表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/107

ウナギ

ファジャンシル王国では、ウナギを滋養強壮剤も兼ねたスープとして食べることはあっても、かば焼きにするという発想がなかった。


奏子が鶏串が受け入れられたのなら、うな丼もいけるんじゃない?と言うので、今日はウナギのかば焼きを試食会で作ることになった。


セリカはニョロニョロと動くウナギを、目打ちでまな板に打ち付けて、腹を開いた。それから骨に沿って包丁を入れ、骨と頭だけを分離する。


ウナギの身に串を刺して丸まらないようにして、炭火コンロで焼きながら甘辛いタレを絡めていく。

頭と骨も網の上でこんがりと焼いた後で、タレの中に漬けておくと良い出汁がでるのだ。


これは、奏子のおばあちゃん直伝の作り方である。



ウナギの焼ける香ばしい匂いが厨房に立ち込めてくると、最初は蛇みたいだとしり込みをしていた若い料理人たちも、身を乗り出してきた。


「これはウナギの弾力も味わえるかば焼きの方法なの。もう1つ、ウナギを背開きにして蒸してから、こうやって焼くと、ふんわりとしたウナギのかば焼きができるのよ」


「そっちもやってみましょうか」


ディクソンはセリカがウナギを調理したのを一度見ただけで、見事にウナギをさばいてみせた。



蒸した後で、ウナギを焼くのにはコツがいるみたいだ。

やわらかくなるので、蒸し時間を工夫しないと身崩れするようだ。



白いご飯の上に、ウナギを削ぎ切りにしたものをのせて、甘辛いタレをたっぷりかけて用意する。

蒸したウナギの方はやわらかいので、棒状のままご飯にのせる。

これにもたっぷりとタレをかけた。


恐る恐る一口食べたエディが、丸い目をもっとまん丸にして驚いている。


「美味しい…… 僕はかつ丼よりうな丼の方が好きです」


「これは油がのってるなぁ。川で獲れた魚とは思えない味だ」


「炭火がいいんだな。カリッと焼けて、噛んだらじゅわりと旨味が出てくる」



これも好評だった。

セリカも焼いたウナギは初めて食べたが、スープにするより美味しいと思った。


「これを店の目玉にできたらラザフォード侯爵領の名物になるかもね」


「そうですな。うちの領は湖や海まで繋がった川が多いから。ウナギはたくさんいますしね。今まではあまり食べることがなかったが、この味なら好きになる者も多いでしょう」



こうして、うな丼も店のメニューに加わった。


こうなると、ザクトの街に丼の器を頼んだ方がいいかな。




◇◇◇




10日が経ち、再びサイモン・ノーランさんが屋敷を訪ねてきた。


ソファにぐったりと座る様子は、一週間前の貴族然とした雰囲気とはまるで違い、どこか薄汚れくたびれて見えた。


「いらっしゃい。お疲れのようですが仕事はみつかりましたか?」


「それが……侯爵閣下の念話器の会社に、昨日やっと採用していただきました。その……私が来たことで、かえってご面倒をおかけしたようで、申し訳なく思っています」


頭が悪い人ではないのだろう。

自分が仕事に就けなかった時のために、ダニエルが裏で手を回したことはわかっているようだ。


「それで、どうしますか? オディエ国に帰られるのであれば、このままお子さん二人をお預かりしていてもいいんですよ。あなたが子爵家を継がれてから、迎えに来られてもいい」


ダニエルがそう言うと、ノーランさんはビクッと震えてしばらく考え込んでいた。



「私は、小さい頃から黙って父に従ってきましたが、心の奥底では反発していたんでしょうね。その反抗する気持ちがノラへの思慕となって出ていたのかもしれません。結局……逃げていたんだな。今また国に逃げ帰っても、同じことを繰り返すと思います。そうなれば施政者としても領民のためにならないでしょう。この、一週間は現実を嫌というほど目の前に突きつけられました。自分が今まで夢の世界に逃げ込んでいたことを、思い知らされました」


そしてノーランさんはギラつく目をして、ダニエルを見据えた。


「閣下、あなたの情けに(すが)らせてください。子どもを食べさせることが出来るようになったら、迎えに来ます。それまで、二人を預かってもらえませんか?」


へぇ~

少しは性根が入ったのかな?



「いいですよ。うちとしては優秀な人材はいくらでも欲しいところです。与えられた仕事を頑張ってみてください。ちゃんと働きに応じた給与をお支払いします」


ダニエルの言葉に、ノーランさんはホッとしたようだった。


「子ども達を呼びましょうか?」


セリカが尋ねると、ノーランさんはかぶりを振った。


「いえ、会いたいですが……けれど、今の私では会わせる顔がありません。受け入れ態勢を整えて、出来るだけ早く迎えに来ます」


その言葉は嘘ではないのだろう。

今日のノーランさんなら、子ども達を(ゆだ)ねてもいいかなと思える顔をしていた。



ノーランさんが帰ってから、ダニエルも安心していた。


「少しは使える人間になりそうだな。自分の子どもと一緒にいられないのは辛い。あいつが変わってくれることを期待するよ」


そう言って、大きな手でセリカのお腹をそっと撫でた。


セリカは、その手の上に自分の手を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ