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108 王位継承戦2


 下剤が効き始め、攻撃が弱まったマティウス陣営。

 その隙を見逃す僕らじゃない。


「右翼に穴ができたわ。集中砲火。崩すわよ」


 メリアさんの指揮でみんなの魔術砲火が一斉に殺到する。


「メルテザッカーが危ない!」

「学生連中にやられてたまるか……!」


 腹部をおさえて倒れた選手を助けようと、周囲の選手がすかさず迎撃の魔術を放つ。


 しかし――


「それじゃ私たちには届かないわ!」

「わたしたちは謎の仮面魔術師だから。強いから」


 電撃と氷の壁が攻撃魔術を無力化する。

 立ち塞がったのは謎の仮面魔術師二人。


「すごいです、大会の時よりずっとよくなってる」


 感心するレリアさんに、


「頼りになる。さすが謎の仮面魔術師と言ったところか」


 オーウェン先輩が言う。


「……え、オーウェンくん気づいてないんですか?」

「ん? 何がだ」


 首をかしげるオーウェン先輩。


「お、オーウェンくんはちょっと天然なところがあるから」

「そうです! そこがかわいくていい――って違います、なんでもないです隊長!」


 フィオナ先輩とモニカさんが言った。

 ……あれ気づかないんだオーウェン先輩。


 ともあれ、一線級の魔術師とは言え、最悪のコンディションでの戦闘には限界がある。


 一人、また一人と腹部をおさえてくずれ落ちる敵選手。

 形勢の針は次第に傾いていく。


「王子を! 王子を守れ!」


 集まって守りを固める敵選手たち。

 しかし、そこは既に僕の間合いに入っていた。



『九秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』



「バカ、な……」


 一瞬で四人を無力化した僕を、マティウス王子は呆然と見つめた。


「皆さん一線級の魔術師ですが、常に最高のパフォーマンスを出せるわけじゃない。今の状況、この間合いなら僕の方が上です」

「……時間操作。なるほど、見事だ」


 目を伏せるマティウス王子。

 おそらく初見のはずなのに、ここまで早く状況を理解するのはさすが実力者というところか。


 だからこそ、利用価値がある。


「不幸な事件でしたね。大事な王位継承戦最初の戦闘。敵の奇襲を受けたそのタイミングでチームメンバー全員が腹痛に襲われるなんて」

「貴様、やはり我々の食事に細工を……」

「食事ではないですけどね。細工はさせていただきました」

「それでも魔術師か!」


 魔術式を起動しようとしたマティウス王子は、しかし腹部をおさえてうずくまる。


「卑怯だぞ……!」

「目的のためには手段を選ばない主義なので」

「誇りは、誇りはないのか貴様……!」

「名誉のために誇りを捨てた貴方に言えたことですか、マティウス王子」


 僕はマティウス王子に数枚の写真を見せる。

 そこには、禁止薬とそれを見つめる王子の姿が映っていた。


「どこでこれを……」

「我々は世界を見通せる優れた目を持っているので。貴方の動きを我々は完全に察知していました。ちなみに、こちらが証拠音声データです」


 魔動式小型レコーダーを渡す。

 自分だけでなくチームメイトの関与を決定づけるそれを、マティウス王子は確認するや否やすぐにたたき壊した。


「残念ですがそれはコピーしたものです。原本は大切に保管してあるのでご安心を。チームメイトのみなさん全員分ありますよ。下手なことをすると、仲の良いみなさん全員が処分を受けることになるので対応にはご注意を」

「……頼む、皆は俺に協力しただけだ。皆のことはどうか」

「大丈夫です。僕は貴方に協力したいと思っています。幼い頃から人並み外れた成果を出しながら、さらに出来が良い兄たちのせいでずっと苦渋を味わってきたんですよね。遂に手に入れた下剋上のビッグチャンス。禁止薬に手を出してしまったのも、すべては境遇のせい。悪いのは貴方じゃないと思いますよ?」

「……一体何を」

「協力してください。この王位継承戦。僕に味方してくれるなら、このことは墓場まで持っていくことを誓います。僕らが勝利した暁には相応の対価も支払いましょう。どうですか」


 マティウス王子は顔を俯ける。

 やがて、言った。


「……わかった。協力する」

「交渉成立ですね。良い王位継承戦にしましょう、マティウス王子」


 僕は言った。






 こうして、さらなる戦力の増強に成功した僕ら。

 王位継承戦初日は予定通り順調に進んでいる。


 これで、第二王子陣営や第三王子陣営とも十分戦えるだけの戦力は確保したはず。


 ちなみに、メリアさん以外には薬のことは伏せ、僕が敗勢のところを説得して仲間になってもらったことにしてある。


「あ、あたしがマティウス兄様に勝てたなんて」


 ルナ王女は、信じられない様子で目をぱちぱちしていた。


「やりましたね、ルナ様」


 魔術師としても腕があることから王位継承戦にも出場しているゼブルス執事長が言った。


「う、うん」


 うなずいてから、頬をゆるめるルナ王女。

 思わぬ出来事だったけど、素直によかったなと思う。


「脅威になるとすれば、ベルクロード兄の陣営だろう。兄たちも強敵だが、何よりあそこにはフィーネ・シルヴァーストーンがいる」


 フランチェスカさんからもらっておいた薬で、お腹の調子も元通りになったマティウス王子が言った。


「やっぱりあがるのはそこなんですね」


『戦神』と呼ばれる史上最高の選手。

 土属性魔術を百年は先に進めたって言われていて、神域とまで言われるその先進的な魔術は名門魔術大学の研究チームでも解析できずにいるとか。


 ちなみに、フィオナ先輩は熱心なファンらしく、


『信じられない! 本当にすごいんだよ。あれを見てないのは魔術戦の選手として絶対間違ってると思う。あとで一緒にプレー集見よう』


 って前のめりになって言っていた。

 さすが家族ぐるみで魔術戦のファンだっただけのことはある。


『あ、別に一緒じゃなくてもいいからね。勢いで言っちゃったけど、一緒に見たいってわけじゃなくて、ただ見た方がいいって伝えたいだけだから、それだけ』


 顔を赤くして早口で、そんなことも言っていたけど。

 とにかく、すごい選手らしい。


「第一王子陣営に対しては最大限警戒して、接敵しないよう動いてます。今のこの場所は距離的に近いですが、間に二つの陣営がいるのでなかなか突破してくるのは難しいと思いますし」


 そのとき、僕の耳に届いたのは、傍受した無線からの悲鳴だった。


『強襲! 第一王子陣営の強襲です!』

『止められません! 『戦神』が……『戦神』がいる……!』

『ハンナ様お逃げください! 勝てる相手では――』


 途切れる通信と続く悲鳴。

 しかし、それも僅かな時間の間のことだった。


 通信が途切れる。

 何の声も届かなくなる。

 その事実が何より雄弁に戦場で起きたことを伝えていた。


「第六王女陣営は壊滅したと見て間違いないですね」

「でも、お姉様の陣営も強力な選手たちを揃えてます。こんなに早く全滅するはずが」


 声を上ずらせるニナ王女。


「いや、持たない」


 マティウス王子は落ち着いた声で言う。


「ただの一線級では時間稼ぎにさえならない。フィーネ・シルヴァーストーンは次元が違う」

「至急ここを離れた方がいいですね。序盤から他陣営に攻勢をかけないと読んでましたが、そうでないならより慎重に動いた方がいい」


 僕の言葉にうなずくマティウス王子とメリアさん。

 指示を伝え、移動を開始する。

 事前に作成した地図に目を落とし、最善のルートを考えているとオーウェン先輩が言った。


「急いだ方がいい。このままでは捕まる」

「え?」


 でも、まだ間に第十四王子陣営が――

 言いかけたそのときだった。


『ヘスラー様! ヘスラー様だけでもどうか――』


 途切れる通信。

 僕は敵の戦力を見誤っていたことを知る。


 常識では計れないイレギュラー。

 ありえないはずのことを現実にする、圧倒的な個人能力。


「全軍退避! 全力で撤退します!」


『こちら斥候班! フィーネ・シルヴァーストーンが! フィーネ・シルヴァーストーンが来ます!』

『逃げ切れません! そんな――』


 マティウス王子の斥候班からの通信。

 それは完全に想定外の事態だった。

 ここまで短時間でこれだけの距離を詰めてくるなんて。

 チームで動いていればこんな動きはまずありえない。


 つまり、フィーネ・シルヴァーストーンは単騎で敵陣深くへ突破している。


 リスクがあまりに高すぎる、セオリーではありえない行動。

 それが成立してしまうほどに、その個の力は次元が違う。


 だったら尚更、ここで戦うのは得策じゃない。

 敵は第一王子陣営だけじゃない。

 重要なのは消耗せず、一人でも多く戦力を維持した状態で生き残ることだ。


 なんとしてでも交戦を避け、逃げ切れないと。


 しかし、それが不可能なことだとどこかで僕はもう気づいている。


「来るぞ」


 オーウェン先輩の言葉に、僕はうなずく。


「マティウス王子、ルナ王女。僕と残ってください。時間を稼ぎます」

「わかった」

「無理! こんなの絶対無理だって!」

「未公開株」

「わかった! やればいいんでしょ! もうやけよ!」


 迎撃態勢を取る僕ら。


「私も残るわ。任せて。大人数での戦いは得意分野よ」

「姉様が残るなら私も残ります」


 メリアさんとレリアさんが僕のすぐ後ろで言った。


「俺も残る」

「隊長が残るなら私も」


 オーウェン先輩と、モニカさん。


「私も残らせて! 世界最強の選手と戦えるなんて……!」

「リナリー、ダメ。中身漏れてる」


 謎の仮面魔術師二人も残ってくれた。


「アーヴィス様、私も――」


 言いかけたエインズワースさんの目を見つめる。

 それだけで、エインズワースさんは僕のお願いに気づいてくれた。


「エリス様、ここは退きましょう」

「でも、兄様が」

「申し訳ありません」

「兄様――!」


 エリスを抱えて逃げてくれるエインズワースさん。

 その背中に僕はほっとする。

 おかげで、心配することなく戦える。


「敵は少数。包囲します、鶴翼の陣を敷きましょう」


 メリアさんの言葉に、


「わかった」


 うなずくマティウス王子。


「か、鶴翼? えっと」

「ルナ様、大丈夫です。私にお任せください」


 ゼブルス執事長がフォローして、僕らは迎え撃つための陣を組む。


 やがて彼女は悠然と現れた。


 美しい白銀プラチナシルバーの髪を揺らし、落ち着いた足取りで森の奥から姿を現す。

 フィーネ・シルヴァーストーン。

 史上最高の選手。

 魔術戦の世界における神様。


「犠牲なしに食い止められる相手ではないぞ」

「わかってます」


 オーウェン先輩にうなずく。

 戦いが始まる。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 俺TUEEE系作品のなかでも爽快感溢れる作品 銭ゲバ主人公というのも斬新 そんな俗物がたまに吐く決めゼリフで男女問わず 堕ちていくのもいい 意味もなく主人公にヒロインが 堕とされる違和感が…
[良い点] あれ?禁止薬に手を出そうとしたことは、もちろん頂けませんが現状を冷静に分析、判断できたり、何より自分よりも他のチームメイトを庇おうとする辺り、マティウス思ったより優秀で良い人っぽいです。今…
[一言] 頑なにバフォーマンスって言葉でオブラートに包むの草
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