14 歓喜
「勝った! 勝ったのだぞアーヴィス氏!」
控え室に戻った僕に抱きついてきたのは、ドランだった。
「よもや、我々にこのような奇跡が起こせるとは!」
「Aクラスに! あのAクラスに勝てるなんて!」
「わたし、感動してさっきから涙が……」
Fクラスの控え室は喜びであふれていた。
ハイタッチし、抱き合い、拳を突き上げて、みんなじっとしていられない様子で動き回っている。
「これもすべて、アーヴィス氏のおかげだ。本当にありがとう」
「そうだな、これもアーヴィス氏があそこで三対一を征したがゆえのこと」
「まさか、Aクラス生を、それも『グランヴァリアの暴風』をあそこまで圧倒するとは」
「ありがとうございます、アーヴィスさん!」
なにこれ、みんなめっちゃちやほやしてくれるんだけど。
ずっとけなされてばかりだった僕だから抵抗なくて、普通に頬がゆるみまくっちゃうんだけど。
「ふっふっふ。任せたまえ。必ずや僕が、次の試合もみんなを勝利に導いて見せよう」
めちゃくちゃ気持ちよかった。
みんなよろこんでくれたみたいだし、がんばって戦って良かった。
「ごめん、アーヴィスくんはいるかな。少し話したいんだけど」
そう思っていると、控え室に訪ねてきたのは、Aクラスの大将だった。
最後に戦った風の魔術師。『グランヴァリアの暴風』と呼ばれてる怪物。
「れ、レオン様がこんな至近距離に!?」
「どうしよう、わたし頭が沸騰しちゃう!」
「みんなチャンスよ! 息をいっぱい吸ってレオン様の吐いた空気吸わないと!」
「そ、そうね! すー、はー!」
女生徒たちが言う。
さわやかな王子様みたいに美形のレオンは、女子たちからかなり人気な存在らしい。
ってか、吐いた空気吸わないとって……。
男子に劣らず、Fクラスの女子たちも大分やばい連中らしい。
劣悪な環境は人の心を歪ませるんだろうか。
「いるけど。何だろう?」
「ああ、アーヴィスくん。先ほどは本当にありがとう。Fクラス生のみんなもすごかった。同じ学院に通う生徒として誇りに思うよ」
正に、優等生のようなコメント。しかも、このレオンはそれを本当に本心で言ってるらしい。
顔だけじゃなく、心もイケメンということか。
きっと育ちが良いんだろうなぁ、と思う。良いやつそう、と普通に感心してしまった。
「何より、あの最後の戦い。あれはボクにとって本当に価値ある戦いだった。同年代の男子には負けたことなかったからさ。あそこまで圧倒されるなんて夢にも思わなかった。驕っていたんだろうね。君のおかげで気づくことができたよ」
レオンは人の良さそうな笑みを浮かべて言う。
「良かったら、君と仲良くなりたいと思うんだ。君についてもっと知りたくてさ」
「僕について?」
「うん。あんなに面白い戦い方ができて、見たことない魔術まで使えて。絶対仲良くなるべきだってボクの直感が言っててさ。ねえ、お願いできないかな」
どうやら、僕に興味を持ってくれているらしい。
しかし、仲良くなりたいとかよくそこまで素直に言えるな、こいつ。
ちょっと気恥ずかしいんだけど。
「僕で良いなら、もちろん構わないけど」
「やった。これからよろしく」
にっと微笑むレオン。
それは女子だったら思わず恋に落ちてそうな素敵な笑みだった。
「レオン様かわいい」
「レオン様素敵」
「待って。でも、こう見るとアーヴィスくんも結構良いよね」
「それわたしも思ってた。一見あれだけど、よく見るとかわいい顔してるというか」
「そう。それに、レオン様×アーヴィスくんってすごく良いと思うの」
「優等生と劣等生……」
「王子様と貧乏な苦学生……」
「家柄の壁」
「しかも男同士」
「絶対に結ばれることはないはずの二人」
「でも、だからこそどうしようもなく惹かれ合ってしまう……」
「良い! これすごく良い!」
「早速、本にまとめてみんなにこの良さを布教しないと!」
女子たちは何やら盛り上がっていたけれど、僕はうまく聞き取ることができなかった。でも、アーヴィスくんも良い的な感じだったし、きっと褒めてくれてるんだろうな。
こうして、グランヴァリア王立魔術学院で、二人の男子学生の関係に尊さを見いだし興奮しまくる女子の集団が誕生することになるのだけど、そんなこと僕は知るよしもない。
「おめでとう、みんなすごくびっくりしてたわよ」
昼休み、いつも通り屋上に行くとベンチで待っていたリナリーさんは僕を見つけてにっと目を細めた。
「アーヴィスくん大活躍で私もかなり気分良かったんだから。ひいき目無しに見ても、あれはなかなかかっこよかったわね。私も負けてられないわ。Sクラス最強の名は伊達じゃ無いことを見せてあげるんだから」
かっこよかったらしい。
外の目はまったく意識してなかったので、そう言われると大分うれしかったり。
「はい、がんばったアーヴィスくんにご褒美。今日のお弁当はいつもより豪華仕様よ。気合い入れて作ってあげたんだから、感謝して食べなさい」
豪華仕様のお弁当には、高そうなお肉がたくさん入っていた。
甘辛く煮た牛肉は、一噛みごとに濃厚な旨みが口いっぱいに広がる。脂が乗っているのにしつこくなくて、ごはんと一緒に食べると感動して涙が出るくらい美味しかった。
僕、お肉食べてる。お肉食べてるんだ……!!
「ど、どうして泣いてるの? 何か失敗してた?」
「違う。弁当のお肉が美味しくてさ。こんなにおいしいお肉を食べるのは人生で初めてだったから」
「な、泣くほど美味しかったの? そんなことってある?」
「リナリーさんのお弁当は本当に美味しい。いつもありがとう」
「…………」
リナリーさんはびっくりした顔で少し固まってから、ため息を吐いて言う。
「大げさな。別に大したものじゃないから、これくらい」
「僕にとってはめちゃくちゃ大したものだから! マジで!」
「……まあ、そう言ってくれるのはうれしいけど」
そっぽを向いて言う。
何でも無い感じを装うその姿は、結構うれしそうに見えた。
直球が苦手なんだろうか。
「よし、僕は十分食べたしあとはエリスの分に残してあげないと」
「言うと思った。まだ半分も食べてないじゃない」
「でも、僕と違ってエリスは成長期だしさ。僕よりしっかり食べないと」
「貴方だって成長期。それも十六の男子なんだから。もっと食べないといけないの」
リナリーさんは鞄からもう一つお弁当を取り出す。
「ほら、妹さんの分はちゃんと別に作ってるから。アーヴィスくんは安心してそれを全部食べなさい。良い魔術師になるための栄養がたっぷり入ってるんだから」
「エリスの分……」
そこまでしてくれてると思ってなくてびっくりする。
「ありがとう。何とお礼を言ったら良いか」
「いいのよ、私がしたくてしてるだけだし。アーヴィスくん、危なっかしくて放っておけないから」
リナリーさんはやれやれ、とため息を吐いて言った。






