119 漆黒
「000(ゼロ)様、持ってきました」
渡しに来てくれたのは、『チルドレン計画』で機関に入った中でもカナタくんと同じ筆頭有望株のモカだった。
「ありがとう」
フィールド外で僕は新型戦闘用スーツを受け取る。
「……え? これ?」
「はい。どうかさ、れましたか?」
やや拙さの残る敬語が微笑ましい。
「いや、小さいというか。全然スーツじゃないというか」
渡されたのはカフスボタン型通信機とほとんど大きさが変わらないボタン型の機器。
何か行き違いがあったんだろうか?
首をかしげる僕にモカは言った。
「スイッチを押すと中のナノマシンが体表面に拡張されて戦闘用スーツを形成してくれるんです」
「……なに、その超技術」
この子たちどこまでいっちゃうんだろう。
困惑しつつ、僕はスイッチを押す。
体の表面に形成される戦闘用スーツ。
「え、軽い」
「その上強度も上がってるんですよ。ココアが自分のアイデアだって自慢してました」
僕は驚きつつも、体を動かしてその性能を確認する。
自分の体に合わせ、ナノマシンが最適なスーツを作ってくれるからか、一体感が今までと全然違った。
足裏から指の先まで僕のためのスーツって感じ。
新しく高性能な道具を買い換えたときみたいな気分で、僕の胸は自然と弾む。
「魔光子の変換効率を補助してくれるので、放つ魔術の威力も向上するんです」
「ありがたい」
つまり、リナリーさんとイヴさんもさらに強力な魔術が放てるということ。
二人用のナノマシン戦闘用スーツも受け取って、フィールドに戻ろうとした僕の耳に届いたのはメリアさんの声だった。
「あら、謎の秘密結社総裁策士さんじゃない」
「……なにやってんですか」
めっちゃ新型スーツ着てるし。
「楽しそうなことしてたから私も混ぜてもらおうと思って」
「めちゃ軽いノリですね」
「でも、みんなこれくらいのノリじゃない?」
「まったくもってその通りです」
だって秘密結社ごっこの延長だし。
楽しいから、かっこいいからって理由でやってるし。
「すみません、アーヴィスくん。姉様が」
「レリアさんまで」
「私はやりたくなかったのですが、姉様がどうしても着ろっていうので……」
「そんなこと言って、いざ着てからはすごく楽しそうに悪魔倒してたじゃない」
「ね、姉様! それは一大事なので仕方なくですね」
言い訳をするレリアさん。
あれ、意外と黒の機関適性ある?
緊急時というのにほんといつも通りな二人だった。
「あ、組織のことは一応秘密にしてくださいね」
「もちろん。こういうのは秘密じゃないと面白くないでしょ?」
わかってくれる人でよかったと思う。
メリアさんが協力してくれるとなると、むしろ大幅な戦力アップ――
……ん?
これもしかしてもっと戦力アップする可能性あったりする?
「モカちゃん、新型戦闘用スーツってまだあったりする?」
「――ということで、先輩たちにも協力してもらいたいんですけど」
「ごめん、ちょっとまだうまく受け止められてないんだけど」
僕の言葉に、フィオナ先輩は困惑した顔で言った。
「確認するけど、黒の機関って閉会式の悪魔や、大きな邪神を中心になって倒した謎の組織だよね」
「そうですね」
「その正体には亡国の近衛騎士団や、帝国に反発する魔術師の一団とか、様々な憶測が飛び交うものの、未だ有力な情報は出てきてないっていう」
「あー、そうみたいですね。全部違うんですけど」
「本当はその総裁がアーヴィスくん。構成員はクラスメイト、と」
「そういうことになります」
「……え? どういうこと?」
フィオナ先輩はものすごく困惑していた。
そんなにおかしなことかな?
みんなで秘密結社ごっこしてたら、あれよあれよという間にこんなことになってた、っていうただそれだけのことなんだけど。
首をかしげる僕に、モニカさんは怪訝な顔で言った。
「いや、でも秘密結社ごっこなんて、高等魔術学校の最上級生にもなってすることじゃ――」
「やろう」
「へ?」
オーウェン先輩の言葉に、声を上ずらせるモニカさん。
「や、やるんですか?」
「一大事だ。手段を選んでいられる状況じゃない」
「それはたしかに、そうかもしれませんけど」
「何より興味深い。やってみたい」
「少年の心を忘れてない隊長、かわいい」
モニカさんは、漏れた本音にあわてて口を押さえる。
「わかりました。協力します。でも、今回だけですからね。私も隊長も忙しいので」
「俺は今後とも参加したいが」
「今後とも参加させてもらう方向でお願いします」
……この人わかりやすいなぁ。
フィオナ先輩はそんなモニカさんにくすりと笑ってから言う。
「わたしも参加する。一大事だしね」
「心強いです。で、これが戦闘用スーツで使い方は――」
◇◇◇◇◇◇◇
廃市街地東側で行われる激戦。
マティウスと第九王子を中心とする人間側の奮戦はすさまじかったが、戦況を決定づけたのは純粋な数の差だった。
戦場において、数の優位は絶対的なアドバンテージになる。
積み重なる疲労。
動きが鈍くなり始める人間側に対し、悪魔の軍勢はさらに苛烈に攻勢をかける。
知性のない獣のような下級悪魔に疲労という言葉はない。
四足歩行で地面を蹴り、目の前の獲物を食らおうと突進してくる。
顔のほとんどを占める巨大な口で不気味に咆哮する。
死を恐れないその姿は、魔術師たちに精神的なプレッシャーを与えていた。
(まずい、このままでは……)
マティウスの首筋に冷たいものが滴る。
あがった息。噴き出る汗。長時間の熱を持ちすぎた体は、確実に限界に近づいている。
誰にも負けないと言えるだけの努力はしてきた自負はある。
立ち上がれなくなるまで自分を追い込むのは当然のこと。
その蓄積があったからこそ、まだ戦うことができている。
だが、数で勝る軍勢相手に耐え凌ぎ続けるのは、人間の体には不可能だった。
視界の左側で決壊する味方の前線。
第九王子が氷の盾でフォローし、マティウスがヘビのように自在に動く多節棍式の炎槍を一閃してかろうじて、食い止めるがそれも僅かな時間のことだった。
怪物の一閃が遂にマティウスを捉える。
こめかみへの一撃。
揺れる頭。
起動していた魔術式が崩壊し、炎の槍が霧散する。
中心で獅子奮迅の活躍をしていたマティウスを欠いた前線に悪魔を押し返す力はない。
一気に押し込まれる。
揺らぐ視界の中で、マティウスは誰よりも戦況がいかに厳しいか理解していた。
(ここまで、か……)
崩壊する味方前線。
獰猛な下級悪魔が、人間たちを食い殺そうと迫る。
『八炎殺地獄』
瞬間、炸裂したのは業火。
すべてを焼き尽くすそれは、大地さえも溶かして融解させる。
下級悪魔の群れを一瞬で蒸発させた。
戦場の真ん中にぽかりと空いた何もない空間。
知性のない下級悪魔たちも突然の事態に足を止める中、降り立ったのは二人の仮面騎士だった。
吹き込む風にはためく外套。
壮絶な戦いが嘘のように静まりかえる。
「あ、あなたたちは――?」
誰かが言う。
ふるえる声には、希望の色がある。
「黒の機関――世界の闇を狩る漆黒」
二人の仮面騎士は言った。






