99 適性
「訓練教官のアーヴィス先任軍曹である! いいか! 魔術が使えるまでお前たちは生きる価値が無いウジ虫――かというとそんなことは全然ないぞ! 魔術なんて使えなくても、生きてるだけでかけがえのない素晴らしい存在だからな!」
壁の中の洋館。
薔薇が咲き誇る庭園。
木箱で作った壇上に立って、僕は言う。
「お前たちが私の訓練に生き残れたら、各人が戦士になる! お前たちは厳しい私を憎むだろう! だが、憎めばそれだけ学ぶ! 学ぶかもしれないが、でもやっぱり厳しすぎるのも違う気がしてきた! 休憩も大事だし、無理をしないことも大切だ! だから、それぞれのペースにあわせて特訓していくぞ! 疲れたら遠慮無く言うように!」
「厳しい感出してるだけで結構甘そうね」
「僕が教わるならこっちの方がいいかなって」
「いいと思うわ。まずは魔術を好きになってもらうことの方が大切だと思うし」
ただやりたかっただけの演説を終え、生徒二人に向き直る。
一人は説明不要! かわいい! エリス!
もう一人は、ローゼンベルデ第十七王女ニナ・ローゼンベルデさんだった。
曇り空だが、白い肌には日焼け防止クリームが塗られ、マクダレーネさんが大きな日傘で影を作ってる。
「では、魔術の基本をメリア教官が教えてくれる! 心して聞くように!」
「自分で教えないのね」
「一般的な魔術については僕よりメリアさんの方が詳しいと思うので」
木箱で作った壇上を譲る。
「訓練教官のメリア・エヴァンゲリスタよ」
それから、メリアさんは本物の先生みたいに話し始めた。
「魔術は空気中、そして物質中に存在する魔光子を生命エネルギーと反応させて現象を起こすものと定義されている。二千年前、万物の祖と呼ばれた大魔術師プリマ・マテリアは魔術が六つの属性で構成される物であることを発見した。これが火、風、水、土、雷、氷の六属性。はい、レリア実演」
「わかりました」
レリアさんが、テンポ良く風、水、雷、氷と魔術を起動させる。
「すごい。奇跡みたい」
目を輝かせるエリス。かわいい。
「四属性も使えるなんて……」
驚くニナ王女。
「アイオライト王国の魔術師もなかなかやるでしょ?」
メリアさんは自慢げに目を細めて言う。
「魔術において重要なのは適性。どの属性が自分に合っているのか見極めることが大切なの。まずは二人がどの属性に向いているか、確認していくわね」
メリアさんは、指で土の上に魔術式を描く。
「これは、術者の魔力によって威力が変わる初級魔術の魔術式。本当はイメージするだけでいいんだけど、初めてのエリスさんには実際に描いた方が簡単だろうから。各属性あるから一つずつやっていきましょう。ニナさんは、教えなくても知ってるわよね?」
「はい。ローゼンベルデ式なので、少しだけ違うんですけど」
「見せてもらえる?」
ニナさんは土の上に魔術式を描き、一つずつ起動させていく。
結果は――残念なものだった。
術式は起動しているのに、一つとしてまともに効力を発揮することはなかった。
「ごめんなさい……」
「謝る必要は無いわ。手を抜かず全力でやったならそれでいいから」
それから、メリアさんは小声で僕に耳打ちする。
「一年生策士さん、貴方もやっときなさい」
「え、なんでですか」
「一人だけできないより、できない仲間がいる方が気が楽でしょ。魔術って心理的なことも大きく影響するんだから、そっちのケアもしないと」
「わかりました」
僕は、ニナさんと同じように六つの魔術式を描き、一つずつ起動させていく。
「兄様の魔術、わたし初めて見ます」
覗き込むエリス。
いけない。
もうニナさんのケアどころではない。
エリスに良いところを見せるために、これは絶対に成功させねば……!!
僕は目を閉じ、心の中で起きる現象をイメージする。
「其は漆黒の紋章。穿ち、砕き、瓦解し、融解し、絶えず混沌に世界を作り替える」
「こんな呪文あるんですか?」
「ないわね。妹さんの前でかっこつけてるだけだと思うわ」
「顕現せよ、竜王の牙――!!」
振りかぶって手をかざす。
しかし何も起きなかった。
「顕現せよ、竜王の牙――!!」
「あきらめなさいな」
メリアさんが僕の頭をぺち、とはたく。
「このように、できない人もいるってこと。だから気にすることはないわ」
「兄様、魔術が使えなくてもエリスは兄様のこと大好きだよ?」
「待って! 今全力で時間加速させるから! すごいの見せるから待って――」
「ダメ。誰が見てるかもわからないし、使うのは禁止。能ある鷹は爪を隠すの。わかった?」
「うう……」
良いとこ見せたかった……。
肩を落とす僕。
「本当に欠陥品なんですね」
ニナ王女が目を丸くする。
「うん。普通の魔術はさっぱり使えなくて。がっかりさせてたらごめん」
「いえ、むしろうれしいです。欠陥品でもあんなにすごい魔術が使えるんだって」
微笑むニナ王女。
少しでも、心を軽くさせられたのならかなしい思いをした甲斐があったかな、と思う。
「じゃあ、次はエリスさん。やってみて」
「はい」
緊張してる様子で、エリスが六つの魔術式を描く。
間違った線を描いて、あわてて手を止めた。
「ごめんなさい。間違えたらどうすればいいんですか?」
「修正すれば大丈夫。大事なのは起動時にイメージする魔術式が正しく機能するものであることだから」
エリスが魔術式を描いてるなんて……!
大きくなったなぁ、となんだか感慨深い。
一生懸命な姿に、思わず拳を握っていた。
「できるよ、エリスならできる。でも、できなくても兄様はエリス大好きだから。大丈夫」
「ありがと、兄様」
微笑むエリス。
僕の妹だし、できなくても仕方ないんだけど、でも一つくらいは使える属性があったらなって思う。
何もできなくてかなしい思いをするよりは、絶対にそっちの方がいいと思うから。
エリスが魔術式に手をかざす。
目を閉じ意識を集中して、力を込める。
魔術式が強烈な光を放ったのはそのときだった。
瞬間、すべてをなぎ倒さんばかりの突風が、目の前の壁に殺到する。
巨大な壁がきしむ。風の音が悲鳴みたいに響く。
「止めて、エリスさん止めて」
「あ、ごめんなさい。つい集中しちゃって」
エリスはあわててかざしていた手を離す。
「どう、でした?」
不安げに聞くエリス。
僕は何も言うことができなかった。
「初めてで、しかも初等魔術ですよ。それでこの威力……信じられません」
声をふるわせるレリアさん。
メリアさんがエリスの手を握って言った。
「逸材だわ。間違いなく天才よ、貴方」
僕らを驚かせたのはそれだけじゃない。
適性テストを続けた結果、エリスは六属性すべての術式で魔術を放つことができた。
魔術の長い歴史の中でもほんの少数しか確認されていない、完全能力者。
アイオライト王国ではオーウェン・キングズベリー先輩のみが該当する、別格の才能。
中でもメリアさんが惚れ込んだのが、風属性魔術の才能だった。
「すごいわね、ぞくぞくしてきた。レリア、上級編いきましょう」
「姉様、あれは一般的には高等部で習うものですけど」
「私たちはこの子の年齢の時にはマスターしてた。この子なら、できると思うのよ。本当に筋が良いから」
メリアさんとレリアさんは前のめりになってエリスに魔術を教えてくれた。
「良い! 良いわ! 誰にも教わってないから変な癖もないし、スポンジみたいに教えたことを吸収してくれる」
「教え甲斐がありますね。人に教えるのがこんなに楽しいのは初めてです」
教わっているエリスを参観日のお父さんみたいな気持ちで見守る。
驚きの才能を発揮し、褒められているエリスを見て僕は幸せだった。
そうでしょう、そうでしょう。すごい子なんです、うちのエリス。
一方で、対照的にニナ王女は絶望的に魔術ができなかった。
「すみません、教えていただいているのに」
「いいですいいです。僕も未だに一般的な魔術はさっぱり使えないので。むしろ仲間だって親近感湧きます」
僕は言う。
「それにもしかしたら、僕と同じでニナ王女の魔術も既存の魔術体系には属さないものなのかもしれません」
「既存の魔術体系には属さないもの?」
「ええ。六種の属性を越えた先にある奇跡――第七属性と僕は呼んでいます」
「第七属性……そんなものがあるのですか……!」
ないけど。
気持ちが盛り上がるかなって今僕が適当に作った概念だけど。
とはいえ、そこにもいくつかの真実は含まれている。
前世の記憶を辿るに、魔術六原質説では包括することができない特殊な属性が存在していたのは事実だ。
詳しく思いだすことはできないけれど、僕の時属性以外にも、いくつかそういうものがあったのは感覚的に覚えている。
「つまるところ、僕と同じでニナ王女も選ばれた存在ということですよ」
「選ばれた存在……?」
「ええ。覚醒の時は……近い」
意味なんてまったくない、ただ意味深ぶりたいだけの口調で僕は言った。
「すごいです。ローゼンベルデの魔術界でも第七属性なんて聞いたことないですよ。私とほとんど年も変わらないのにそんな大発見までしてるなんて……!」
…………ん?
あれ、めちゃくちゃ信じられてない?
そこで僕は気づく。
ずっと壁の中にいたニナ王女なので、この子めちゃくちゃ世間知らずなのでは。
「第七属性、私も使いたいです。よろしくお願いします、先生」
その言葉がいたく僕の心を打った。
教えを請われる立場……なにこれすごい気持ちいいんだけど!
「任せてください。僕がニナ王女を覚醒させてみせましょう。それから、僕のことは師匠と呼ぶように」
「はい、師匠」
こうして、一つ年下の後輩王女を弟子に取ることになった僕だった。






