責任者
従業員を雇うために行われた最終面接には、セリカも参加させてもらった。
けれど執事のバトラーと女中頭のランドリーさんが選んでいく人に間違いはないようで、セリカが口を挟むこともなかった。
やはり長年、人を見てきているだけあって、少しの質問でその人の人となりを判断できるようだ。
店の方の従業員は、ほとんどが平民になる。
店の責任者を決める時だけは、セリカも少し質問をさせてもらった。
「この二人のうちのどちらかですな。魔法量から言えば、ウィラード・ヘンドレンでしょうか」
「私はシビル・ローガンがいいと思いますよ。女性なのでセリカ様と話しやすいでしょう」
面接の後で店の責任者を決めるためにバトラーたちと話し合っていたのだが、ここにきて二人の意見が分かれた。
セリカの選んだ人は、もう決まっている。
意欲的で、面白いことが好きそうな人に見えたんだよね。
「私はランドリーさんが言ったシビルがいいと思います」
「どうしてですか?」
バトラーとしては、一押しのヘンドレンを女性二人に否定されたので、腑に落ちないのだろう。
「店を切りまわした経験がないから、先入観がないと思います。うちの店は普通の店とは変わったものになるでしょうから。彼女は給仕はしたことがあると言ってました。給仕というのはお客様にも厨房にも接しますから、意外と店全体を把握しているものです」
「しかし魔法量が少ないですよ」
「郵便スタンプの砂の取り扱いができれば、問題ないんじゃないかな。何かあったら私もいますし」
「それで、セリカ様も質問をされたんですね。しかし女性は結婚問題もありますから、長期に働けるかどうかわかりません。そういう難点もあるということは、頭に入れておいてくださいね」
バトラーもなんとか納得してくれたようだ。
しかし言われることはごもっともだ。
責任者となると、できるだけ長期勤務できる人が望ましい。
まあシビルでやってみて、どうなるかだな。
しかしこの後、料理人の試験をしていた厨房に行った時に、セリカは驚いた。
合格者がずらりと並んでセリカに挨拶をした中に、ロナルドがいたのだ。
バール男爵の嫡男がこんなところにいるなんて……
ロナルドはドヤ顔をしながらセリカに向かってウィンクをした。
どうやって、試験を通ったのだろう?
この後、新しい料理人たちは厨房で昼食の準備を見学するようだった。
セリカは料理長のディクソンの袖を引っ張って、厨房の外へ連れ出した。
「ディクソン、バール男爵の嫡男が合格してるけど……」
「そうですか? 私は包丁の技術と、料理への情熱しかチェックしてませんからね。……そう言えば、今回の合格者の中にバール男爵領出身者が多かったな。ええっと、ロナルドとラスティとジーンです。三人とも店の勤務希望者だな」
ディクソンは応募用紙を見ながら、セリカに教えてくれた。
「その、ロナルドよ。旅行の時にバール男爵領で会ったの。料理を習う気があるのなら教えてあげるとは言ったんだけど、まさか料理人として応募してくるとは思ってもみなかったわ」
「ここにはロナルド・ランサムと書いてあるな。セリカ様が言うことが本当なら、母親の実家の名前でも書いたんでしょう。困った方だ。ここは知らんふりをして、いっちょ揉んでやりますか? どこまで耐えられるかだな。料理人は辞めていく者も多いので、いつも多めに採用してるんですよ」
「そうなの。それならディクソンに任せます」
もう、ロナルドは何を考えているんだろう。
後で問いただしてみなくっちゃ。
◇◇◇
ダニエルにも従業員のことや、ロナルドのことを報告しておこうと思って、セリカは執務室に行った。
しかしそこには何通かの手紙を前に、思案顔のダニエルがいた。
「どうしたの? 難しい顔をして」
「ああ、セリカ。丁度いいところに来てくれた。叙勲式が近づいてきているから、秋のパーティーを催す貴族が多いんだよ。これからは、私たちもいくつか出席しなければならないんだ。けれど、ここにきて東部帯の貴族から三通も招待状が来ていてね。どうしたものかと思ってるんだ」
「ビショップ公爵の息がかかっている人たちなのね?」
「そうだ。ちょっとタンジェントに探らせてみるかな。この三通の返事はそれからだ。最初はバノック女史の屋敷でのパーティーだ。これは行くだろ? ガーデンパーティーだから、格式も高くないし。貴族とのお喋りに慣れるのにちょうどいいと思う」
「バノック先生が気を使ってくれたのかもしれないわね」
「ああ、あの人は用意周到だから」
セリカの三人の先生方は、家に帰ってもずっとセリカのことを気にかけてくださっているようだ。
バノック先生が招く人は、王領に住んでいる位の低い貴族や宮殿で働く人が多いだろう。
セリカが、王宮のパーティーに出る前に、経験を積ませてやろうと考えてくださったんだろう。
良い人たちと出会えてよかった。
先生のパーティに来るのは、どんな人たちなんだろう。
セリカは、秋のパーティーが少し楽しみになってきた。




