111 魔導国の影3
そこは深い闇の中だった。
両手足が椅子に縛り付けられている。
何も見えない。
いや、違う。
自分は目隠しをされているのだ。
「おはようございます。気分はどうですか」
聞こえてきたのは感情の無い女の声。
少女のように聞こえるそれが、しかし底知れない怪物のものであることをスパイダーは知っている。
「何をしても無駄だ。俺は吐かない」
「構いませんよ。暗殺教団の五段目、スパイダーさん」
その言葉にスパイダーはぞくりとする。
(どうして……どうしてこの女はそのことを知っている……?)
共に拘束されただろうあいつらが吐いたのだろうか。
いや、やつらだってプロだ。
いかなる拷問に対しても、口を割るとは思えない。
「何故それを知っている」
情報を引き出そうと言ったスパイダーに、
「調べればわかることです」
怪物は簡単なことのように言う。
「わたしたちは世界を隅々まで見通せる目を持っているので」
(一体どれほどの情報網を持っているというのだ、この組織は……!)
絶句するスパイダー。
「小細工や抵抗は無駄です。わかっていただけました?」
「……わかった」
敵の全容さえ掴めていないこの状況、駆け引きはあまりにリスクが高すぎる。
ひとまずは従順に従うしかない。
「一つだけわからないことがあるんです。それは――報酬額」
邪教徒の少女は落ち着いた声で言った。
「各王子王女ごとで異なる金額が設定されているのはわかります。が、それなら今回の王位継承戦最有力と見られていた第二王子が最高額じゃないとおかしい」
続ける。
「どうして第十七王女に最高額が設定されているんです?」
それはスパイダー自身疑問に思っていたことでもある。
一族から疎まれている欠陥品。
そのことが知られたら家名に傷が付く可能性があるのはわかる。
しかし、だからってここまで異常な額がつくのはあまりにもおかしい。
「俺は知らない。組織内のことは任務に必要な情報しか知らされない」
「そうでしたね。では、知っている方に話を聞くことにしましょう」
「知っている方?」
「十三階段全員にお話を聞けば一人くらいは知っている人がいるとは思いませんか?」
「…………!!」
スパイダーは絶句する。
裏社会の頂点、その一角に君臨する暗殺教団の十三階段を壊滅させようと言うのかこの女は……!?
そんなことできるはずがない。
そう反射的に思ってから、言葉を飲み込む。
この怪物たちなら……やりかねない。
「お前たちの目的は何だ……?」
「我々の神にあだなす存在には裁きをくださないといけませんから」
「ドラアヴィ……」
「そういうことです」
声がやわらかくなって、スパイダーは彼女が微笑んだことを知る。
神と崇める存在に、この怪物たちは心酔しているらしい。
これだけ強大な力を持つ組織だ。
下手すると、世界そのすべてさえ掌握しかねない。
信じる神――ドラアヴィのために。
(一体ドラアヴィとは何なんだ……)
スパイダーは思う。
最後のメッセージは届いているはずだ。
その謎を教団の仲間たちが解いてくれることを願う。
その日、暗殺教団が所有する地下大聖堂では十三階段が集まって会議が行われていた。
普段より厳重に敷かれた警戒網。
民間人に偽装した構成員たちは、鼠一匹通すまいと周囲を鋭い目で監視している。
そんな会議の中でスコーピオンは思考の海に沈んでいた。
スパイダーが最後に残した謎のメッセージ『ドラアヴィ』の謎はまだ解けていない。
その上で今後どのように行動するか。
「敵の全容が掴めるまですべての作戦行動をやめ、潜むしかない」
会議は当初スコーピオンが示した方向性に進んでいる。
強硬に反対していたスパイダーが行方不明になったことで、内心不満があった者たちも考えを改めたのだろう。
問題はない。
何も問題はないはずだ。
しかし、スコーピオンは何かひっかかるものを感じずにはいられなかった。
形のない何かがスコーピオンの頭の中を巡っている。
スコーピオンは離席し、地下大聖堂の廊下を歩きながら物思いにふける。
(何だ? 何がひっかかっている……?)
ふと目に留まったのは至る所で作動する監視カメラだった。
赤く点灯するランプが正常に機能していることを示している。
考えすぎだとは思いつつも、スコーピオンは中央管理室に向かう。
「スコーピオン様、どうかなされましたか?」
「いや、少しな」
並んだ五十を超える数の映像モニター。
間接視野でそのすべてを一度に確認して、スコーピオンは何も異常が起きていないことを知る。
まるで穏やかな日曜日の朝のように落ち着いたものだ。
周辺で警戒に当たっている構成員たちの信号もすべて所定の位置で点灯している。
そこにあるすべての情報が、一切の問題が起きていないことをスコーピオンに伝えている。
(考えすぎか)
スコーピオンは胸をなで下ろしつつ言う。
「その映像、少し巻き戻してもらえるか?」
「はい、わかりました」
何の気なしに言った言葉に深い意味はない。
ただ、念には念を入れておこうと思っただけだ。
47番の監視カメラは先ほどスコーピオンが歩いた廊下のもの。
巻き戻せばそこには彼の姿が映っているはずだ。
映像が巻戻る。
そこにスコーピオンの姿は映っていなかった。
(――――!)
息を呑む。
何かが……何かが、起きている。
「至急外の警戒に当たってる全警備班に通信を送れ」
「え? しかし、何も異常は――」
「送れ。命令だ」
「承知しました!」
送られる通信。
しかし、つながらない。
発信音だけが響き続ける。
「これは……?」
「敵襲だ。最大戦力で迎撃に当たれ」
スコーピオンは管理室を跳びだして、会議室へ走る。
既に敵は外を警戒していた仲間を完全に無力化している。
(急がなければ……!)
「敵襲! 敵襲だ!」
会議室に飛び込んだスコーピオンを他の十三階段は呆然と見つめた。
「そんな……ありえない……」
「事実だ」
迎撃すべく会議室を飛び出す仲間たち。
その背中を追おうとしたスコーピオンの足が止まる。
両脚は根を張ってしまったみたいに動かない。
前へ進むことができなかった。
(俺は……怯えているのか……?)
ありえない。
恐怖なんて感覚はとっくの昔に克服したはずだ。
しかし、脚は前に進んでくれない。
彼は本能的に悟っていたのだ。
教団の仲間では、今相対している敵に勝つことはできないと。
(逃げるしか……逃げるしかない……!)
スコーピオンは走る。
敵とは逆方向。
組織の中でも一部の者しか知らない緊急用の隠し通路。
誇りも十三階段の地位もすべてを捨てて、生き延びるために走る。






