116 意味
邪神から逃げ延び、加わった第九王子陣営。
さらに、各陣営からも生き残りの魔術師が加わって、僕らは協力してこの状況を乗り越えるために動き始めていた。
「率直に言います。状況は極めて厳しいです」
話し合いの中で僕は言った。
「悪魔がどういった経緯で現れたかはわかりませんが、あの場所では大決戦が行われていました。一線級の魔術師たちが集まっていた。にもかかわらず、止めることができなかったとすると」
「正面から戦って勝てる相手じゃない、と」
「そういうことになります」
自分たちが決して弱いとは思わない。
しかし、邪神の力が猛威をふるっているのだとすれば……。
「まして、あの場所には『炎剣』のヴィルヘルムと最強の魔術師フィーネ・シルヴァーストーンがいた」
オーウェン先輩が言う。
「その二人をもってして止められなかったとすれば」
「何か普通ではない手段が必要になります。そして、その方法に僕は心当たりがある」
「心当たり?」
「はい。今ここで詳細は言えませんが、この戦況を打開するのに十分な力を持っていると僕は確信しています」
それは、黒の機関――
既にアーネンエルベ宮殿奪回へ動いてくれているみんななら、外を包囲している悪魔の軍勢に対し、互角以上に戦える力を持っているはずだ。
何せ、アイオライト王国での邪神騒ぎを経験し、その能力にはますます磨きがかかっている。
加えて、僕ら三人分の戦闘用スーツがあれば――
リナリーさん、イヴさんに目配せする。
二人は僕の視線にすっとそっぽを向いた。
「…………」
まだ気づかれてないと思ってるんだ、この二人。
とりあえず、先にスーツを取ってこよう。
「ただ、そのために僕は少しの間ここを離れる必要があります。邪神からエリスを、そしてみんなを守ってほしい。お願いしていいですか」
「わかった。全力を尽くす」
「任せよ! 其方は我が友の命の恩人よ! 麻呂は受けた借りは返す主義! 其方の大切な者は麻呂が必ず守ってみせる!」
僕の言葉に、マティウス王子と第九王子がうなずく。
それから、僕はマティウス王子の肩を押して隅に行き、小声で耳打ちした。
「あの禁止薬って即効性ありましたよね」
「ん? ああ。飲んで十五分後には効果が出始めるはずだが」
言って、マティウス王子は驚いた顔で続ける。
「まさか、あの薬を」
「状況が状況なので仕方ないかな、と」
「やめろ。下手すると選手生命が」
「命の方が大事です。塩に変えられた人みんなを治すにはどう考えても魔力が足りないですし」
目的のためには手段を選ばないのが僕のやり方だ。
ここにはエリスもいる以上、どんな手を使っても勝たないといけない。
僕一人の選手生命で大勢が助かるなら、安いものだしね。
「みんなのこと、お願いします」
言って、僕は魔術を起動する。
『時を加速させる魔術』
僕はフィールドの外に向け走りながら、黒の機関本部に通信を送る。
「壁に囲われた洋館にある、僕とリナリーさん、イヴさんの戦闘用スーツを取ってきてほしい。誰か頼めるか」
『了解です。でも、代わりの新型でもいいですか?』
「新型?」
『本部で発足した技術部がストロベリーフィールズ魔術研究所と共同で作った新型試作品です。002(セカンド)がご家族と熱心に取り組んでくださいました。ナノマシン技術を実験採用して旧来品より180パーセント性能が向上してるとのことで』
「…………」
なに、技術部って。
ナノマシンって。
僕全然聞いてないんだけど。
知的レベルで追いつけなくなった結果、子供たちの自主性に任せて放任してたから……。
とはいえ、この状況では心強い。
「ありがとう。助かったと携わってくれたみんなに伝えてくれ」
『はい! みんなすごく喜ぶと思います!』
早くスーツを受け取って、みんなの元へ帰らないと。
僕は加速した世界を駆ける。
◇◇◇◇◇◇◇
マティウスはアーヴィスという名の少年とかわした会話を一生忘れないだろうと思う。
『あの禁止薬って即効性ありましたよね』
選手生命が終わるリスクさえある禁止薬。
止めたマティウスに少年は言った。
『命の方が大事です。塩に変えられた人みんなを治すにはどう考えても魔力足りないですし』
選手生命を犠牲にする覚悟で、多くの命を救うことを決断した。
まだ高等魔術学校を出てもいない子供が、だ。
(俺は何をしているのだ……!)
マティウスは歯がゆさに唇を噛む。
他国の、それも学生がそこまでの覚悟で戦おうとしているのに。
ローゼンベルデの王子である俺が立ち上がらないでどうする……!
「聞いてくれ。配置を伝える」
邪神から逃げ延びた者たちと生き残るために、マティウスは廃市街地での戦いを選択した。
邪神の力が、見ることによって機能するものなら、遮蔽物が多い地形の方が戦闘に適している。
防衛陣形を組み、最も危険なその最前線に自ら立つ。
「王子……!? ダメです、貴方にはローゼンベルデの未来が」
友はそう止めたが、マティウスの決意は揺らがなかった。
「ここであれを止められなければ、未来などそもそも存在せぬ。国を、民を守るために動かずして何が王子か」
「マティウス、お主……」
言ったのは第九王子だった。
「麻呂より優秀で邪魔な弟だと思っておったが、そんな部分でも麻呂の上を行くとはな。認めるしかあるまい。其方は麻呂より上よ」
目を伏せる。
それから、顔を上げて続けた。
「だが、麻呂は兄! 才能では負けても心まで負けてはおれぬ! 友を救われた借りもある! 共にこの国を守ろうぞ!」
マティウスの決意と覚悟に、他の皆もうなずいてくれた。
邪神から逃げ延び合流した、各陣営の魔術師たち。
多くは同じローゼンベルデの一部リーグでしのぎを削っていた者達だ。
その実力を、マティウスは誰よりも知っている。
加えて、共に行動したニナ陣営。
オーウェン・キングズベリーと、どこに隠れていたのかと思うほどの実力者エインズワース。
二人の仮面魔術師も世界的に活躍していると言うだけあって相当の実力者。
他の学生たちも非常にレベルは高い。
あと数年すればローゼンベルデでも十分に通用する魔術師になれるだろう。
(魔術後進国だと思っていたが、評価を改めなければな)
しかし、すべてはこの戦いに勝利し、国を守ってからだ。
『マティウス様! 市街地東側に敵が――!』
「邪神か」
『いえ、怪物の軍勢です! おそらく、フィールド外縁部を制圧し、中の者を殲滅しようと内部に入ってきたのではないかと』
「なに……」
想定外の事態。
「南側、北側から援軍を回せ! 全力で廃市街地内部への侵入を阻止するぞ」
状況は想像以上に悪い。
その上、間違いなくフィールドの安全装置は停止させられている。
これは試合ではなく、命に関わる戦闘だ。
しかし、自分たちよりはるかに数が多い悪魔の軍勢に対しても、マティウスの心に不安はなかった。
兄に勝ちたいと磨いてきた魔術。
勝たなければ意味がないと思っていた魔術。
しかし、本当はそうじゃなかったのかもしれない。
(俺は今日ここで戦うために魔術の道を歩いてきたのかもしれないな)
磨いてきた力のすべてを使って、国を、仲間を守るために戦うことができる。
王子として、魔術師として、これ以上の名誉があるだろうか。
(爺、今までありがとう。俺は爺のくれたものを胸に、この国を守る……!)
決意するマティウス。
隣で第九王子が言う。
「行くぞ、弟よ」
「ああ」
あまり好きではなかった一つ年上の兄を頼もしく思う日が来るとは。
突進してくる悪魔の軍勢。
マティウスは魔術式を起動する。
「来い……! ローゼンベルデ第十王子。マティウス・ローゼンベルデの力、しかと体に刻めッ!」
国を守るための戦いが始まった。






