1 劣等生
学校を退学にする。
そう宣告されて僕の頭は真っ白になった。
「待ってください。奨学金が打ち切られたら妹が――」
すがりついた僕の手を教頭は払う。
野良犬に触られたみたいに。
眉をひそめて、気分悪そうに。
「半年学んで未だに攻撃魔法の一つも使えない。才能が無い無能はこの学校に必要ないんだよ」
才能が無い無能。
その言葉は、僕の心の弱い部分をきゅっと締め付ける。
それは、僕がこの学院に入ってから、嫌と言うほど痛感してきたことで。
だけど、あきらめることはできない。
僕はお兄ちゃんなのだから。
泥水をすすっても、土下座しても、どんな手を使ってでも、僕はエリスを守らないといけない。
「お願いします。あと少し、あと少しだけ待ってください」
「そうだな。じゃあ、寛大な私は君に機会を与えよう」
教頭は嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
「三日後、グランヴァリア王立魔術学校から、この国一の魔術講師、エメリ・ド・グラッフェンリート氏が視察に来てくださる。その日行われる模擬魔術戦でゲイル・ロータスに勝てたら、君をこの学院に残してやろう」
「おいおい、嘘だろ。ゲイルと模擬戦なんて、俺たち普通の生徒じゃまず勝つことなんて……」
事の次第を話すと、友人――ラルフは呆然とした顔で言った。
「だからだよ。僕が一方的に叩きのめされて負けるのを向こうは期待してる。そうすれば、ゲイルがより優秀に見えるから」
「なるほどな。あの教頭が考えそうなことだ」
ラルフは頭が痛むみたいにこめかみをおさえて言う。
「でも、どうするんだよお前。ゲイルは自分より弱いやつを見つけていたぶることに関してはマジでトップクラスの天才だぞ。模擬戦だってまず間違いなく相手を病院送りにしようと狙ってくる。俺強すぎてやりすぎちゃいました、的な体で」
「知ってる。中等部の頃、一時期僕いじめられてたし」
「あいつ中等部の平民学生、全員から恨み買ってるからな」
「僕は誰かさんがターゲットにされてたのをかばったら、狙われるようになったんだけどね。その誰かさんは、次の日から躊躇いなく他人のふりして僕を無視してきたし」
「そっか。ひどいやつもいたもんだな」
「うん。具体的には僕の視線の先、八十五センチ前方にいると思うんだけど」
「俺は過去を振り返らない主義だ」
「かっこいい」
軽口を言い合う。
不意にラルフが真剣な顔で言った。
「でも、お前エリスちゃんはどうするんだよ。退学になって奨学金が打ち切られたら、薬代とか払えないだろ」
「打ち切られないよう努力するよ」
「ゲイルを倒すっていうのか、お前!? 性格は犬にも劣る畜生だが、魔術の才能だけは無駄にあるんだぞ、あいつ。Bランクの学校からも転入の誘いあるって話だし」
「それしか道が無いんだ。仕方ないだろ」
「そう言うお前は魔術の才能からっきしで、未だに攻撃魔法の一つも習得できず、担任にもあきらめられてるというのに」
「主人公っぽくて逆に燃える」
「ほんとくじけないよな、お前」
「前向きじゃないと世界なんて変えられないからね」
「かっこいい」
「もっと褒めて」
そうねだると、ラルフは真面目な顔で言った。
「俺にできることなら、なんでもするから遠慮せずなんでも言えよ。ただ、俺も裕福な出じゃないし、できることには限りがあるんだが」
「ありがとう。助かる」
「お前がどうなっても、俺は絶対にお前の味方だからさ」
ラルフはそう言って、僕の肩を叩いた。
毎週水曜日は「食卓もやし祭り」だ。
平日に五回、土日に二回行われるこの催しは、安くておいしく栄養豊富なもやし様に祈りを捧げるために行われる。
ゴミ捨て場から拾ってきて修繕した調理具で火を通し、皿に盛りつけて持っていく。ベッドの上で、エリスはぱっと顔をほころばせた。
「兄様! 今日のごはんは何?」
「今日はもやしのステーキだよ」
「やった、ステーキ! エリスもやしステーキ大好き!」
「うん、エリスのために兄様がんばって作ったから。ほら、あーんして」
食べさせようとする僕に、
「兄様、自分の分ちゃんと食べてる?」
エリスは心配そうな声でそう言った。
「食べてるよ。兄様自分大好きだから。むしろエリスの三倍くらい食べてる」
「それなら、いいんだけど……」
「どうしてそう思ったの?」
「なんとなく、そんな気がしたの」
そう言うエリスの視線は僕から少しずれている。
エリスは目が見えないのだ。
手術すれば治る見込みはある。でも、その治療費を僕は払えずにいる。
七歳のエリスは生まれつき呼吸器にも疾患を抱えていて、その薬の代金で生活費のほとんどは消えてしまうのだ。
国の方針で、魔術学院生への援助は年々手厚いものになっている。Eランクの学校の、それもできない部類の生徒への支援でも、僕が普通に働いたのでは到底手に入らない額の支援金がもらえる。
だけど、それでも足りないくらいにエリスが生きるのに必要な薬は高額だった。
「大丈夫。エリスは何も心配すること無いからさ。遠慮せず食べて食べて。兄様それが一番うれしいから」
「……うん。わかった」
エリスは聡い子だ。
僕が少しでも貯金しようと、自分の食べる量を切り詰めているのが感覚的にわかったんだろう。
「兄様は、学校でも優等生だからね。国から奨学金がいっぱいもらえるんだ。庶民にはとても手が出ない超高級食材であるもやしだって毎日食べられる」
「そうだった! 兄様お金持ちなんだった!」
「そうだよ。エリスは見えてないだけで、この部屋なんて全部黄金でできてるんだから」
「黄金?」
「すっごく高い金属。もやしと同じくらい価値があるんだ」
「あのもやしと一緒なんて……すごいね」
エリスは驚いた様子で言う。
がんばってもやしが高級品というイメージを作り続けた甲斐があった。
僕は悪い人間なので、エリスを幸せにするためなら嘘だってつく。
どんな手を使うことになっても構わない。
たとえ世界すべてを敵に回すことになっても、絶対にエリスを守ってみせる。
僕はそう、心に決めている。