秋野菜
朝の散歩をする時には、温かい長袖が必要になって来た。
虫の声が残る草を踏みしめて畑に来てみれば、夏野菜のナスの枝は綺麗に刈り込まれていて、新しく出て来た枝に紫色の花が咲いていた。
早いものは、可愛らしい実がもうできている。
「秋ナスは美味しいのよね」
― 日本では『秋ナスは嫁に食わすな』という言い伝えがあるぐらいだからね。
なにそれー
ケチな話ね。
― 弐拾八さんという人に聞いたんだけど、ケチじゃないんだって。
秋ナスは身体を冷やすから、お嫁さんを労わって食べさせないんだそうよ。
へぇ~
一輪車に庭仕事の道具をのせて歩いてきた庭師のハーヴが、セリカに声をかけてきた。
「セリカ様、おはようございます。今日は閣下はお仕事ですか?」
「おはよう、ハーヴ。そうなの。遠くから人が訪ねて来るそうで、その前にいつもの仕事を片付けときたいんだって」
「相変わらず忙しいんですね。ナスに実がついてきたでしょう。もう少ししたら食べられますよ」
「楽しみだわ。夏のトマトやキュウリなんかも新鮮で美味しかったものねー」
「うちの父も畑を再開して良かったなって、言ってました。食べられるものを収穫するというのは、庭仕事をしていても楽しみがあります」
「そう言えば、サツマイモを植えてくれてるんでしょ? 店のオープン前にできたら、それを使おうかしら?」
「はいはいわかりました。その心づもりでいます。セリカ様ときたら、何を思いつくかわからないからなぁ」
ハーヴは護衛のシータと顔を見合わせ、お互いの苦労を慰め合っているようだったが、セリカはあれこれと頭の中で企画を練っていた。
ダニエルと朝ご飯を食べている時に、セリカはアダムの工房の場所を聞いてみた。
「うちの屋敷と魔法科学研究所の間だよ。あの事件があってから、ここら辺り一帯をうちで使うことにして防犯対策を施したんだ」
「それは近くていいわね。注文したいものがあるから朝のうちに行ってくるわ」
「ああ、それはいいんだが。12刻に客が来るから、一緒に会ってくれないか?」
「朝もそんなことを言ってたわね。どなたがいらっしゃるの?」
「サイモン・ノーラン卿だよ」
あれ? それってもしかして……
「ウィルとケリーのお父さん?!」
まぁ、ずっと音沙汰がないから忘れてた。
ウィルとケリーは午前中はうちの仕事を休んで、貴族の基礎学校へ行っている。
エレナの息子さんのチャドがそこの先生をしているので、エレナからたまにウィルたちの様子を聞いていた。
ウィルは優秀な生徒らしいが、ケリーは勉強よりもシータやタンジェントに武術を教えてもらう方が好きらしい。
刺繍などの女性らしい手仕事には興味がなさそうだと、ランドリーさんがブツブツ言っていた。
セリカはアダムの工房へ向かいながら、ノーラン卿のことを考えていた。
平民の妾や子どもの面倒をちゃんとみないで放っておいて、いなくなったら大騒ぎするなんて、どーゆう男なんだろうね。
― お父さんに逆らえなかったんだから、気が弱いんでしょうね。
ケリーたちが心配だよ。
ようやくここに慣れてきたところなのにね。
カンカンと槌の音がしてきたので、アダムの工房の場所はすぐにわかった。
「おはようございます~」
セリカは戸を開けると中に入って行って、久しぶりにアダムが仕事をしているところを見た。
一心不乱に作業をする姿は、夏の日に出会った時と全く変わっていない。
手を止めて顔をあげ、セリカが来たことを知ったアダムは唸りながら顔をしかめた。
「あんたか……」
「お久しぶりです。こちらに来てくれてありがとう、アダム。娘さんのポーラは元気にしてるかしら?」
「あいつらも付いて来ちまいやがった。ダンナは侯爵閣下の会社で下手間仕事に雇ってもらったようだ」
「まぁ、それは寂しくなくていいわね」
セリカののんびりした返答に、アダムは気が抜けたようで、ボリボリと不精髭を生やした顎を掻いた。
「それで? またおかしな鍋を注文に来たのか?」
「ええ、ピザカッターとピザ用のサーバーが欲しいの。それから無水鍋が作れるかしら?」
「無水鍋?」
「厚手の鉄で作ってあって、蓋がぴったり閉まる鍋なの。ふかしイモじゃなくて、焼き芋を作りたいのよ」
「はぁ……まだまともな注文だな。あんたのダンナはおかしな物ばかり作れと言ってくるんだ。何が出来るのか知らないが、部品ばかり作らされて嫌になってたんだ。鍋なら作ってやるよ」
「良かった」
それからセリカはちょっと休憩するというアダムと一緒に、侯爵邸が見える庭に座って話をした。
「大きな屋敷だな」
「そうね、私もここに初めて来た時にはびっくりしたわ」
「そんな屋敷の奥さんが、何を思って飯屋なんかしようと思ったんだ?」
アダムは他人と噂話をしないのだろう。
セリカが飯屋の娘だとは知らなかったようだ。
セリカが自分の生い立ちを話すと驚いていた。
「ふーん、平民が魔法をねぇ」
「ダルトン先生に言わせると、私は珍種らしいわ」
「ワハハッ、違いねぇ。上手いことを言うなその先生はよ。奥さんだけじゃなくて、ここのダンナも変わり者だ。侯爵様のクセに会社を経営してるんだからな。似たもの夫婦だな」
「やっぱりそうなのかぁ。前にもそんなことを言われたのよねー」
無口で口が悪い職人肌のアダムと話していると、セリカはなぜか心が休まるのを感じていた。
貴族ばかりの中で暮らしているからだろうか、普段は自分でも気づかないで肩ひじ張って生活しているのかもしれない。
それが身分なんか屁とも思っていないアダムと話していると楽なのだ。
アダムが「そろそろ仕事にかかるか」と言った時には、残念に思うほどだった。
私も、仕事にかからないとねー
ノーラン卿……か、会うのが億劫だなぁ。




