11 クラス対抗戦
翌日、リナリーさんは僕に弁当を作ってきてくれた。
そこまでされるのは申し訳ない、と恐縮する僕に、リナリーさんは「いいのよ、一人分も二人分も大して手間変わんないし」と言った。
「弁当自分で作ってるの?」
「意外?」
「王女だから、お付きの人が作ってくれるのかな、と」
「作ってはくれるけど、あの人たちの作る食事は栄養学的には物足りないのよ。一日三十品目は過去の話って言われてるけど、最低でも十四品目は絶対に取るべきだし。あと、DHAが魔力の向上に寄与するって研究もあって、私は三食必ず取るようにしてる」
「詳しいんだ」
「私は魔術の世界で特別な存在になりたいから。そのためにできることは何だってする。それだけよ」
凜とした顔できっぱりと言うリナリーさん。
それから、少し不安げに続けた。
「ただ、味付けは適当だったからそこはちょっと不安なのよね。姉様は私の料理、味薄いって言うし」
「そうかな。めちゃくちゃおいしいけど」
もやししか食べてこなかった僕的には奇跡の逸品だけどな、これ。
味付けも塩こしょうだけでなく、いろいろ入ってて複雑な味がするし。
「そう? なら、いいけど」
素っ気なく言いつつも、少しうれしそうなリナリーさんだった。気恥ずかしさをごまかすみたいに煮豆を口に運んで、「うわ」と顔を歪める。
「やっちゃった。これ、砂糖と塩間違えてる」
リナリーさんは苦々しげに頭をおさえて言う。
「この煮豆は食べなくて良いから」
「断る。僕は食べ物は絶対に残さない主義なんだ」
主義というか、ただ貧乏なだけなんだけど。
「ふむ。僕的には全然おいしいけどな、これ。むしろおかわりしたいレベル」
塩分強めの煮豆も、もやしに比べれば新鮮で複雑な味がする。
おいしくいただく僕を見て、リナリーさんは「変なの」と微笑んだ。
「クラス対抗戦?」
坊主頭の男子学生――ドランに頼まれたのはそんなある日だった。
「頼むよ。出場予定だったクドリャフカがプレッシャーに耐えられなくて熱出して倒れちゃってさ。代わりにクラス代表として試合に出てくれる人がいるんだ」
「そんな大事な試合なのか?」
「それはもう」
ドランは大げさにうなずいて言う。
「このFクラスの教室を見回してみろ。何か思うことはないか?」
「見回す……」
言われたとおり見回してみる。
ゴミ捨て場から拾ってきたかのような傷だらけの机に、雨漏りで腐り落ちた天井。強く踏むと底が抜ける床、定期的に剥がれる黒板。
「別に普通じゃないか?」
「全然普通じゃねえから! どう考えても、名門魔術学院の設備じゃないだろこれ!」
「ああ、なるほど」
言われて、納得する。
前住んでた家より全然マシだし、と思っていたけれど、ここは名門魔術学院なのだ。廊下は大理石でできていて、高級ホテルと見まがうレベル。そう考えると、このボロボロの設備は明らかにおかしい。
「Fクラスは学院が定めた基準を満たさないお荷物や劣等生が集められたクラスでさ。見せしめとして、学院はわざと劣悪な環境を作って授業を受けさせてる。みんな思うわけさ。Fクラスにだけは落ちたくないって。ほんと、ムカつく制度だろ」
苦々しげにドランは言う。
「それで、毎年恒例のクラス対抗戦の前に学年主任にかけ合ったんだよ。優勝したら、設備をマシなものにしてくれって。あいつなんて言ったと思う? 『できるものならやってみればいい。君たちにできるわけないけどね』ってさ。それで俺たちは決意したわけよ。絶対必ずどんな手を使っても、あの学年主任を闇討ちすると」
「闇討ちするんだ」
「対抗戦で優勝ってのはやっぱ現実的じゃ無いからさ。この制度ができてからFクラスが対抗戦で勝ったことはないらしいし。まして、優勝なんてできるわけない。あの化け物揃いのSクラスに勝たないといけないわけだからさ。悔しいが、学年主任の言うとおりなんだ」
リナリーさんが最後に放った魔術と演習場に空いた大穴を思いだす。
たしかに、あんな化け物揃いなら優勝は難しいだろう。
ここは名門魔術学院で、Fクラス生と言えどゲイル以上の実力者揃い。それでも、名門だからこそ、その実力差はよりはっきりした形で顕在化してくるということか。
「しかし、そこに一筋希望の光が差し込んできたわけだ」
「希望の光?」
「君のことだよ、アーヴィスくん」
名探偵みたいな口調でドランは言う。
「あのエメリ・ド・グラッフェンリートのお気に入りなのに、なぜかFクラス! 弁当全面に山盛りのもやしを食べる奇人にもかかわらず、学院中から熱い視線を向けられていたあのリナリー王女を転校してすぐ射止めてしまう。こんなやばいやつが並の魔術師なわけがない。君は、神が我々Fクラス生のために遣わしてくれた救世主だろう。そう我々は考えている」
随分やばいやつ的な評価をされていたらしい。
なんだかんだ、いろいろ目立ってたんだな、僕。
「頼む! 選手変更のために仮病で休んで貰ってるクドリャフカのためにも、対抗戦に出てくれ!」
「クドリャフカさんは仮病なのか」
「ああ。対抗戦で負けた場合は、そのアリバイを活かし速やかに学年主任闇討ちの一番槍になってもらう手はずになっている」
「クラスメイトが想像の二十倍過激派で僕びっくりなんだけど」
「大丈夫、これは聖戦だ。暴力でしか変えられないことも世界にはある。神も我らを許してくださるに違いない」
やばいやつらだった。
学院の階級構造は、被差別階級のFクラス生を相当まずいところまで追い込んでしまっているらしい。
「学年主任を闇討ちすれば、俺たちはまず間違いなく退学だろう。最後に、俺たちを見下してた連中に、一泡吹かしてやりたいんだ。頼むよ、協力してくれ」
「わかった。協力する」
教室の設備が良くなるならそれに越したことは無いし、エメリさんはなるべく目立った方がむしろ安全と言っていた。
その意味でも、クラス対抗戦への出場には、僕にとってメリットがある。
「よし! 一緒にあのムカつく学年主任をぶっ倒そうぜ!」
「いや、そっちじゃない」
こうして、過激派劣等生たちと共に、戦うことになった僕だった。
「みんな! 良い報告がある! あのアーヴィス氏が我らの仲間になってくれることになった!」
旧校舎三階にある空き教室は、Fクラス生の秘密基地だった。
彼らはここで日々、革命を起こすための計画を練っているらしい。
黒いローブで顔まで覆った姿は怪しい邪教の集会にしか見えない。
やばいやつらだ。
「おお! あのアーヴィス氏が!」
「口を開けば妹ともやしの話しかしないアーヴィス氏が仲間になってくれるとは! いかなる手を使って、交渉したんだ?」
「我らの不遇な身を案じてくださったのだ」
「さすがアーヴィス氏!」
「恋愛大明神は、救世主様でもあったわけか!」
歓迎してくれているらしい。
たとえ邪教徒でも好意を示されるのはうれしい。ありがたく受け取っておくことにする。
「今日臨時集会を開いたのは他でもない。来るクラス対抗戦に向け、作戦を立てたいと考えたからだ。先ほど、議長である私がクラス委員として対抗戦のくじをひいてきたのでその結果をまず伝えたい」
ドランは議長であり、クラス委員でもあるらしい。
このクラスは大丈夫なのだろうか。先行きを憂わずにはいられない。
「これがトーナメント表だ」
ドランは、手作りの大きな紙を黒板に広げる。
「我々の初戦の相手はAクラスになる」
瞬間、響き渡ったのは参加議員たちからの怒号だった。
「最悪じゃねえか!」
「絶対DかCを引いてくるって話だっただろ!」
「AクラスなんてSクラス並の無理ゲーだぞ!」
「帰れ! ハゲ帰れ!」
「やめろ! ハゲはやめろ!」
坊主頭は強い口調で言う。
「私が十六歳にして生え際に不安を抱えているのは今は関係ない。議会では、冷静かつ建設的な発言がなされるべきだ」
「すまない、感情的になった。許してくれ」
「ああ。わかればいい」
ドランは、落ち着いた声で会議を再開する。
「試合のルールは公式規則に則った魔術戦。代表選手十人対十人による、大将戦になる」
「十対十か」
「例年通りだな」
ドランが知らない参加者のために、詳細を教えてくれる。
互いのチームに一人ずついる、赤いコートを着た選手――すなわち大将を先に撃破したチームが勝ちになるらしい。
「大将はアーヴィス氏で決定として、問題はどういう陣形でどこに布陣するかだが、安心して欲しい。聡明な私は既に完璧な作戦を考案してきた」
「さすが議長!」
「一生着いていきます!」
「生え際復活してるよ! かっこいいよ!」
「ふっふっふ。そうだろう、そうだろう」
ドランは満足げにうなずく。
「それで、その作戦は?」
問いかけに、歴戦の名軍師のような顔でドランは言った。
「十人全員で大将めがけて突進する。こうすれば、数字上十対一で戦えることになる。さすがのAクラスも、十対一なら勝てるに違いない。どうだ? 完璧な作戦だろう」
議会が一瞬静まりかえる。瞬間、再び怒声が部屋中を包んだ。
「そんな作戦通用するわけないだろうが!」
「十六になってそれとか頭湧いてんじゃねえのか!」
「鈴虫レベルの脳みそしやがって!」
「帰れ! ハゲ帰れ!」
「やめろ! ハゲはやめろ!」
坊主頭は強い口調で言う。
「父と祖父が十代で光の戦士となっていたという事実に私が怯えていることは今は関係ない。議会では、冷静かつ建設的な発言がなされるべきだ」
「すまない、感情的になった。許してくれ」
「ああ。わかればいい」
ドランは、落ち着いた声で会議を再開する。
仲良いな、こいつら。
「しかし、他にどういった作戦がある?」
重たい沈黙が部屋を包む。
ふと、妙案を思いついた。
「こんな作戦はどうかな」