110 王位継承戦4
「すごい、言ったとおり……」
ルナ王女は、廃市街地から立ち上る黒煙を振り返って言った。
「それなりの数の人形は持って行けたはずです。が、想定していた時間より早い。念のため、最速で動いてなければ完全にやられていました」
僕は手元の端末で時間を確認しつつ言う。
第一王子陣営の強襲からなんとか生き残った僕らは、他陣営の動きを見つつ移動を続けていた。
「随分数が減ったな」
マティウス王子が周囲を見回して言う。
第一王子陣営による強襲の被害は大きかった。
決死の思いで僕を逃がしてくれた二人――メリアさんとレリアさんを失った。
しかし、マティウス王子とルナ王女の陣営の被害はさらに大きい。
マティウス王子陣営の生き残りは三人だけ。
「ルナだけになっちゃった……」
ルナ王女の陣営に至っては彼女一人を残して壊滅してしまっている。
ぐぬぬ……魔導王になってエリスと幸せお金持ち生活する計画が。
「あ、あなたあたしだけになって使えないって思ってるでしょ!」
「思うわけないでしょう。ここまで数が減った以上、全員の力を合わせて戦うしかない。ルナ王女は重要な戦力です」
「そ、そう……」
ルナ王女は驚いた様子で目をぱちぱちさせていた。
一人一人になるべく良いパフォーマンスを発揮してもらわないと。
見てろ、第一王子陣営!
将来安泰な不労所得のために、ローゼンベルデは絶対に我が手に落としてやるんだからな!
「とにかく、一度休息を取りましょう」
通信を傍受して安全を確保しつつ、僕らは廃市街地西側の一角で休息を取った。
移動続きで蓄積した疲労を回復しつつ、携帯食をお腹に入れ長期戦に備える。
そんな中でもエリスとニナ王女は魔術の練習をしていた。
「大丈夫? 疲れてない?」
「わたしは何もしてないから。兄様は、やっぱりわたしを戦わせたくないみたいだし」
「それは……」
「いいの。それだけ大事に思ってくれてることはわかってる。それに、今のわたしが力になれる戦いじゃないっていうのもわかったから」
エリスは目を伏せて、それから僕を見上げた。
「でも、わたしは兄様を守れるわたしになりたい。隣に立てるわたしになりたい。だから、がんばらせて」
「うん」
休むように言うことはできなかった。
何を言っても聞かないだろうって、そういう目をしていたから。
「あきらめが悪いところそっくりですね」
エインズワースさんが微笑む。
「悪い影響与えちゃったな」
「良いことだと思いますよ」
それから、エインズワースさんは肩を落とした。
「あとは、私にも活躍の場があればいいのですが……」
不安になっているらしい。
「エインズワースさんは僕らの切り札だからね」
「切り札?」
「うん、とっておきの秘密兵器。一番大事なところで切るカードだから」
「秘密兵器……一番大事なところ……」
エインズワースさんは瞳を輝かせつぶやく。
「わかりました! 秘密兵器エインズワース、万全の準備を整えて待っておりますね!」
その言葉はエインズワースさんの心をいたく打ったらしい。
張り切って体のストレッチをするエインズワースさんを見ながら、この人扱いやすくて助かるなぁと思う。
少し離れたところで練習するニナ王女に声をかけた。
「弟子よ。がんばっておるかね」
「はい。ただ、あまりうまくはいってないですけど」
「大事なのは自分にできるベストを尽くしたかだ、弟子よ。手を抜いてないか? ベストを尽くしているか?」
「全力でやっている、と思います」
「だったらそれでいいのだ。うむ」
他陣営の動向を確認しつつ、相変わらずまったくといってできないニナ王女の練習を見守る。
そろそろ動きだすかと廃墟の中に戻った僕に声をかけたのはルナ王女だった。
「あの子、まだあきらめてないんだ」
「そうですね」
「で、あなたもあの子をあきらめてない」
「そうなります」
「どうして? みんながあの子をあきらめたのに。切り捨てたのに」
「他の人がどういうかは関係ないじゃないですか。僕はあきらめたくないと思う。それだけです」
「あなた、変わってる」
ルナ王女は目を伏せて言う。
「愚かな子がいたの。兄姉たちは自分のことを見てくれなくて。劣っているのを自覚してて。だから、もっと劣ってる子を見下すことで自分を肯定しようとした。あの子よりはマシだ、あんなのよりはマシだって。がんばってる姿を見てバカにしてた。また無駄なことしてるって。本当に愚かなのは、その子自身の方だったのに」
「すごい詳しいですね、その子のこと」
「た、たまたまよ! たまたま知ってただけ」
あわてて言うルナ王女。
「その子は、これからどうすればいいと思う?」
瞳が、不安そうに揺れていた。
「手助けしてあげたらいいと思いますよ。相手の子には協力してくれる仲間が必要です」
「でも、嫌じゃないかしら。あたし、その子が知らないところでいっぱいひどいこと言ったし」
「だったら、まずは謝るところからですね。誠心誠意ごめんなさいして、それから関係を築いていけばいいと思います」
「……がんばって、みるわ」
ルナ王女は言った。
さて、ローゼンベルデを我が物とするために何をするべきか。
僕は廃墟の屋上で周囲を観察しつつ作戦を立てる。
戦況は僕らが休んでいる間も動いていた。
第九王子陣営と第十二王子陣営の連合軍が第一王子陣営と交戦。
フィーネ・シルヴァーストーンを前に約半数を失い、敗走した。
その半数は第一王子が人形にして仲間に加えたと見て間違いないだろう。
いよいよ第一王子陣営の勢力が、手のつけられない域に達しつつある。
「あの人に頼むしかないか」
僕は階下に降りて、張り切ってストレッチをしているエインズワースさんに声をかける。
「お願いしたいことがあるんだけど」
「わ、私の出番ですか? いえ、わかってますよ。もうこういう流れは何度も経験してますからね。『僕はここを離れるからエリス様のことをお願い』ってことですよね。大丈夫です。この秘密兵器エインズワース、最後に目立てる出番さえいただけるのでしたら、そこまでは我慢できますから」
「いや、一緒に来て欲しい。エインズワースさん以外には頼めないことだから」
「………………え?」
「つ、遂に私に最前線で活躍の場が! アーヴィス様と同行! 信じられません!」
二人で移動中、エインズワースさんは声を弾ませて言った。
「目立っちゃダメな作戦だからね。あくまでこっそりと、できれば誰にも見つからずに進めたいから」
「わかっています。アーヴィス様の右腕として立派に勤め上げて見せますから!」
大丈夫かな、と若干の不安を感じていると、
「ご安心ください。私目立たないのは得意です!」
あ、大丈夫そう。
「エインズワースさんがいてくれてよかったよ。そのままの君でいてくれてもいいからね?」
「いえ、私は目立てるようになります! なってみせます!」
そんなやりとりをしつつ、山岳地帯へ。
『こちら斥候班。北側敵影なし』
通信を傍受し位置を把握しつつ、見張りの魔術師を突破する。
丘の影に布陣した第十二王子陣営の傍で機を待った。
「余は花を摘みにいこう」
第十二王子が一人になったその瞬間だった。
『九秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』
時間を止めて、第十二王子を茂みの奥へ連れ込む。
『拘束する水蜘蛛』
エインズワースさんの水流の糸が、一瞬で第十二王子を拘束した。
「っ――――!!」
「少しお話をしましょうか、第十二王子」
「貴様、余にこんなことをして許されると――」
「抵抗しても良いですが、無謀だと思いますよ? 貴方を我々は一瞬で終わりにすることができる。貴方を拘束したときと同じように、悲鳴が形になる前に一瞬で」
止まった時間の中で、刹那の間に茂みの中に連れ込まれ拘束された第十二王子にとって、僕の言葉は十分な説得力を持っていたらしい。
「な、何が望みだ。頼む、見逃してくれ……」
怯えた声で言った。
「大丈夫です。悪い話ではありません。むしろ僕は貴方に協力したいと思ってます。魔導王になって自分を敵とさえ思ってくれない兄たちを見返したいんですよね。そのために第九王子と手を組んだ。なのに、フィーネ・シルヴァーストーン相手に歯が立たず完敗。苦境に立たされている」
「…………」
唇を引き結ぶ第十二王子。
「こんなはずではない。僕もその通りだと思います。貴方は学問の分野において明晰な頭脳の持ち主だ。評価されないのはローゼンベルデが魔術を何より重んじる国だから。他の国なら、と何度も思ったことでしょう。そんな貴方に、兄妹の中での評価を上げ、魔導王に近づく策を授けましょう」
「……策?」
「他の勢力に密使を送るんです。一時停戦。協力して第一王子陣営と戦おう、と。第一王子陣営は他陣営選手を人形に変え、勢力を拡大している。全勢力が危機感を覚えているはずだ。乗ってくる陣営は多いはずです。みんな貴方の頭脳と行動力を見直すことでしょう。貴方が、この王位継承戦を大きく動かす」
「余が、そんな大事を……」
第十二王子は驚いた顔で言う。
「だが、こんなことを余に伝えて其方に何の得がある?」
「僕は第一王子に何か悪しきものを感じているんです。世界一の選手を陣営に加え、他陣営の選手を人形に変えてなんとしてでも勝とうとしている。こんなやり方をする人間が魔導王になるのはいけません。ローゼンベルデは任せられない。勝つべきなのは貴方方だ」
「……たしかに、事前準備の段階から怪しい部分は余も感じていた。なるほど、そういうことか」
第十二王子はうなずく。
「其方の気持ち受け取った。感謝する」
「お願いします、ローゼンベルデの未来のために」
「わかった」
『他陣営に密使を送ろうと思うのだが』
つけた盗聴器からの音声に僕は満足する。
「ふっふっふ、作戦は成功した。あとは待つのみだ」
「また一つ勝利に近づいてしまいましたね」
悪い笑みをかわしあう僕ら。
状況は、密かに動き始めようとしていた。






