんには、健康で強くあってもらわないといけないの。私の一つの目標としてね」
さあ、勝つわよ、と張り切っているリナリーさん。
ふと僕は、レオンの動向に一喜一憂するクラスの女子のことを思いだす。
「リナリーさんは好きな人とかいないの?」
「ん? どうして?」
「クラスの女子はレオン見てきゃーきゃー言ってるからそういうのないのかなって。あと、好きな人いるのに付き合ってるふりしてるのなら、僕も配慮しないといけないと思うし」
「ああ、大丈夫。前も言ったけど私、恋愛って本当に興味ないの。好きな人とかできたことないし」
「そうなの?」
「恋なんてただの精神の疾患なの。私はもっと良い魔術師になるために、遊んでる時間なんてないから。少なくとも、この学院を卒業するまでは誰かを好きになることなんてない。だから安心して。別に気を遣う必要はないから」
その意見は、僕もすごく納得できるものだった。
僕自身、エリスを不自由なく生活できるようにするまでは、恋愛なんて考えられないと思っている。絶対に叶えたい願いのために、他のすべてを後回しにしている点で、僕とリナリーさんは意外と似ているのかも知れなかった。
家の裕福さとか、成績では対極に位置してるはずなんだけどな。
だからこそ、いきなり彼氏彼女を演じろと言われても、友達として仲良くやっていけてるのかもしれない。
「うん、安心した」
僕はうなずく。
「それじゃ、私はクラスに戻らないといけないから」
リナリーさんは僕に背を向けて、それから足を止めて振り返る。
「今度は絶対負けないから。覚悟しておくように」
僕を指さしてそう不敵に笑ったそのときだった。
視界の端に、屋上で誰かが何かしているのが映る。
次の瞬間、彼女の頭上に落下防止用のフェンスが浮いていた。
レリア鋼で作られたフェンスは、人一人くらいなら簡単に押しつぶせる重量と加速度を伴って、一直線に彼女に向け落ちる。
「え――?」
フェンスが彼女の身体を叩きつぶす。
その直前で僕は時間を止めていた。
今の僕が止められる時間は七秒だけ。
必死で地面を蹴り、リナリーさんを安全なところまで突き飛ばす。
すぐ背後で響く耳をつんざく破砕音。
直撃を避けられたことに僕はほっと息を吐く。
気づいたとき、僕はリナリーさんと揉み合うように倒れていた。
男の身体とは違うやわらかい感触に、一瞬思考が停止する。
鼻の先くらい近い距離で、青い瞳が揺れていた。
「ご、ごめん、大丈夫?」
女子と接した経験に乏しい僕は、あわてて身体を退かせる。
くさかったりしなかっただろうか。今のはあくまで不可抗力。気持ち悪い、二度と近づかないでと言われないよう、あくまで紳士的に振る舞わなければ。
「え? え、ええ。大丈夫だけど」
リナリーさんは、何が起きたのかまだ理解できていない様子で身体を起こす。
呆然と、落ちてきたフェンスの残骸を見つめる。
「助けて、くれたんだ」
「そうだ、犯人」
僕は、校舎に駆け込み、階段を駆け上がる。
一体誰がこんなことをしたのか、突き止めないと。
時間を操作して、三倍速で屋上へ。
しかし、犯人は既に姿を消していた。
肩を落としつつ、僕はリナリーさんの元へ戻る。
「ごめん、取り逃がした」
「そ、そう」
動揺が残っているのだろう。
その声はいつもの自信に満ちたものと違う。不安げで少しふるえている。
とにかく、先生に伝えて安全で落ち着けるところに連れて行かないと。
そのためにも、まずは安心してもらわなければ。
「大丈夫。僕が守るから。安心して」
言って後悔した。
ちょっとかっこつけてるみたいになっちゃったし。
「守ってくれるんだ。あ、ありがと……」
「おっと、髪留め落ちてる」
拾ってリナリーさんに渡す。
「はい、リナリーさん」
「え、ええ」
リナリーさんは気弱な少女みたいにおずおずと、僕の握る髪留めに手を伸ばす。つん、と手と手が触れる。電流が流れたみたいにあわてて飛び退く。
「リナリーさん?」
「嘘、どうして……どうして、こんな……」
リナリーさんは声を震わせる。
「ご、ごめんなさい!」
背を向け逃げるように走って行く。
遠ざかる背中を、僕は呆然と見送るしか無かった。






