店舗の決定
今日は領地管理人のヒップスと一緒に、店舗になりそうな物件を見て歩くことになっている。
馬車に乗るとすぐにヒップスが尋ねてきた。
「セリカ様、どうして9刻半に物件を見たいと仰ったんですか?」
セリカが時間指定をしてきたので、ヒップスは戸惑ったようだ。
「飯屋は9刻に店を開けるというのは、ヒップスも知ってるよね。9刻半になるとどのくらいの賑わいになるのか、人の流れがわかるのよ。10刻に一番賑わってるのが常連の付いているいい店ね。私は、街中の飯屋に迷惑がかからない程度に、人々が食べに行く方向が同じ敷地がいいと思ってるの。既存の店、新しく始めるうちの店、どちらにもいい影響が出るようにね」
「……方向ですか?」
「ええ。ヒップスが食事に行こうと考えたとして、美味しい店に向かって歩いて行くでしょ。その時に3軒の美味しい店がまとまってある地域と1軒の美味しい店がある地域があるとしたら、どっちに向かって歩いて行く?」
「ああ、なるほど。混んでいることも考えると、3軒の店がある方に歩きますね」
「そうそう、そんな人の流れが見たかったの。だから目的地の近くではゆっくり馬車を走らせてね」
「はい、わかりました。今日は2軒の候補地を見ますので、まずはそのまわりを走ってみます」
ヒップスが馭者にセリカの目的を伝えてくれたので、最初の候補地の周りを馬車がゆっくりと走ってくれた。
「うーん、ここは貴族が住む家が多いのかしら? あまり人が歩いてないわね」
「そこの赤い屋根の建物が、最初の候補地です。もともと高級食事処だったところなので、設備がしっかりしてるんですよ」
「ふうん、綺麗なお店ね」
庭も作り込んであるようで、雰囲気のいいお店だ。
しかし店を閉めざるを得なかったのだから、お客様がつかなかったのかもしれない。
「外観は素敵だと思うけど、ここを詳しく見る前に次の所へ行ってみてくれる?」
「はい、次の所はセリカ様が希望されていた平民街にあります。さっきのお話を聞くと、私もそっちの方がいいような気がしてきました。ここは侯爵夫人の店としてはぴったりだと思ってたんですが、お客様が問題でしたね」
「フフッ、採算が取れないと店は続けていけないわ」
「勉強になりました」
平民街に向かうにつれて、道路の両端に人が多くなってきた。
ダレーナの田舎街とは違い、王都の人たちは何かの目的に向かってセカセカと早足で歩いている人が多い。
その人の流れが入って行く飯屋を何軒か見かけた。
旗が外に掲げられているのを見ると、胸が熱くなってくる。
やっぱり私は生粋の飯屋の娘なんだなぁ。
「次の店は、この大きい街道沿いではなくて、道を二本奥に入ったところにあります」
道を入るにしたがって、人の姿もまばらになってきた。
そこにあったのは中くらいの規模の旅館だった。
「まぁ、宿泊施設だとは思わなかったわ」
「ここは跡取りがいなくて潰れた旅館なんです。近くに大きなホテルができたので客を取られたんでしょうね。セリカ様の言われる貴族の個室という観点から見れば、もう作らなくてもあるんです。旅館なので大広間もありますし……」
「ここよっ! ここがいいわ、ヒップス!」
「え? 中を見なくてもいいんですか?」
「中は見るわよ。でも理想的な建物じゃないっ」
遠くから料理を目当てに泊りがけでやって来る客がいても対応できそうね。
ここならシーカで会ったディロン伯爵も、侯爵邸に泊まらなくても直接、食べに来られるじゃない?
ダニエルを煙たがってる人でも、旅館なら遠慮なく来てくれそうだ。
― 結婚式や法事なんかにも使えそうね。
普段はランチで儲けて、団体客でも一儲けできるかも。
この街にはダニエルが作った企業が多くあるしね。
会社の会議なんかにも利用してもらえるでしょ。
― 料理が美味しかったら、旅人の土産話から全国に口コミで噂が広まりそう。
次々とアイデアが出てきて、セリカは興奮していた。
馬車を降りて、ヒップスと一緒に旅館の中に入ると、埃っぽい静けさに迎えられた。
「人のいない建物って、なんだか寂しくなるわねぇ」
「そうですね、ここは特に古いから」
「でも柱や飾り窓なんかの細工は綺麗ね。ここらあたりの伝統のある雰囲気は残して改装してもらいましょう」
厨房は旅館だけあって、広かった。
ここに、奏子が言ってた電気設備もあったらな。
― そうね。
忙しくさせるかもしれないと思って黙ってたけど、
ダニエルに電気のことを言ってみる?
うん。
魔法が使えない平民にも使えるエネルギーができたら便利になるかも。
セリカは飯屋の改装のことしか考えてなかったのだが、これが後にファジャンシル王国の大きな転換点になるのである。




