12 初戦
「そっか、アーヴィスくんクラス対抗戦出るんだ」
出場が決まったことを伝えると、うれしそうにリナリーさんは言った。
「リナリーさんも出るの?」
「もちろん。大将は断ったけどね。だって大将じゃ最前線で最多撃破記録の更新狙ったりできないし」
「十分狙えるだろうね。リナリーさんなら」
「ええ。ライバルはむしろ同じチームの子たちね。獲物をいかに横取りされずに戦うかって勝負になるわ」
負けるとは微塵も思ってない様子。
下位のクラスなんて悲壮感漂ってたりする対抗戦も、Sクラスからすれば勝利が決まっているお遊びみたいなものなのだろう。
「でも、よかった。アーヴィスくんが出てくれて」
「どうして?」
「だって絶対活躍するじゃない。演技と言っても彼氏彼女でしょ? 彼氏がこういうので活躍するのは、なかなか良い気持ちだったりするんだから」
リナリーさんはにっこり微笑んで言う。
「活躍できるかはわからないけどね」
「活躍するわよ。だって私に勝ったんだもの」
確信している声で、リナリーさんは続けた。
「決勝で会いましょ。今度は絶対にリベンジしてやるから」
僕らFクラス生はクラス対抗戦に向け猛練習に励んだ。
本番で行う予定の作業工程を何度も繰り返して、より効率的なものに最適化していく。
共に練習する中で感じたのは、彼らFクラス生の能力の高さだった。
この学校では劣等生として冷遇されているとは言え、激しい競争を勝ち抜いて名門魔術学院に合格した天才揃い。
腐ってやる気をなくしていた彼らの長所を見つけて、褒めて伸ばしてあげると彼らは水を得た魚のように、生き生きと魔術に励むようになった。
「アーヴィス氏のおかげで、魔術の楽しさを思いだしたよ」
「ああ、アーヴィス氏は本当に長所を見抜くのが巧みだ」
頬を緩めて言うFクラス生たち。
「僕は下のランクの魔術学院にいたからさ。みんなのすごさが良く見えるだけだよ」
そんな感じで、Fクラス生たちのスキルも向上。元々の、謎に卓越した連帯感も相まって、決戦の日には僕の作戦を完璧に遂行する特殊部隊へと生まれ変わっていた。
「隊長、学年主任遊撃隊のクドリャフカを除く三十七名、予定通り教室に集合した。指示を仰ぐ」
ドランが言う。
級長であり議長の彼だが、今回隊長は僕に任せてくれるらしい。
「観覧担当の二十八名は予定通り、演習場観覧席へ。他の生徒を煽り、我らへの応援が大きくなるよう誘導してくれ」
「はいっ! 了解しました隊長!」
「選手に選ばれた九名は、僕と共に戦ってもらう。諸君も周知の通りだと思うが、Aクラス生は強い。苦しい戦いが予想される。しかし、必ず! 必ず我らは勝利を掴むと僕は確信している。なぜだかわかるか、クーベル隊員」
「わかりません!」
「彼らが思うより、君たちは優秀だからだ。我々は劣等生ではない! 彼らが思うような脆弱な存在ではない! Aクラスの連中は我らに負けるなど微塵も考えてないことだろう。今ここで、その認識が誤りであることを証明しよう!」
僕は拳を振り上げる。
「勝つぞ!」
「「「応ッ!!!」」」
整然とした足取りで試合会場へと進む。
そこにいたのは、狩られるのを待つだけの劣等生ではなく、鍛え上げられた歴戦の戦士たちだった。
◇◇◇◇◇◇◇
side:Aクラス級長、レオン・フィオルダート
レオン・フィオルダートたちAクラス生にとって、それは最初から結果がわかりきった試合だった。
相手は劣等生の掃きだめ、Fクラス。
優秀な自分たちが負けるなんてことはまずありえない。
だから、Fクラス生が別人のように意志の強い目で彼らを睨んだときも、ただ哀れに思っただけだった。
この試合に賭けているのはわかる。だからこそ、不憫に思う。EクラスやDクラスが相手なら、まだ奇跡の可能性もあっただろうに。
(できれば、苦戦する演技でもしてあげられれば良いのだが)
レオンはFクラス生に対し、同情的な立場だった。
同じ学院に入学した仲間なのだから、劣悪な環境で学ばせる必要など無い。
見下し、侮蔑するのは違うだろう。そう思っていた。
しかし、レオンのような生徒は学院でも少数派だ。
ほとんどの生徒は、Fクラス生を競争に負けた敗北者だと思っている。
(いや、演技でも苦戦するのは難しいだろう。みんな、成績を上げてSクラスに入るため一人でも多く撃破しようと目の色変えている)
Aクラス生にとって、この試合はボーナスステージでもあった。
クラス対抗戦での撃破数は、その生徒の優秀さを計る一つの指標として考えられている。その意味で、力の劣るFクラス生との試合は大きなチャンス。
少ない労力で、数字の見栄えを良くすることができる。
(せめて、少しでも彼らの地位が向上するような勝ち方になると良いのだが)
全員無傷で終わるのではなく、せめて一人くらいダメージを受けてあげられたらいい、とレオンは思う。
当然無傷で圧勝するだろう。それが、Aクラス生と、見守る生徒、教員たちの共通認識だった。それだけ、両者の力には差がある。少なくとも、学院内部の者たちはそう思っている。
試合が始まって、一目散に敵へと向かう仲間をレオンは止めなかった。
彼らにとってこれはそもそも勝敗のかかった勝負でさえない。成績を上げるための一方的な狩りだ。
作戦も事前の準備も一切無い。彼らにとって真剣に戦うべき試合は、決勝のSクラスとの試合だけだった。
獲物を求め、正面へ駆けていった仲間の背中を追う。
最初に感じたのは些細な違和感だった。
(おかしい。戦いが始まった形跡がない)
例年なら、既に最初の戦闘は始まっている。一人や二人、安全装置により転移させられ、脱落していてもおかしくない。
(うまく隠れているということか? なるほど、かなりしっかりと作戦を練り込んでいるように見える)
敵陣へ進めば進むほど、レオンは心に一抹の不安が過ぎるのを感じていた。
相手はFクラス。万に一つも負けは無い。
にもかかわらず、なぜこうも不安なのか。
エメリ先生のお気に入りである彼の存在だろうか。いや、いくらなんでもこの戦力差だ。一人でどうこうできるとは思えない。
悲鳴が響いたのはそのときだった。
最初に撃破されたその生徒は、Fクラスではなく、Aクラスの生徒だった。
さらに、悲鳴が続く。一人、二人と脱落していく。
(Fクラス生相手に、Aクラスの生徒が負けた……!?)
その事実はレオンを激しく動揺させた。
(何が……!? 何が起きている……!?)
レオンは仲間を助けるべく、現場へ急ぐ。
◇◇◇◇◇◇◇
side:Sクラス担任教師、ヘルマン・アルバレンティス
「へえ、面白い」
それがヘルマンの素直な感想だった。
魔術学院のクラス対抗戦は、純粋に魔術師同士の力比べの側面が強かった。己の技能に自信を持った者同士がその実力を比べ合う、正々堂々とした騎士道精神に近い戦い方。
しかしそれは、あくまでそういう風潮があるというだけのこと。実際の規則には、実戦に即し、あらゆる策を用いて戦うことが許されている。
そして、Fクラスが突いたのは正にそこだった。
粘着性の落とし穴で身動きを取れなくし、集団で遠距離から魔術を集中させ、一人ずつ各個撃破する。
撃破数を上げるためAクラスが個人で行動していたのも裏目に出た。
既に三人が撃破され、四人目も今にも撃破されそうになっている。
「卑怯な! 卑怯だぞFクラス!」
「ふははははは! 見たか粘着落とし穴の威力!」
「こんなもの魔術師の戦い方じゃない! 正々堂々戦え!」
「はん。強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだよ。敗者は敗者らしくそこで這いつくばっていたまえ」
「く……!! Fクラス相手にこんなことになるなんて……!!」
Fクラス生の生き生きした姿を興味深くヘルマンは見つめる。
いつも自信なさげに顔を俯けている彼らがこんな風に笑えることをヘルマンは知らなかった。
「なんて戦い方をする、Fクラス……!! 出来損ない共め、魔術師としての誇りは無いのか……!!」
顔をタコのように真っ赤にして言う学年主任がおかしくて、思わずヘルマンは口元をおさえた。
まさか、Fクラスがここまで善戦するなんて誰が考えただろう。
(さすが、エメリが連れてきただけのことはあるということか)
ヘルマンは、Fクラスを率いているらしい少年を見つめて思う。
「だが、このままでは終わらんぞ。力の差は歴然としている。何より、うちには『グランヴァリアの暴風』、レオン・フィオルダートがいる!」
レオン・フィオルダートは学院の有望株の一人だ。
その優れたリーダーシップを買われ、Sクラスでも上位の実力を持ちながら、Aクラスの級長を務めている。
もしSクラスを倒す者がいるとすれば、それはレオンだろうというのが皆の共通見解だった。
「ほら、レオンが戦線を立て直し始めたぞ! 四人は失ったがまだ六人も残っている!対等な条件で戦えばFクラスなどゴミ同然! この屈辱はこれからたっぷり晴らさせてもらうからな!」
熱を込めて言う学年主任。
事実、ここにいたってなお、Aクラス絶対優位の情勢はまったく揺らいでいない。
何せ、Aクラス生は一人でもFクラス生全員を相手にできる化け物揃いなのだ。
レオンが戦線を押し返し、落とし穴から仲間を救出する。彼らは既に混乱を脱しているように見えた。レオンが落ち着かせたのだろう。既にAクラス生は敵への軽視をやめている。
(さあ、この状況でどうAクラスを倒す?)
ヘルマンは好奇に満ちた目で、『エメリのお気に入り』を見つめた。