13 Aクラスとの戦い
「お、俺たちあのAクラス生を倒してる……」
ドランがつぶやく。それはFクラス生たちみんなの思いだったのだろう。
「しかも、四人だぞ四人……これ夢じゃないよな」
「ずっと出来損ないって馬鹿にされてた俺たちにこんなことができるなんて」
その事実は、彼らを勇気づけてくれるものだった。
「やれる! 俺たちやれるぞ!」
「ああ! いける! Aクラスに勝てる!」
しかし、そんな空気の中で僕は状況が厳しくなったのを感じていた。
できるなら、初手不意を撃てた段階で一気に勝負を終わらせたかった。
間違いなくあそこが、FクラスがAクラスに対して、最も優位に立てるポイントだったから。
それができなかったのは、Aクラスの大将が冷静だったからだ。
突然の事態にも落ち着いて、常に周囲を見回し自身の安全を確保して仲間の救出にあたっていた。
それは僕にとって、一つの誤算でもある。
Aクラスの大将、『グランヴァリアの暴風』は僕の予想以上に優秀な魔術師らしい。
「して、隊長! 次の策は!」
ドランの声に、僕は内心の誤算を隠して言う。
「森に布陣し、木々を隠れ蓑に遠距離攻撃。みんなには一つにまとまって、できるだけ敵の注意を引きつけて欲しい。僕が背後に回り込んで大将の首を取る」
「た、隊長一人でですか?」
困惑する声も当然だと思う。普通に考えれば、Fクラス生がAクラスの大将を一人で倒すのは不可能に近い。
それでも、みんなは僕を信じてくれた。
「隊長を信じよう。我らがここまで来れたのは隊長のおかげだ」
「そうですね。我らの命運は託しました、隊長」
欠陥品なんて言われて、ゴミ同然の扱いを受けていた僕だから、その期待がすごくうれしい。
「みんな、勝とう」
「はい! 隊長!」
そして、戦いは最終局面を迎える。
◇◇◇◇◇◇◇
side:Fクラス級長、ドラン・クメール
ドラン・クメールには二つ悩みがある。
一つは、家系代々続く呪い――後退する生え際、『光の誘惑』
そしてもう一つは、天才と期待され王都に旅立った自分が、名門魔術学院でゴミ同然の扱いを受けていることだった。
息子を天才だと誇りに思っている両親にはとても言えない。
鬱屈した感情は、いつしか怒りに変わっていた。
(全部我らを差別する学年主任が悪いのだ……!!)
学校が楽しくなくなって、廊下を歩いているだけで吐き気がするようになって。
やがて、彼は同じ境遇の仲間と共に、学年主任を襲撃することを決めた。
暴力により鬱憤を晴らし、そのまま学院を退学になる。
それはドランにとって一つの逃避だった。
ドランはこの学校にいるのがもう耐えられなかったのだ。
向けられる見下した視線、舌打ち、侮蔑の言葉。
やさしささえも皮肉に聞こえてきて、もう限界だと思った。
早く楽になりたい。
こんな学校から解放されたい。
しかし、そんなドランたちFクラス生に、一つの希望の光が現れる。
一目見たときは変わったやつだと思った。
誰とも群れようとせず、一人山盛りのもやしを食べる奇人。
学院一人気の天才王女を射止め、話題をさらった彼は、Fクラス生であるはずなのに何か違う空気をまとっていた。
適合属性がない欠陥品。何をやってもろくにできないにも関わらず、何か底知れない力を秘めているような。
彼なら、奇跡を起こせるのではないか。
現行のクラス制度ができて十年、一度として実現しなかったFクラスの勝利。
それも、天才揃いのAクラスから。
その期待は今、たしかに現実のものになろうとしている。
(勝てる……!! 勝てるんだ……!!)
近づいてきたAクラス生に、ドランとFクラス生は一斉に魔術を放つ。
その瞬間だった。
響いたのは悲鳴のような風の音。
強烈な暴風が、ドランたちの魔術をはじき飛ばす。
身体が浮いてドランは咄嗟に目の前の太い木を掴む。
周囲の細い木は根ごと引きちぎられ、暴風の中を紙袋のように飛んでいく。
「アーノルド! クーベル!」
間に合わなかった仲間ははるか上空に巻き上げられ、壁にたたきつけられて息絶える。安全装置により転移しただけであることも、このときはすっかり忘れていた。
まるで大災害のような一撃に、ドランは戦慄する。
(そうだ……相手はあのAクラス。それも、『グランヴァリアの暴風』までいる……)
改めてその強さを思い知らされる。
勝てるわけない。
恐怖に身がすくみそうになる。
だからこそ、ドランは仲間に向け叫んだ。
「大丈夫だ! 隊長なら! 隊長ならきっとなんとかしてくれる!」
一瞬戦意を失っていた仲間たちの目に、再び火が灯る。
自分たちをここまで連れてきてくれた隊長なら、隊長ならきっと……!!
そんな期待だけが、圧倒的な力を前に蹂躙されるしかない彼らをつなぎ止めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
side:Aクラス大将、レオン・フィオルダート
レオン・フィオルダートは的確に仲間を指揮し、森に隠れたFクラス生を追いつめていった。
獲物を狩る狼の群れのように、整然とした動きはSクラス生相手を想定して鍛え上げたもの。
ここに来て彼らは、本気でFクラスを倒し、傷つけられた自分たちの誇りを取り戻そうとしている。
(感謝しないといけないな。Fクラスがこのクラスを本当の意味で一つにしてくれた)
抽選で引いた対戦相手は、Fクラス。勝ち進めば次にCクラスと当たって決勝のSクラスを迎える。
結果流れたのは、何もせずとも勝てるという空気だ。
チームとしての結束よりも、Sクラス入りのために個人の撃破数を伸ばさなければ。
そんな心の隙を、見事にFクラスは突き、自分たちの驕りをわからせてくれた。
(ありがとう。君たちを誇りに思う。劣等生なんかではない。ボクらが全力を持って打ち倒さねばならない敵だった)
レオンは得意とする風属性魔術を放つ。森をそのまま上空に巻き上げる威力の大竜巻は、第五位階レベル。災害級、対都市級とも称される大魔術だ。『グランヴァリアの暴風』と呼ばれる所以になった魔術でもある。
圧倒的な力の差を前に、それでもFクラス生は勇敢に戦った。攻撃を集中し、一人でも多くの敵を倒そうとする。
その戦いぶりは、Aクラス生が一人脱落を余儀なくされるほどだった。
しかし、それにも終わりが来る。
Fクラス生は、もはや残り三人。対するAクラス生は五人残っている。
既に数の面でも戦況は逆転している。
(だが、油断はできない。大将の姿が見えていない)
大将を勤めるアーヴィスという名の生徒の姿が見えないのをレオンは警戒していた。
(おそらく、目の前の森で耐えている二人は囮。隙を見て、彼が一人でボクを倒す作戦だろう)
エメリ先生のお気に入りとして話題になっていた彼が、他のFクラス生と同じ力しか持っていないはずがない。
そう予測し、レオンは想定しうる最大限の警戒を持って、アーヴィスの奇襲を待っていた。
自身の周りには優秀な仲間二人を配している。護衛のみに集中するよう伝え、さらに残りの二人も何かあればすぐ戻ってきて迎撃に参加できる位置を取って貰っている。
つまり、奇襲はまず成功しない。最低でも三対一、少し遅れれば五対一で戦うことになる。
あのSクラス最強の力を持つ二人、『雷帝、リナリー・アイオライト』と『氷雪姫、イヴ・ヴァレンシュタイン』に匹敵する実力者でも無ければ、とても突破できない警戒網だ。
(おそらく、来るならここだろう。これ以上待てば、戦況はより悪くなる)
背後で、何かが動いたのはそのときだった。
いつの間にそんな近くまで潜り込んでいたのか。
動揺はしたが、しかし迎撃できるだけの距離は十分にある。
そして、護衛の二人は既にレオンを守ろうと迎撃を開始していた。
時間を稼いでくれれば良い、と二人には伝えてある。
倒す必要は無い。時間をかけて、五人で戦うのが最も勝率の高いやり方だ。
しかも、二人はAクラス生の中でもトップの実力者。守りに徹した二人を倒すのは、Sクラス生でも容易ではない。
そのはずだった。
そのはずだったのだ。
浮いている。
護衛の二人の身体が浮いている。
ピンボールのようにはじき飛ばされた二人は、木々に叩きつけられてあっけなく戦場から消えた。
(…………!!)
しかし、それで冷静さを失うレオンではない。
動揺はしつつも、あくまで的確に最善の攻撃魔術を放つ。
「――『風の前の塵に同じ(グランドストーム)』」
直後、吹き抜けたのはすべてをなぎ倒す暴風。つんざく悲鳴のような風の音。木々が塵のように吹き飛ばされ、演習場の森を更地に変える。
レオンの前方180度に渡って展開されるこの暴風をかわす手段などない。
(なっ――!?)
しかし、瞬間彼はレオンの背後にいる。
瞬間移動としか形容できない。目の前に起きたのはそういう事象だった。
現代魔術では未だ不可能とされている転移魔術を、彼は使えるというのだろうか。
それでも、レオンはあきらめない。内心の動揺を抑え込み、最善の行動をとり続ける。
放った風の弾丸がかわされて、レオンは笑った。
自分をここまで圧倒するなんて。一体彼はどれだけ強い魔術師だというのか。
勝てない。とても勝てない。
その事実がうれしかった。
彼がいれば、自分はもっと強くなることができる。
最後の一撃がかわされて、レオンは言った。
「おめでとう。君の勝ちだ」
拳が振り抜かれ、レオンの身体は安全装置により控え室に転移する。
それは、『グランヴァリアの暴風』がFクラス生の前に敗れ去った瞬間だった。