122 それから
最後の戦いのことはよく覚えていない。
でも、頭が真っ白になって、無我夢中で剣を打ち付けていたことはなんとなく覚えている。
絶対に失いたくなくて。
だからなんとしても倒さないといけなくて。
必死で。
そう、必死だった。
もちろんエリスを守りたいというのも理由の一つではある。
でも、今回についてはそれ以外の要因もあったことを僕は認めざるを得ない。
リナリーさん、イヴさん、エインズワースさんを失いたくないと思った。
塩の山になった姿を見て、何も考えられなくなった。
それくらいに僕は三人のことを大切に思っているらしい。
エリス以外のことは二の次だったはずなのに。
エリスのためなら、他のものはすべて捨てられるはずだったのに。
これがいい変化なのかはわからない。
だけど、エリスは僕に言った。
「兄様、雰囲気が昔よりやわらかくなったよね」
「やわらかく?」
「うん」
エリスはにっこり目を細める。
「わたしは昔の兄様より、今の兄様の方が好きだな」
その言葉を、僕は大切に胸の奥に仕舞っている。
黒の機関と魔術師たちの奮戦のおかげで、王位継承戦における悪魔騒ぎは人間側の勝利に終わった。
話によると、ナノマシンスーツを着た先輩たちは大暴れ。
その上、ニナ王女は空間を裂く魔術に目覚めたとかで一騎当千の活躍ぶりだったらしい。
戦いの後、周囲の魔術師たちにめちゃくちゃ声かけられてたし。
大勢に囲まれてびっくりしてて。
あまり人と関わることができずに生きてきたニナ王女だから、些細なことにあたふたしたりくるくるしたりして。
でも、たくさん褒められて、うれしそうだった。
一方フィールド外でも黒の機関一同大活躍だったのだけど、それ以上にすごかったのがフィーネ・シルヴァーストーンだった。
なんでも、フィールド外に待機していた悪魔の軍勢を一人で壊滅させて、外の支援を要請したとか。
黒の機関も大概どうかしてると思っていたけど、世の中上には上がいるんだなぁと思う。
しかし、僕からするとそこからがもう大変だった。
アーネンエルベフィールド中を回り、塩に変えられた人たちを元に戻して回らないといけなかったからだ。
人数が多いので、魔力はすぐに底をつく。
限界を超え魔力切れで倒れ、泥のように眠り、起きてすぐ回復作業に戻る。
三日という時間制限がある以上、ゆっくりしている余裕はない。
不眠不休で作業した結果、なんとか制限時間の七十二時間ギリギリで、塩に変えられた全員を元に戻すことができた。
本当に、みんなはがんばった僕を称えるべきだと思う。
できることなら、救い料一人一億くらい請求したいのだけど、命がかかっている以上さすがにそれは言えないし。
僕がエリスを大切に思ってるように、みんな大切に思ってる人がいるはずだから。
そこはやっぱりちゃんと治してあげないと。
疲れ切って、死んだように眠る。
次に僕が目覚めたとき、そこは真っ暗な部屋だった。
近くから聞こえる規則正しい呼吸音。
ベッドサイドランプをつけると、エリスとリナリーさんが僕の眠るベッドに突っ伏して眠っていた。
僕は頬をゆるめてから、起こさないよう慎重に二人をベッドに寝かせ、布団をかける。
部屋にあったソファーで寝ようとしたけれど、寝付けそうにもなかったので、部屋の外を散歩することにした。
窓の外の景色は夜に沈んでいる。
どうやら、ここはアーネンエルベ宮殿らしい。
長い廊下を歩く。
宮殿の中には灯りが点いている区画もあった。
時計を見ると、深夜の三時。
にもかかわらず、優秀そうな人たちが慌ただしく働いている。
これがブラック労働環境か……。
大変そうだなぁ、と思っていたら部屋から出てきたのは第十王子マティウスさんだった。
「目が覚めたのか」
ほっとした様子で言う。
「はい。にしても、みなさん働き過ぎじゃないですか?」
「今は緊急事態だ。申し訳ないが、がんばってもらっている。皆慣れているからな。自分の限界は把握しているはずだ」
「慣れてる?」
「国で何か問題が起きたときは大体こんな感じだが」
「おお……」
てっきり上流階級の方たちは優雅にホワイト労働環境で働いていると思ってたのに。
でも、言われてみれば自然なことだった。
国を運営する側に失策があれば、国民全体に悪い影響が及んでしまう。
滞りなく進めるために、僕らの知らないところでこういう人たちががんばってるんだろう。
「……もしかして、国王って労働環境ブラックだったりします?」
「ブラック?」
「その、休めなくて残業めちゃ長いみたいな」
「時期やタイミングに拠ってはそうなるだろうな。王の職務には責任が伴う。時には、自分を殺して取り組む必要がある場合もある」
「…………」
大変そう。
僕、エリス第一主義者だし。
エリスの参観日とか国の式典放り出して駆けつけること間違いなしだし。
国民からめちゃくちゃ叩かれそうかも……。
魔導王になるのはやめておこう。
僕、もっと平和にお金稼げる仕事がいい。
「妹の運動会に確実に参加できたり、休みの日は毎週一緒に遊びに行ける感じのまったりな就職先ってあります?」
「それならフリーランスの研究職がいいのではないか?」
「フリーランス?」
「どこにも所属せず自分のしたい研究を好きなようにして生活する魔術師だ。そちらの国にも若くして活躍している魔術師がいただろう。エメリ・ド・グラッフェンリート。今は魔術学院の講師をしてるんだったか」
「あー、たしかにあの人楽そうですね」
あの環境なら、頭の九割エリスでできていても、生活していけるかも。
まさか身近に理想の生活をしてる人間がいたとは。
今まで以上に心を込めて師匠と呼ばなければ。
「あとはそうだな。不労所得という手もあるかもしれない」
「不労所得?」
「貴族の中には不動産の家賃収入や株式の配当で生活している者もいる。働かずとも得られる収益だ」
「めちゃくちゃ興味ありますそれ!」
働かなくてお金もらえるとか楽園かな? 天国かな?
「だったら君への礼は不動産という形にしよう」
「いいんですか!?」
「君がいなければ、我々はこうして生きていられなかった。相応の礼をしなければ、王家の名が廃るというものだろう」
「ありがとうございます! 喜んで靴を舐めさせていただきます!」
「いや、舐めないでいい。恩人にそんなことをされては胸が痛む。何よりうれしくない」
よっし!
働かずとも得られる安定した収益への道筋ゲット!
さらに、将来安泰な就職先へのヒントも手に入れたし!
順風満帆だな僕の人生!
「今、宮殿では他の兄姉たちも協力して復旧作業が行われている。継承戦の前はありえなかったことだ。ろくに会話もなく、他人の方がまだ距離が近かった我々兄姉だったのに」
「多分悪魔が工作してたんでしょうね。あいつ、不和の悪魔らしいですし」
「心から礼を言う。国を、家族を救ってくれてありがとう」
真っ直ぐに言われると、なんだか気恥ずかしい。
「よかったです。やっぱり兄妹は仲良い方がいいですから」
僕は頬をかいて言った。






