123 片思い
ニナ王女は、壁の外に出られることになったらしい。
兄姉や周囲との関係も、それまでが嘘のようによくなったそうだ。
常識外の空間系魔術で、悪魔戦で大活躍したこともそうだけど、不和の悪魔がいなくなったのも大きかったんじゃないかと思う。
多分精神操作やら工作やらでニナ王女に対する劣悪な環境と冷たい空気は作られていたんだろう。
「私のしたいことをしたいようにやっていいと言ってもらえて。だから宮殿の外に出て、知らない世界を見たいと思ってます。違う国にも行ってみたいな、なんて」
「そっか」
素直によかったな、と思った。
「本当にありがとうございます。全部師匠のおかげです」
「そんなことないと言ったら嘘になるね。うん、もっと褒めて。思う存分褒めてよいぞ、弟子よ」
言ったら真面目なニナ王女は本当に褒めてくれて、僕は幸せだった。
「あの……ひとつ、お願いがあるんですけど」
「お願い?」
「王位継承戦は終わったんですけど、これからも私の師匠でいてくれたら、うれしいなって」
おずおずと続ける。
「ダメ、ですか?」
答えなんて決まっていた。
「ダメなわけないぞ。むしろ活躍するたび、こちらからしつこく『ワシが育てた』アピールしていくからな。覚悟しておくのだ、弟子よ」
「ふふっ、これからもよろしくお願いします」
声を弾ませるニナ王女。
ルナ王女と親しげに話す姿も見かけたりして、この子はきっと大丈夫だな、と思った。
こうして、長かったアーネンエルベ宮殿での生活を終えた僕ら。
宮殿中の人に見送られて荘厳な正門をくぐる。
「あー、楽しかった」
メリアさんが声を弾ませる。
「ずるいじゃない、あんなに面白いことを内緒でしてたなんて」
「内緒でしないと面白くないことなので」
「これからは絶対私も混ぜるように。いいわね」
「ね、姉様! まだやるんですか!?」
「当たり前じゃない。これ以上ないところまで楽しみきってこそ人生よ!」
「恥ずかしいですよ! 私たちもう十八歳なんですよ!」
慌てた声で言うレリアさん。
この人はこれからもずっと振り回され続けるんだろうと思う。
「わたしも。トップリーグで戦う選手と一緒に戦えて夢みたいだった」
うれしそうに言うフィオナ先輩。
「やっぱりフィーネ・シルヴァーストーンすごかった。かっこよかった。自分にどこまでできるかもしれないけど、ずっと憧れてた世界だから、わたしも挑戦してみたいなって」
「きっとできますよ、フィオナ先輩なら」
「ありがとう」
目を細めて言う。
「君のことだって完全にあきらめたわけじゃないからね」
「え?」
「なんでもないよ」
冗談めかしてフィオナ先輩は笑った。
「……イヴ。そんなにくっついてなくてもどこにも行かないから」
「リナリーはそのつもりがなくても、相手がリナリーを危ない目に遭わせようとしてるかもしれないから。それはよくないから」
「心配してくれるのはうれしいけど」
謎の仮面魔術師でないことがばれ、顔を真っ赤にしてあわあわしたリナリーさん。
エリスと一緒にずっと看病してくれてたと聞いて、僕はかなりうれしかったのだけど、そんな彼女は最近イヴさんにずっとくっつかれていた。
どうやら、目の前で友達が塩に変わる光景は、イヴさんにとってかなりショックなものだったらしい。
「あなたも近くにいて。離れてほしくない」
イヴさんは右手でリナリーさんの袖をつかみながら、左手で僕の袖をつかむ。
心配してくれるイヴさんは、大切に思ってくれてるんだなって感じで胸があたたかくなっちゃう感じだった。
「そう言えば、伝えたいことがあると言ってなかったか?」
オーウェン先輩がモニカさんに言ったのはそのときだった。
「あ、いや、そ、それは」
顔を真っ赤にしてあわてるモニカさん。
「気のせい! 気のせいです!」
「いや、たしかに聞いた。言いづらいことか?」
「そ、そういうわけではないんですけど」
「遠慮する必要はない。俺は人間として不出来な部分もある。近くにいる君には無自覚に不快な思いをさせていることもあるだろう。言ってくれていい。改められることであれば善処する」
相変わらず鈍感だな、この人。
その人めちゃくちゃ先輩のこと好きだよ。
欠点もかわいく見えちゃうくらいな感じの状態だよ。
「いえ、不快なんて事は全然ないです! 隊長は素晴らしい人だと思います。尊敬しています」
「だったら、伝えたいことというのはなんだ?」
「それは、その……」
いつもはしっかりしているモニカさんの声がかき消えそうなくらい小さくなる。
僕らの方を見て、さらに顔を赤くし目を彷徨わせる。
「あらあら、これは面白いわね」
メリアさんは目を輝かせて言った。
ほんと人生楽しんでる、この人。
「こ、ここで言うんですか?」
「場所が関係あるのか? 俺はそろそろ行かないといけない時間なんだが」
「え?」
「チームのスタッフと会食の予定があってな。急がないなら、その話はまた次の機会に」
「待ってください! 言います! 言いますから!」
モニカさんはあわてた声で言う。
メリアさんを恨めしげに見てから、オーウェン先輩を見上げて、目をそらす。
「そ、その、隊長……」
顔を俯け、言葉を彷徨わせる。
「私は、た、隊長のことがですね」
沈黙が流れた。
みんなが固唾を呑んで見守る中、モニカさんは祈るように顔を俯け、絞り出すように言った。
「好きです。……そ、その、友達として」
「…………」
逃げたな。
それもう告白とかじゃないよ。
友達同士のちょっと微笑ましいやつになっちゃってるよ。
「ありがとう。俺も君のことは好きだ」
オーウェン先輩はにっこり笑って言う。
「これからも今まで通り仲良くしてくれるとうれしい。よろしく頼む」
「は、はい! もちろんです!」
うれしそうなモニカさん。
へたれだった。
これからもずっとそうやってチャンスを逃していくんだろうなって思わせるすさまじいへたれぶりだった。
「では、俺はここで。ありがとう、楽しかった」
オーウェン先輩の背中が遠ざかる。
「お、『俺も君のことは好きだ』って……もうここで死んでも悔いはありません。隊長、その言葉だけで私は一生幸せに生きていけます」
喜びの噛みしめ方が尋常じゃなかった。
ただ友達として好きだって言われただけだからね。
そんな捉え方するようなこと言われてないからね。
「それでいいんですか?」
言ったのはレリアさんだった。
「私はずっとお二人を見てきました。モニカさんがオーウェンくんのことを好きなのも知ってます」
「い、いつから!?」
「初めて会ったときからです。すごくわかりやすかったので」
「そんな、嘘……」
声を上ずらせるモニカさん。
うん、現在進行形でわかりやすい。
「絶対このままだと後悔しますよ。最後なんです。ちゃんと伝えた方が良いです」
「最後……」
その言葉は、モニカさんを自分の置かれている状況にもう一度立ち返らせたみたいだった。
今までみたいに会うことはできなくなる。
気持ちを伝える機会だってきっと――
「いいじゃない、レリア。『あのときは十分幸せだと思ったけど、やっぱり伝えておけばよかった』って結婚式でバウムクーヘンもらいながら後悔する姿を見るのも楽しそうだし」
「姉様は黙っていてください」
ぴしゃりと言うレリアさん。
「そうだね。わたしも言った方がいいと思う」
フィオナ先輩が言う。
「あなたは誰も傷つけずに気持ちを伝えられる。それってすごく幸せなことなんだよ」
「そうです。オーウェンくん言わないと絶対に気づかないですからね。魔術以外だと相当なポンコツなんですから、あの人。謎の仮面魔術師の正体について本気で考察してましたし」
「比喩表現とかは極力避けた方がいいかな。全部言葉にしちゃうくらいの方がいいと思う」
「もし伝わらなくてもあきらめちゃダメですよ。伝わるまで続けてわからせるんです。それくらいじゃないと、あの人はわかりませんから」
モニカさんは少しの間押し黙ってから言った。
「……ありがとうございます! やってみます」
街路の向こうに消えたオーウェン先輩を追うモニカさん。
「青春ね」
メリアさんはにやりと目を細めて言う。
「よし、早速後をつけて告白鑑賞会といきましょう」
「ダメです。絶対行かせませんから」
「けち」
◇◇◇◇◇◇◇
いつも追っていた背中を探して走る。
その間、頭の中は彼のことでいっぱいだった。
好きな人。
ずっとずっと好きだった人。
私にとって、恋というものはその人そのもので。
他の人とのことなんて想像さえもできなくて。
近くにいられるだけで幸せだった。
話せるだけで、十分すぎるくらいで。
だから、伝えるのは怖くて。
今のこの関係を失うかもしれないと思うと、踏み出すなんてとてもできなくて。
でも、それでも、これが最後なら――
何もせずにいると、きっと何も起きなくて。
ごく希に会う学生時代の友達になって、なんとなく時間が過ぎていって。
同窓会で会ってやっぱりいいなって思って。
でも結局何もなくてみたいな、そんなありがちな片思い後の感傷に浸るのだ。
あの日に戻れたらなんて、ありえない空想をして。
伝えればよかったって時々後悔して。
悲劇のヒロインになった気分で、うつむきながらちょっと気持ちよくなったりする。
嫌だ――
そんなのは、嫌だ。
伝えたい。
手を伸ばしたい。
だって、こんなに誰かを好きになるのは、きっと最初で最後だから。
行き交う人々の中、その姿を探す。
見つけるのは決して簡単なことじゃない。
だけど、モニカにはそれができる。
だって、ずっとその姿を追っていたから。
「隊長――!」
路地の入り口で、好きな人は驚いた様子で足を止めた。
急に止まったことで、後ろの人とぶつかりそうになる。
礼儀正しく頭を下げてから、歩み寄ったモニカに視線を向けた。
「どうした?」
澄んだ瞳に、思わず息が止まりそうになった。
それだけで、振り絞った勇気は瞬く間に霧散する。
追いかけて、やっと見つけたのに。
いざ言える状況になると怖くなる。
臆病な私が顔を出す。
拒絶されたくない。
もしかしたら、隊長も私のことを――
そんな淡い期待が粉々になるのが怖い。
考えただけで、泣きそうになってしまうくらいに。
でも、それでも――
「……好きなんです」
絞り出すようにモニカは言った。
「ああ。ありがとう」
隊長はうなずく。
「違うんです。それは違うんですよ、隊長」
「違う?」
「ずっと……ずっと、好きだったんです」
気持ちが堰を切ったようにあふれだす。
もらったアドバイスのことなんて完全に頭から飛んでいる。
「もっと隊長のことを知りたいんです。隊長と個人的にメッセージのやりとりをしたい。電話をしたい。くだらないことを話したい」
積もり積もった思いが止められない。
「うれしいことがあると一緒に喜んで、落ち込んだときは励ましたい。傍にいたいんです。私を、隊長の人生に関わらせてほしいんです」
技術も作戦も対策もなく、ただ愚直に思いを口にすることしかできない。
「私を、傍に置いてもらえませんか」
どう思われたんだろう。
気持ち悪いとか、重いとか思われただろうか。
そうだ、こんなの絶対重い。
重くなっちゃダメだってわかってたはずなのに。
だけど、返ってきた言葉は、恐れていたそれとは少し違っていた。
「ありがとう。すまない、勘違いしそうなので一つ確認させてもらいたいんだが」
隊長は戸惑った様子で言った。
「それは先に言っていたとおり、友達として、ということでいいんだよな」
ここまで言ったのに、まだそんな風に思ってるんだ。
圧倒的な魔術の才に対し、人の感情の機微には疎い隊長。
だけど、そんなところもかわいいと思ってしまう。
好きだなって思ってしまう。
「違いますよ」
くすりと笑ってからモニカは言った。
「私は、隊長のことが異性として、恋愛的な意味で好きなんです」






