手紙の中身
翌朝、店の準備をしながら家族で今後の予定を立てていくことになった。
まずはセリカの持ち物の整理だ。
いつダレニアン伯爵邸に移れと言われてもいいように、荷物をまとめておかなければならない。
これはセリカと母親で、店が終わった午後に少しずつ荷物を作っていくことにした。
次の懸案事項は春のダンスパーティーのことだ。
ダンスパーティーでは、若者が結婚相手を探すのが主な開催目的なのだが、表向きには民間の交流を謳っている。春と秋にそれぞれ一度、街の人たち総出でダンスパーティーが開催されるので、ダレーナの人たちはこのイベントをとても楽しみにしている。
奏子に言わせると、お盆や秋祭りのノリらしい。
そのパーティーでは、13歳から14歳までの若い女性は白色のバラを髪に飾る。
成人した15歳から20歳までの人はピンクのバラ。
20歳以上の行き遅れと言われる人たちは赤いバラを飾る。
男性も同じように、肩に白色・青色・緑色のリボンをつけることになっている。
相手が決まっている人や既婚者は何もつけない。
今回のことを受けて、セリカはバラをつけないことになった。
― 下手に申し込みを受けても困るものね。
そうなのよ。
でもバラをつけてなかったら、またレイチェルたちに何か言われそう。
― それでもじきに皆にも言わなくちゃいけなくなるんじゃない?
だよね~、騒ぎになるでしょうね。
友達にこの結婚のことが知れ渡るかと思うとうんざりする。
そして今回のダンスパーティーで一番重要なことは、カールの結婚相手を見つけることだ。
すぐにでも我が家で働ける人を見つけて、セリカのしている仕事の引継ぎをしないといけない。
「あの人、クリストフ様は本当に春のダンスパーティーに来るのかなぁ?」
「そうねぇ、何と言っても今回は納屋だし。あれは冗談だったんじゃない?」
カールは、ダレニアン卿に結婚相手を探すのを手伝うと言われたことに、早くもビクビクしているようだ。
母さんは、カールのことより、やはりセリカの結婚相手のことが気になるらしい。
「ラザフォード侯爵様はどうされるんだろうね」
「母さん、あの侯爵様と『納屋』は似合わないと思う」
「だってセリカ、それならお前はダンスが出来ないじゃないか」
確かに春のダンスのことを考えるのは冬の間の楽しみだったが、ここまで状況が変わるとそんな些細なことは言っていられない。
「お情けでハリーにでも踊ってもらうわ」
「ハリーが勘違いしなきゃいいけど……」
そっか、それはあるかもね。
成人してから嫁がどうのと言うことが多くなってたし。
「それならお喋りを楽しむまでよ。農業特区の人たちが参加するのなら、野菜の直接仕入れについて聞いてみてもいいわね」
「セリカ……これからお前は、店に関われなくなるんだよ」
母さんの言葉に、セリカは改めて衝撃を受けた。
小さな頃から息をするように考えるのが当たり前だった店の経営のこと。
セリカの生活の中心であり、セリカという人間の根幹をなしていた飯屋のこと。
これを取った後、セリカの中にいったい何が残るんだろう?
結婚という現実が、全く違う角度からセリカに覚悟を迫ってきている感じがした。
◇◇◇
― 今日は彼、来なかったわね。
誰のこと?
― ラザフォード侯爵よ。
そう言えばそうだな。
ピザを2タイプ食べられたから、満足したのかな?
最初は興味を持っているけど、目新しさがなくなると訪れることもなくなり、放っておかれる。
昨日、教えてもらった貴族の結婚生活というのは……こんな感じなのかもしれない。
それで侯爵様もダレニアン卿も、あんなに気の毒がってくれていたのかしら?
「そう言えば、手紙。『私が来るまで開けるな』なんて言っていたけど、侯爵様はあれから何も言わなかったね」
― 忘れてたんじゃない?
まさか「結婚」問題にまで発展するとは思ってなかったでしょうし。
「それはいえてるかも。どうせ読めないけど、何が入ってたのか開けてみようか」
セリカはベッドから起きだして、消していたロウソクを再び灯した。
本棚に置いてあった手紙を持ってくると、ペーパーナイフを使って封を開ける。
すると赤いバラの印が押し付けられていた封蠟がポロリと剝がれた。
「あれ? 紙じゃなくて、ちょっと厚めの板が入ってる」
板の材質は木ではなかった。
でも金属のような重たさはない。
セリカが封筒からその板を出すと、しばらくして板の表面がキラキラ光り始めた。
そしてギョッとすることに、そこから手のひらサイズの男の人が現れた。
― あら3D映像だわ。進化系の携帯みたい。
『あー、ゴホンッ。まさか寝室で開けられるとは思わなかったな』
― セリカ大変、ガウンを羽織って!
相手にこちらの映像が見えてるみたい。
奏子が注意をしてくれたので、セリカはベッドの枠にかけていたガウンを慌てて羽織った。
「ど、どちら様でしょうか?」
『私はジュリアン・テレンス・ファジャンシル。ダニエルの、ダニエル・ラザフォード侯爵の従兄弟だよ。まさか、あなたが念話してくれるとは思わなかったな』
念話?
― クリストフ様が言ってたやつじゃない?
セリカ、これは私が日本で使っていたテレビ電話みたいなものだと思う。
ああ、子どもの頃に奏子から聞いてた、あれね。
え? でも、ちょっと待って……ジュリアン・テレンス・ファジャンシルって言ったら、第一王子様じゃない!!
「えーもしもし、大変失礼しました。このようなものが入っているとは思っていなくて。こんな遅い刻限に……」
『いや、まだ宵の口だよ。そうか、平民は明かりがないから早く休むんだね』
「は、はい」
『ダニエルが惚れた女性を一目見たくてこれを届けさせたんだが、これは思っていたよりも使えるな。セリカ、私はクリストフが言っていたピザという食べ物を見てみたい。また食事のときにこの念話器を使ってみてくれないか? 15刻の日没以降だと、私の仕事も終わっているんだが』
え? そんな遅い時刻だともう食べ終わってるんですけど。
でも何とかした方がいいよね。相手は王子様だし。
「はい、わかりました。それでは明日の15刻過ぎに念話いたします」
『ふふ、楽しみだな』
「あのぉ、この機械はどうやってスイッチを切ったりつけたりできるんですか?」
『ああ、封筒の中に魔法を遮断できる布が入っている。その中に入れると、念話は切れるようになっているんだ』
「そうなんですか。教えていただき、ありがとうございます。それでは失礼します」
『ああ、おやすみ。君にレーセナの夢を』
セリカは急いで封筒をひっくり返して布袋を見つけると、おかしな板をその中に突っ込んだ。
ああーー、ビビった。
なにあれ?
― 魔法が使えると便利ねー
たぶん電気があるような生活が出来るんでしょうね。
「でも心臓に悪いよ~、王子様と夜中に話すなんて! どんなに想像力がある人でも、こんなことになるなんて思ってもみないと思う」
― まあまあ、でもいろんな情報がわかったじゃない?
念話の方法、貴族生活では電気のようなものがあること。
侯爵様はセリカに一目惚れしたと勘違いされてること。
貴族は平民と同じような食事を取らないこと。
それに『レーセナの夢』って何かしら? たぶんお休みの挨拶ね。
「奏子はよく聞いてたね。私はテンパってたから、何も覚えてないよ」
― だって、この世界で目覚めて、今までずっと、こんな風に不思議に思いながら
色々と覚えてきたんだもの。
「そうか。今日はちょっと落ち込んでたけど、奏子が一緒にいてくれるなら私は百人力かもしれないね。ダレーナで生まれ育った16歳の人間以上の知識があるんだから」
― ふふっ、そう言えばそうね。
二人で力を合わせて、今回の結婚も乗り切りましょう。
「おーーっ!」
― セリカ、夜中よっ。
「本当だ。おやすみ、奏子」
― おやすみ、セリカ。
レーセナの夢を。