2巻発売記念番外編『看病』
2巻発売記念番外編。
ショートストーリー集的な形式になってます。
それぞれパラレルの世界線、IFストーリーになります。
何故こういう形式にしたかというと、作者が書きたかったからです。ええ。
それでは、どうぞ!
1 リナリー・アイオライト
「アーヴィスくん、大丈夫?」
重たい身体を起こし扉を開けた僕に、リナリーさんは言った。
エリスとエインズワースさんは外せない用事で外出している。
僕は一人でも大丈夫と言ったのだけど、二人は心配だから僕のために残るなんて言いだして、それでリナリーさんに連絡して来てもらうことにしたのだ。
「うん、二人が心配性なだけでそこまでひどくないから」
「またそんなこと言って。いいのいいの、今日は私が責任を持って看病してあげるから。こういう弱ってるときこそ……が、がんばれば好きになってもらえるかもしれないし」
「……ほんとそういうの隠さないよね」
熱が上がった気がしたのはきっと、誰かさんのせい。
「あ、アピールは大事だもの! それでアーヴィスくんが少しでも私のことを好きになってくれるなら、恥ずかしくてもがんばって言葉にするべきだと思うし」
「……ありがと」
「もしかして意識した?」
リナリーさんは身を乗り出して言った。
「……少し」
「やった!」
拳を握るリナリーさん。
「この調子でどんどんアピールしちゃうんだから。見てなさい、今日の私は超攻撃態勢よ」
かなり張り切っている様子。
「それで、何かしてほしいことある?」
「してほしいこと……」
「うん、してほしいこと」
期待に満ちた目のリナリーさんに、僕は心の中から答えを探す。
「何か食べやすいものを作ってくれたらうれしい、かな」
「任せて!」
リナリーさんは台所で何やら準備してくれる。
並行して、氷枕を作ってくれたり、汗を拭いてくれたり。
テキパキと準備する姿に、やっぱりできる人だなって感心する。
「はい、できたわよ」
とろとろとした黄金色の卵粥。
「ありがとう」と受け取ろうとした僕の手をリナリーさんは制する。
「私が食べさせてあげる」
「いや、自分で食べられるから」
「ダメ。病人に拒否権はありません。黙って私にお世話されてなさい」
横暴だ、と思ったけど意地を張って抵抗するほど元気もない。
「はい、あーん」
気恥ずかしくて、どうにかなりそうで。
なのに、リナリーさんはやたらとうれしそうで。
「おいしい?」
「すごく」
「そっか」
幸せそうに笑みを浮かべて言う。
「何もできないアーヴィスくん、ちょっといいかも」
「どういう意味?」
「そのままの意味。私がいないと何もできなくなったアーヴィスくんを、私は大切に大切にお世話してあげるの。そのままいつの間にか世界も滅んじゃって、私とアーヴィスくんだけになってて。それでも私はアーヴィスくんがいるならいいかって結構幸せに二人だけの日々を送るの」
「リナリーさん、大丈夫? 病んでない?」
不安になって言う僕に、リナリーさんは笑う。
「だってアーヴィスくん、すぐ他の女の子と仲良くなってるんだもの。それに男の子たちにも警戒してなきゃダメかもって思うくらい好かれてるし。何より、私が一生懸命押してるのに、全然振り向いてくれないから」
「それは……」
「アーヴィスくんはエリスちゃんが一番だもんね。わかってる」
リナリーさんはそれから唇をとがらせて続けた。
「でも、私だって時々わがままを言いたくなるわけです。エリスちゃんと同じくらい、ううん本音を言えばそれ以上に、私のことを見てくれたらいいのになって。もちろんそんなこと言える立場じゃないのはわかってるけどね」
ため息を吐いてから微笑む。
「ほんと、なんでこんな妹大好きの変な人を追いかけてるんだろうって思ったりもする。でも、しょうがないんだよね。好きになっちゃったから。私にとって好きな人っていうのは世界中でアーヴィスくんただ一人で、振り向いて欲しいのも一人だけ。だから、私は選んでがんばるの」
それからリナリーさんは言った。
「望みが薄いことはわかってる。でも、私はあきらめない。いつか、エリスちゃんと同じくらい私のことを大切に思わせてやるんだから。覚悟してなさい」
宣言するリナリーさんはやっぱり真っ直ぐで太陽みたいに眩しかった。
2 イヴ・ヴァレンシュタイン
「大丈夫?」
重たい身体を起こし扉を開けた僕に、イヴさんは言った。
エリスとエインズワースさんは外せない用事で外出している。
僕は一人でも大丈夫と言ったのだけど、二人は心配だから僕のために残るなんて言いだして、それでイヴさんに連絡して来てもらうことにしたのだ。
「うん、二人が心配性なだけでそこまでひどくないから」
「そうは見えない。心配」
イヴさんはじっと僕を見つめて言う。
「任せて。わたしが完璧に看病する」
「ありがとう」
「礼は必要ない。助手を看病するのも名探偵の務め」
「先生はやさしいんですね」
「やさしさも名探偵には大切なことだから」
「さすが! 天才! クール!」
「今はそんなに褒めなくていい。ゆっくり休むことに集中して」
いつもは「もっと褒めて」って言う先生なのに。
大切に思ってくれてるのが伝わってきてうれしくなりつつ、僕はベッドに横になる。
イヴさんはベッドサイドでじっと僕を見つめていた。
「……イヴさん?」
「何?」
「いや、何をしてるのかな、と」
「完璧に看病するために何をするべきか考えていた」
「そこまで完璧にしなくていいですからね。ほどほどで全然ありがたいので」
「助かる。じゃあ、早速一つ教えて欲しい」
「なんですか?」
「看病って何をすればいい?」
「…………」
この人看病とかしたことなさそうだもんな。
魔術以外は結構残念なスペックしてるし。
……もしかして、僕は最悪な人選をしてしまったのでは。
「がんばりましょうね、先生」
「うん、がんばる。任せて」
やる気は十分みたいだったけど、だからってできないことができるようになるわけじゃない。
しかし、張り切って看病して失敗してしまったら、イヴさんがしょんぼりするのは間違いないわけで。
ここは全力でイヴさんをサポートして、看病できたって達成感を味わって帰ってもらわなければ……!
こうして、僕の孤独な戦いが人知れず始まった。
お粥の分量や火加減、味の調整など、失敗しやすいところをさりげなく自分でフォローしながら、看病してもらう。
完璧な僕のサポートによって完成したお粥は、一面真っ黒で消し炭みたいな色をしていた。
………………………………なんで?
なんでこうなるの?
火加減ちゃんと調整してたじゃん、ねえ。
魔術か?
何者かの魔術攻撃を受けている可能性があるのか?
「……ごめん。失敗したかもしれない」
肩を落として言うイヴさん。
いけない、このままでは折角来てくれたイヴさんに悲しい思いをさせてしまう。
「そうですか? 僕はおいしいと思いますけどね、これ」
「無理しなくていい。わたしの料理の腕は絶望的だってお父様に言われた」
「ほんと隙あらば娘の信頼度下げていきますよね、イヴさんのお父さん」
「その後お母様に『じゃあ食べなくて良い体にしてあげる』って氷漬けにされてた」
「今回ばかりは同情の余地無しです」
僕は首を振ってから言う。
「でも、ほんとおいしいと思いますよ。僕はこの味好きです。なんだかなつかしくて」
スラム育ちで喉を通るものは何でも食べて育ったからな、僕。
多少焦げていたところで、おいしく食べられないような軟弱な味覚はしていないのである。
「貴方は、本当に……」
イヴさんはあきれたみたいに微笑んで言った。
「今度はもっとおいしくできるようがんばるから」
「はい、がんばりましょう、先生」
3 レオン・フィオルダート
「アーヴィス、大丈夫?」
重たい身体を起こし扉を開けた僕に、レオンは言った。
エリスとエインズワースさんは外せない用事で外出している。
僕は一人でも大丈夫と言ったのだけど、二人は心配だから僕のために残るなんて言いだして、それでレオンに連絡して来てもらうことにしたのだ。
「それでボクを選んでくれたんだ。やっぱり、アーヴィスはボクのことを大切に思ってくれてるんだね。うれしいな。任せて、ボクも期待に応えられるようがんばるから」
いや、最近一緒に過ごせてなかったから、と思って呼んだだけなんだけど。
どうしてこんなに気合い入ってるんだろう?
「これがアーヴィスの部屋……! ここでアーヴィスはいつも生活してるんだね」
「いや、別にそんな喜ぶようなところじゃないような」
「ううん、ボクにとっては重要なことだから。アーヴィスとの友情レベルが今上がってるから」
「友情レベル……?」
「任せて。完璧に看病してみせるから」
それから、レオンは甲斐甲斐しく僕の看病をしてくれた。
何も言わなくてもしてほしいことをしてくれて、お願いしたことには僕が思っていた以上のものを返してくれる。
「アーヴィスはこのオレンジジュース好きだったよね」
何も言わなくても、一番好きなものを選んでくれて。
やっぱりできるやつなんだよな、レオンって。
「ねえ、アーヴィス。……アーヴィスはボクのことをどう思ってるのかな?」
レオンは不意にそんなことを言った。
「どうって?」
「時々不安になるんだ。もしかするとボクが思ってるほど、アーヴィスはボクのことを大切に思ってないんじゃないかなって」
言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
最初は何を言っているのかよくわからなくて。
でも、考えると僕も友人関係でそういう不安を感じた経験もないわけではない気がする。
仲の良かった友達が他の相手とすごく仲良くなってると、ちょっと複雑な気持ちになったりするもんな。
だとすれば、僕は誠実に言葉を返さないと。
「普通に大切な友達だよ。良いやつだし、すごくよくしてくれて。貧民出身の僕が学校でみんなに受け入れてもらえたのもレオンが認めてくれたのが大きかったと思うし、その……まあ、実は結構感謝してるというか」
なにこの恥ずかしい感じ。
目をそらして、頬をかく。
「そんな風に思ってたんだ」
レオンはほっとした様子で言う。
「アーヴィスってこういうとき結構がんばって言葉にするところあるよね。照れ屋なのに」
「照れてない」
「じゃあ、そういうことにしておこうか」
レオンはにっこり笑って言った。
4 エリス
「兄様、大丈夫? 何かして欲しいことない?」
エリスは僕の顔を覗き込んだ。
エインズワースさんが買い出しに向かった後、寮の自室の中には僕とエリスの二人きり。
「大丈夫。エリスが心配してくれてるだけで僕はめちゃくちゃ元気もらえるから」
「また兄様はそういうこと言って。人に頼らず自分でなんとかしようとするんだから」
「そうかな? 最近は結構頼ってると思うけど」
「それは自分一人ではどうしようもない状況か、もしくは頼ることで相手がよろこんでくれる状況でしょ。兄様は自分が我慢して済むならそれでいいって思ってる。そして、兄様のそういうところわたしは大嫌い」
「エリスに大嫌いって言われた……」
「いや、そんなに落ち込まないで。嫌いなのはその一部分だから。それ以外のところは大好きだから」
がんばってフォローしてくれるエリスはかわいかった。
僕は少し元気になった。
「でも、人に迷惑をかけないって大切なことじゃない? むしろ人間として褒められるべきことだと思うけど」
「兄様の気持ちもわかるけど、わたしは兄様にもっと頼ってほしいの。迷惑だってかけてほしい。兄様が重い荷物を持たなきゃいけないなら、わたしも一緒に持ちたいって思うんだ」
「エリス……」
天使だ。
天使がいる。
ちょっとみなさん、うちの妹が良い子すぎるのですが!
「というわけで、今日はわたしが兄様のお姉さん。してほしいことがあったら絶対わたしに言わないとダメだからね。わかった?」
エリスはそう僕に念押しする。
してほしいことか。
何だろう?
なかなか浮かばない。
エリスがそんな風に思ってくれてるってだけで僕はもう十分すぎるくらいに幸せなんだけどな。
「また兄様はすぐそんな風に言う。ダメだよ、病人は大人しくお姉さんにお世話されるように」
かわいい。
なんだこのかわいい生き物。
特別してほしいことはなかったけど、エリスを喜ばせたくて僕はお願いできることを探す。
「じゃあ、氷枕を作ってほしいかな」
「うん! わかった」
エリスはぱっと顔をほころばせて、いそいそと準備してくれる。
「できたよ、兄様」
小さな手でセットしてくれて、その一生懸命な感じが本当にうれしくて。
「どう? 冷たすぎたりしない?」
「ううん、ちょうどいいよ。すごく気持ちいい」
「よかった」
ほっとした様子で言うエリス。
氷枕の感触は、僕にとってなんだか不思議なものだった。
何もしてないのに、誰かが自分のために動いてくれる。
その感覚がすごく新鮮で。
そういえば、誰かに看病されるなんて今までなかったのかもしれない。
物心ついたときにはもう、自分の力で生きていかないといけなかったから。
「兄様はもっと頼って、迷惑かけていいんだよ。わたしみたいにその方がうれしい人もいると思うな」
頼って、迷惑をかけて、でもその方がうれしいなんて。
そんなことあるんだろうかと思ったけれど、たしかに僕も頼られるのはうれしいと感じることが多い。
そっか、頼るのって相手にとってもうれしいことなんだ。
「ありがとう、エリス」
「ううん、まだまだ。わたしの本気はこんなものじゃないのです」
エリスは言う。
「さあ、お姉さんに何でも言って。どんなお願いでもわたしがばっちり応えてあげるから」
そう胸を張る小さなお姉さんはやっぱりすごくすごくかわいくて、僕は人に頼るのもなかなか良いなって思った。
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