112 王位継承戦5
第十二王子の策に、他陣営は好意的な反応を見せた。
『さすが麻呂が見込んだ同志! そのような策を思いつくとは!』
協力関係にある第九王子は声を弾ませて賛同したし、第二王子陣営、第三王子陣営も含め残ったほとんどの勢力が大同盟に加わった。
「共通の敵を作り、結束させて潰し合わせることで最も脅威な第一王子陣営を切り崩そうという策ですね」
エインズワースさんに僕はうなずく。
「そういうこと。第一王子陣営に対する警戒度も上がる。他勢力を倒して人形を作るのが難しくなる。勘の良い相手なら裏で糸を引く僕に気づく可能性はあるけど、それでも乗るしかない。第一王子陣営が脅威なのは事実だから」
「わかっていても、他に方法がないと」
「結果僕らはノーリスクで状況を優位に運ぶことができる」
第十二王子につけた盗聴器の音声を聞きながら、僕は口角を上げる。
「大決戦になる。戦況が一気に動く」
◇◇◇◇◇◇◇
大同盟を組み、第一王子陣営を叩く。
第三王子クレインがその申し出を受けたのは他に選択肢がなかったからだ。
他陣営にとって想定外だったことは二つ。
フィーネ・シルヴァーストーンのコンディションが想定以上に良かったこと。
そして、第一王子ベルクロードの人形製作がクレインの知るそれよりはるかに強力なものになっていたこと。
(おかしい。クソ兄貴にあれだけの数の人形を作る力は無かったはず……)
ベルクロードの人形製作は電撃系の魔術だ。
電気の針を具現化し、神経回路を操作して体を操る。
人形は魔術が使えないが、電気信号を通して体が持つエネルギーを最大限引き出すことで、人間離れした身体能力を獲得する。
魔術戦用安全装置をかいくぐる域まで磨き上げられた、異能と呼べるまでに繊細な魔術制御力。
しかし、その一方でベルクロードの魔力量は決して多くない。
第二王子ヴィルヘルムには遠く及ばないし、クレインの方が魔力量自体は上のはずだ。
腕を上げたというだけでは、実現し得ないはずの魔力量。
クレインの明晰な頭脳が一つの結論を導き出すのに時間はかからなかった。
(禁止薬……)
魔力量を格段に向上させる禁止薬物。
彼の暗殺教団でも使われているというそれを、何者かが宮殿内に運び込んだ痕跡をクレインは掴んでいた。
それもおそらく、複数の陣営が。
(クソ兄貴が禁止薬を使ったのはほぼ間違いないだろうな)
考えたくないことだったが、それ以外ではありえない。
(となると、暗殺教団に依頼してヴィルヘルム兄を消そうとしたのもクソ兄貴である可能性が高い、か……)
そう考えると、すべての線がつながる。
王位継承戦前、ベルクロードが周囲との関わりを一切断ち、取り憑かれたように準備に没頭していたこと。莫大な金額でフィーネ・シルヴァーストーンの協力を取り付けたことも。
(そこまでして王位が欲しいかクソ兄貴……!)
この大同盟の裏で誰かが糸を引いている可能性にクレインは気づいている。
しかし、今最優先で対処すべきは間違いなく第一王子陣営だ。
(絶対俺がぶん殴って、性根をたたき直してやる)
クレインはそう決めている。
◇◇◇◇◇◇◇
第一王子ベルクロードは他陣営の動きに変化が生じていることを機敏に察知していた。
おそらくはこの状況における最善手。
他陣営と共同して、最も強い第一王子陣営を最優先で叩く。
その可能性にベルクロードは気づいていた。
予知していたとさえ言っていい。
必ずこういった構図にはなるだろう、と。
策定したプランの中にこの状況は含まれている。
だから、他陣営が手を結んでも勝てる圧倒的な戦力を集めるべく奔走した。
(予定より早い、か……)
一つだけ誤算だったのはその速度。
各陣営が手を結ぶまで、まだ時間がかかるだろうというのがベルクロードの想定だった。
誰に寝首をかかれるとも限らない王位継承戦。
他者と手を結ぶこと自体が一つのリスクになる。
大同盟が実現するのは、本当に追い詰められた後。
それまでに勝利が確定するだけの戦力差をつけられるはずだったのだが。
(裏で動いた何者かがいる……)
その正体にベルクロードは気づいていた。
人形製作でゼブルス執事長から聞き出した第十七王女陣営に属する少年の情報。
第十六王女ルナの弱みを握り手駒に変え、さらに第十王子マティウスも何らかの手段で籠絡した。
おそらく、今回の共同作戦も彼の策。
その上、肝心の第十七王女陣営が作戦に参加していないあたりにその周到さが見える。
敵同士を戦わせ、消耗したところで漁夫の利を得ようという狙い。
(君の考えは手に取るようにわかる)
ベルクロードは全軍を引き上げる。
(何故なら、私も同じ穴のムジナだから)
防衛戦に適した山岳地帯に陣を張り、迎撃態勢を整える。
戦術家としても優れた彼は、ここが分水嶺であることを理解している。
(絶対に勝つ。たとえどんな手段を使っても……)
ベルクロードはそう決意している。
そのために、選手生命を捨て、禁止薬を飲んだ。
(王になるのは私だ)
ベルクロードは眼下に一斉に姿を見せた、他勢力の集団を見据えて思う。
◇◇◇◇◇◇◇
第二王子、ヴィルヘルムは連合軍の最前線から山上に布陣した第一王子陣営を見上げた。
(数の上では互角。地の利を活かして勝とうって腹か。兄貴らしい)
目的のためには手段を選ばないベルクロード兄のことだ。
幾多の魔術トラップが張り巡らされているのはまず間違いない。
「危険すぎます、ヴィルヘルム様。あの警戒網に正面から突撃するなんて」
「いいじゃねえか。ヒリヒリするくらいが一番面白えだろ」
「しかし、怪我も完治していないのに……」
「この俺があの程度の警戒網も突破できないと言うのかい?」
ヴィルヘルムは鋭く言ってから、にっと表情をゆるめる。
「大丈夫だよ、大丈夫。俺に任せときな」
ヴィルヘルムが思いだすのは弟クレインの言葉だ。
『協力してほしい。クソ兄貴は禁止薬を使ってる。何が何でもこの王位継承戦を勝つ気だ。その動きにどうにも怪しいものを俺は感じてる。絶対に止めないといけない。そんな気がしてる』
あまり考えたくないことではあったが、兄ベルクロードの動きにいつもの余裕がないことはヴィルヘルムも感じていた。
『バカ兄貴は正面から敵を押し込み、注意を引きつけてくれ。俺が背後に回り込んでクソ兄貴の首を取る』
だが、ヴィルヘルムにとって大きかったのは兄のこと以上に、弟のこと。
普段ツンツンしてて中々寄ってこない弟が、見舞いに来たり、頼ってくれたり。
そんな風に言われたら応えるのが兄ってものだろう。
(何をしようとしているのか知らねえが、止めさせてもらうぜベルクロード兄)
ヴィルヘルムは山上から見下ろす人形の軍勢に向け、地面を蹴った。
「行くぞ! てめえら! 勝ちたいやつはついてこい!」
駆け出したヴィルヘルムに殺到する第一王子陣営の魔術師による魔術砲火。
人間離れした身体能力の人形たちが、一斉に跳びかかり、取り囲んでヴィルヘルムを消そうとする。
『炎剣乱舞』
しかし次の瞬間、彼らは串刺しになっている。
豪雨のように降り注いだのは無数の炎の剣。
超高温の炎剣がすべてを蒸発させる。
空気をゆらめかせる。
瞬きの間に、七体の人形たちが戦場から消失した。
「これが、ローゼンベルデの至宝……」
息を漏らしたのは誰だったか。
しかし、ヴィルヘルムは足を止めない。
千の称賛も栄冠も、彼にとってさして価値は無い。
求めるのはただ一つ。
昨日の自分より強い自分。
それだけ。
その姿は、後ろを駆ける者たちに力を与える。
この人がいれば、自分たちに敗北はない。
連合軍の選手たちは、一斉に敵戦線を押し込んでいく。
ヴィルヘルム・ローゼンベルデが戦線を突破するかに見えたそのときだった。
「貴方は私が相手をします。『炎剣』のヴィルヘルム」
長い銀色の髪が揺らめく。
立ち塞がったのは、フィーネ・シルヴァーストーン。
灼熱が空気を蒸発させる中、その表情には汗一つない。
「面白え。そう来なくちゃな」
炎の剣が『宝石の盾』に殺到する。
今回の王位継承戦、最強と目される二人の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇◇
「勝てない相手なら、別の敵に潰してもらえばいい。既に舞台の幕は上がった」
戦況を僕らは少し離れた森から観察する。
「踊ってもらうぞ、僕の手のひらの上でな……!」
鏡の前で練習しておいたかっこいいポーズを決める僕。
茂みの影で謎の仮面魔術師が言う。
「悪役風なアーヴィスくんもいいかも……!」
「恋は盲目」
状況は、僕の狙い通りに推移していた。






