里帰り
ダレニアン伯爵邸に来るのは三か月ぶりだが、季節が違うと山の様子も様変わりしている。
鬱蒼と繁った木々の合間から、カナカナカナというヒグラシの鳴き声が聞こえていた。
夏の終わりの、どこか物悲しい響きを感じる。
セリカとダルトン先生は馬車でダレーナの街へ向かいながら、叔父さんの話をしていた。
領地管理人のドレイクさんによると、セリカの叔父さんは外国に行っていたらしい。
「ギルクリスト・コロンという人物は、10年近くもオディエ国でいったい何をしとったんじゃ?」
「そうですよね~ アン叔母さんはずっと独り暮らしだったんですよ。本人からドレイクさんが聞いたことが本当なら、貴族の家で働いてたんでしょうけど……警備局に届けても行方がわからなかったのは無理ないですよね。外国に行ってたなんて」
本当に変わった叔父さんだ。
セリカたちはトレントの店で昼食を食べて、その足でアン叔母さんの森の家へ向かう予定にしていた。
トレントの店に着くと、セリカたちが馬車から降りてくるのを皆が見ていたようだ。
レイチェルは自分の店から走り出てくるし、トレントの店の窓からはハリー親子が手を振っていた。
セリカたちが店に入ると、ベッツィーと母さんはパッと花が開いたような笑顔になった。
席につくと、母さんがすぐに水を持って来てくれた。
「いらっしゃいませ。ダルトン先生、お久しぶりです。セリカ、元気そうだね」
「こんにちは、トレントさん。ご自慢のスパゲティを食べさせてもらいに来ました。今日はメニューにありますかな?」
「今日はトマト味ですけどよろしいですか?」
「それはいい、好物じゃ。わしはそれをもらいましょうかな」
ダルトン先生はダレニアン伯爵邸でのパーティーやセリカの結婚式で、何度も父さんと話をしていたらしく、トレントの店で食事をするのを楽しみにしてくれていたようだ。
「セリカは何にする?」
「うーん、私もダルトン先生と一緒のスパゲティにしようかな」
「スパゲティを二つですね。少々お待ちください」
セリカが店の様子を見ていると、母さんとベッツィーが受け持ちのテーブルを決めて、効率的にフロアーを歩き回っているのがわかった。
新しい家族に合った店の態勢に変わってきているようだ。
この場所に自分がいないのがちょっと寂しくなるけれど、セリカ自身も新しい飯屋を経営することになっている。
ここに負けない店にするぞ!
セリカは今までよりももっと意欲が湧いてくるのを感じていた。
「賑わいのあるいい店じゃな」
「ええ、自慢の店です。でも今度ランデスの街に出すレストランにも来てくださいね。ダルトン先生には私の自慢の料理をぜひ食べて頂きたいから」
「ホッホッホ、そりゃあ楽しみじゃ」
母さんやカールが手の空いた時に側に来てくれて、パラパラとアン叔母さんの家の様子を教えてくれたのだが、ギルクリスト叔父さんはあまり街には出てきていないようだ。
テト伯父さんはセリカが心配した通り、ギルクリスト叔父さんを殴ったそうで、二人とも手や顔が腫れあがったらしい。
もう、困ったおじさん達だ。
「アンの家に行くんなら、7月の終わりの感謝の日に二人でゆっくり出ておいでって言っといてくれる?」
母さんにそう頼まれたので、必ず伝言しておくと請け負った。
ベッツィーには、妊婦さんに良さそうな食べ物をお土産に持って来た。
「おめでとう! 良かったね、ベッツィーお母さん。身体を大事にしてね」
「ありがとう、セリカ」
セリカがお祝いを言うと、ベッツィーは目に光るものを浮かべてニッコリと笑っていた。
飯屋の仕事は体力仕事だから、本当に大事にしてほしい。
母さんが側についてるから大丈夫だろうとは思うけど。
セリカとダルトン先生が食べ終わった時に、父さんが出てきて先生に挨拶をしてくれた。
「遠いところまで来てくださって、ありがとうございました」
「いやぁ、来て良かったです。おっしゃる通り、本当に美味しいスパゲティでした」
父さんはセリカを見て、クシャっと顔を歪ませた。
「セリカ、よく来たな。侯爵様と上手くやってるか?」
「うん、仲良くしてる。手紙にも書いたけど、レストランができたら泊りに来てね」
「ああ、皆で行く」
レイチェル、それにハリーとも少しだけ言葉を交わして、セリカたちは馬車に乗った。
父さんにはご飯の代金を受け取ってもらえなかった。
それどころか、アン叔母さんの家とダレニアン伯爵邸へピザソースや総菜の土産まで持たせてくれた。
◇◇◇
「セリカさんの家族はいい人ばかりじゃな」
馬車が走り出して、ダルトン先生がぽつりとそんなことを言った。
そういえばダルトン先生の家族の話を聞かないな。
「先生は、奥様は?」
「若い頃に病気でぽっくり先に逝かれてしもうた。それ以来、花の独身生活じゃ」
「そうでしたか……」
「子どももおらんが、学院の生徒たちが子どものようなもんじゃな」
ずっとお独りとは、寂しいだろうなぁ。
これからは何かある時には声をかけさせてもらおうとセリカは思った。
ダニエルはそんなことも知っていて、セリカの教師として先生を引っ張り出してきたのかもしれない。
ダルトン先生もぶつくさ言いながらも、結構嬉しかったんじゃないだろうか。
森の家に行って、ガラスチャイムを鳴らすと、男の人の声がした。
セリカは久しぶりに会う叔父さんに、胸がドキドキしてきた。
「はい、どちら様ですか?」
ドアを開けて出てきた人は、目の周りを紫色にしたやつれた中年男性だった。
この人がギルクリスト叔父さんなんだ……
「突然訪ねてきて、すみません。あの、姪のセリカです。こちらは、私が勉強を教えていただいていたダルトン先生です」
「ダルトン? まさか貴族学院の?!」
「ん? わしを知っておるのかね?」
いったいどうして平民の叔父さんがダルトン先生のことを知っているのだろう?
何か、わけがありそうね……




